留守番電話
相室となったベテランのネキは
皮膚科医でした。
その頃わたしは
初期研修中だったので
各科をローテーションしながら
経験を重ねていました。
ちなみに初期研修は
医師免許取得後2年間。
3年目からは
専門医研修をしながら
専門医の資格取得を目指すのが
スタンダードなコースです。
ネキとわたしは
同じ病院で働いてはいましたが
診療科の多い病院だったため
院内で会うことは
滅多にありませんでした。
もちろん相室なので
在室しているかどうかくらいは
何となく分かりましたが
最初の挨拶の日以来
わたし達が顔を合わせる機会は
ほとんどありませんでした。
わたしについて言えば
1日のほとんどの時間を
病院で過ごしており
自室には寝に帰るだけでした。
病院に泊まる日も
少なくなかったため
自室で過ごす時間は
極々短時間でした。
そのため
水事室に置かれた
ダイヤル式の黒電話は
ほとんど用を成していないのが
実情でした。
電電公社(NTTの旧社名)から
貸与される黒電話には
留守電機能が付いていません。
そこでわたしは
当時〝電気街〟と呼ばれていた
秋葉原へ出向き
留守電付き電話機を買いました。
これで
留守中にかかってきた電話を
録音することが
できるようになったのですが
彼女とわたしのどちら宛の
留守電かは
聞いてみるまでわからないという
楽しい混乱が発生しました。
わたしは
電話を2人で共用している事情を
友人に伝えていました。
おそらく彼女も
同じように伝えていたと思います。
覚えている限りは
聞かれて困るような
デリケートな録音はなく
特にトラブルは生じませんでした。
ところがです。
留守電機能付き電話を買って
2〜3ヶ月が経過した頃
相室のネキは突然病院を退職し
大阪のご実家へ
お帰りになったのです。