青空天井
A氏の話を聞いていたわたしは
遠い過去に
吸い込まれるような
不思議な感覚に
襲われました。
この時感じた記憶の揺らぎを
うまく言い表す
適切な日本語が思いつきません。
A氏の言葉を遮ってでも
確かめたい気持ちを全力で抑え
最後まで話を聞いたわたしは
現在よりかなり
辛抱強かったと思います。
過去に吸い込まれる寸前で
我に返ったわたしは
A氏の言葉を理解することに
集中しました。
『いただく謂れのない
高価な贈り物なので
お返ししたい』
『自分は近々結婚する』
『受け取ってしまうと
誤解を招く恐れがある。
それだけは避けたい』
『自分にはhelloさん以外に
お願いできる人がいない』
etc.
etc.
etc.
:
:
:
なるほど。
ぼんやりとではありますが
話の輪郭が見えてきました。
一連の話を整理すると、、、。
要するに
結婚後の泥沼を
回避したいのですね。
高価なプレゼントを
不用意に受け取ってしまうと
つけ込む口実を
与えかねない
ということですね。
そして
プレゼントを
確かに返却した証人として
わたしが必要なのですね。
話し終わっても
何の反応もないわたしに
A氏は
問題のプレゼントを
テーブルの上に出して
見せてくれました。
深いグリーンの包装紙に
金のクラウンマークとロゴ。
一目見るなり
かの高級watchであることが
わかりました。
時はバブル景気です。
今まで経験したことのない
桁違いの数字が
頭をよぎりました。
これは確かに
後々トラブルを
引き起こしかねない代物です。
わたしは決心がつきました。
A氏を取り巻く
おそらく
〝かなりややこしい〟であろう
環境を鑑み
彼の依頼を引き受けようと。
目の前に置かれた
青空天井の代物をお預かりする前に
一つ大切なことを
確かめておく必要が
わたしにはありました。
あの記憶の揺らぎの正体です。
わたしは大きく息を吸い込み
A氏の目を見据えて尋ねました。
「zeroのボーカルの方ですよね」