一番弟子


「僕でよければ

息子さんにベース教えますよ」


新しいことに対して

意欲を示してくれたこと自体は

良い兆候であるには

あるのですが

わたし達の

ややこしすぎる関係に

身内を引き込むことは

気が進みませんでした。


親切に申し出てくれた彼を

傷付けずに

且つ

芽生えた意欲を

摘み取ることなくお断りする

適切な言葉を

あれこれ考えている内に

突拍子もない一言が

口を衝いて出てしまいました。


「わたしに教えてくれませんか?」


何を言ってるんだ、わたし!

ギターだって弾けないくせに!


自分の言葉に

呆れもしたし驚きもしましたが

もっと驚いたのはA氏の方です。


「えっ?息子さんのバンドに

入るの?」

目を見開いて驚く顔を

忘れることができません。


そんな訳ないでしょ!

と心の中で叫びました。


A「いくら何でも

それはムリでしょ(爆笑)!」

hello「でもベース教えてください」

A「ありがとう

僕のためだよね」


A氏はコーヒーを一口飲むと

続けました。

A「helloさんギターは?」

hello「弾けません」

A「全然?」

hello「はい、全く」

A「ギターより先に

ベースを弾きたいの(笑)?」

「げ・・・弦の数が

少ないから(汗)」

A「まずはギターかピアノに

しようよ(笑)」


こんな漫才のようなやり取りが

あったと記憶しています。


いい大人なのに

自分が支離滅裂であることは

十分に承知していました。


でも

A氏の笑い声を聞けたことで

なんだか

救われた気がして

恥をかいた甲斐が

あったと思えたのです。


ピアノは子どもの頃

習っていたので

ギターに決めました。


A氏の一番弟子の誕生です。


月に2回

仕事終わりにスタジオを借りて

アコースティックギターを

教わりました。


神原先生の

昭和的熱血指導は違い

A氏のギター指導は

苦悶や緊迫感とは無縁な

夢のような時間でした。


始めたきっかけは

負担にならない程度に

音楽に触れて欲しいという

気持ちからでしたが

レッスンが進むにつれ

夢中になっている自分がいました。