駆け出しのホスト君たち
ネキの忘れ物電話は
その後もしばらく続きました。
かかってくる電話の8割は
ホストクラブの営業電話でした。
時はバブル景気。
ホストクラブ最盛期の時代です。
今よりももっと多くの
ホストクラブがあり
今よりももっと多くの
お金のある女性達が
気軽に楽しんでいました。
30代半ばの女医(独身)ですから
お金に不自由は
なかったと思いますし
そのお金の使い方にも
特に驚きませんでした。
そういう時代だったのです。
彼女は比較的頻繁に
店に通っていたと思われました。
引越し前に
営業電話を受けることも
留守電を聞くことも
なかったことが
それを裏付けていました。
頻繁に来店していた上客が
パタッと来なくなった訳ですから
お店の方も必死です。
営業電話を受ける度に
〝連絡先は聞いていない〟と
お答えしましたが
どのお店も簡単には
引き下がりませんでした。
おそらく駆け出しのホスト君が
先輩ホストから
〝上客を逃したら承知しないぞ〟と
きつく言われていたのでしょう。
〝連絡がとれるまでは
絶対に諦めません‼️〟
という決死の意気込みが
伝わってきました。
彼女がかなりの上客だったことが
伺われました。
最後にはわたしにまで
営業をかけてくる
迷走ぶりでしたが
こっちだって駆け出しの身。
ホスト遊びなど
100年早い。
ホスト君達との
判で押したような
やり取りを繰り返す中
一味違う電話が
時々混ざっていました。
その留守電はいつも
〝またかけます〟
とだけ入っていました。
駆け出しホスト君とは
明らかにトーンの異なる
落ち着きのある男性の声でした。
留守電が何度か入った後
多分3回目か4回目に初めて
その人からの電話を
直接受けました。
大人の声ではありましたが
受話器から聞こえてきたのは
これまで再三聞かされてきた
〝連絡を取りたい〟
という言葉でした。
営業電話でないことは
直感でわかりましたが
相手が誰でも答えは変わりません。
〝ここには住んでいません〟
〝連絡先は聞いていません〟
〝連絡を取ることはできません〟
同じやり取りが
その後も数回ありました。
何度目かの電話で
そろそろわたしが
キレそうだと察したのか
その人は
〝連絡先を知りたい理由〟を
説明し始めたのです。