ビーム


かくしてわたしは

かの高級watchを

預かることになりました。


最初から最後までA氏は

その高級watchの価値に

明らかに無頓着でした。

包装紙に触れることさえ

躊躇していたわたしに

林檎を投げてよこすような気軽さで

その袋を手渡してきました。


その中身が本当に

包装紙通りの高級watchであれば

自分史上最高額の預かり物です。

それどころか

人生で初めて手にする

推定百万円超の品です。

無担保で預かる訳にはいきません。


まずは

未開封と見られる

グリーンの包装紙を解き

中身を一緒に確認した上で

〝預かり証〟を作成して

A氏とわたしが連名でサイン。

同じ物を2通作り1通ずつ所持。


どんなに控えめに考えても

社会通念上

この程度の手順は必要でしょう。


わたしがそう提案すると

A氏の口から耳を疑う言葉が。


「そんな必要はありませんよ。

身勝手なお願いですから

見ず知らずのhelloさんに

断られても仕方がないと

諦めていました。

引き受けて下さって

本当に感謝しています。

仮に返却できなかったとしても

気にしないで下さい。

その時は

helloさんの自由にしていただいて

結構です。」


常軌を逸したA氏の申し出に

わたしは言葉を失い

彼を見つめました。


A氏もわたしを

ガン見していました。

その目からは

「頼む、察してくれ。」という

強烈なビームが出ていました。


数秒後

わたしは全てを理解しました。

「わたしに一任して

彼女との一部始終を

無かったことにしたいんだね。」


〝顔も名前も知らなかったけれど

あなたの声は

7歳の頃から聴いていたよ。

ノイズと楽器の爆音に塗れ

メロディーもわからない

あなたの絶叫をね。

話す声は静かなんだね。

わたしのとってのあなたの声は

幼い頃の切なく厄介な記憶と

いつも紐付けられている。

その声を聞くたびに

脳の奥の方が

何とも言えない不快感で

一杯になるの。

正直に言うけど

わたしはあなたのことを

恨んでいます。

もちろん理不尽は承知の上で。

20年間も

理不尽に恨み続けてごめんなさい。

お詫びにこの一件は

責任を持って全うします。

安心してください

他言はしないから。

初対面のわたしを

全面的に

信頼してくれてありがとう。〟


と言う代わりに

「ご結婚おめでとうございます。

お幸せになってください。」

とだけお伝えして

A氏とお別れしました。















自室に

何百万という代物があるというだけで