「つくづくな恋の偏差値」
つくづくな恋について、つくづくな経験のない僕が、
とやかく言うのはおかしい、ということが言えるのかもしれない。
僕が「つくづくだな」と親身に共感できるのも、
実は小学校に通う二人の子供を抱える妹の
相談相手でもあるからなのだ。
もちろん、色恋沙汰のアドバイスをすることは
ちょっとおこがましい。
しかし彼女からすれば身内としてではなく、
オトコとしてどうなのかを聞きたいと言うわけだ。
日常のほとんどを恋人の家で過ごす外科医の旦那が、
たまに家に帰り子供たちと戯れるのが、どのような心境なのか、
あるいは迎え入れる妻をどう考えているのかは、
僕にはわからない。
僕が言えることがあるとしたら、
僕がアラブの石油王なみにお金持ちで、
加えて、お相手が北川景子さんだったりしたら、
つくづくな恋も悪くないと思う。
そういったことだ。
しかし現実にはそういった事象は起こりようがない。
万に1つの確率からいえば、しがないサラリーマンの僕よりは
外科医の方が高い。
つまり、基本的には出会いの問題であり、
条件的にはオトコとして財力、
そして精力(性力ともいいます)
といったものもあるだろう。
幸い、結婚してこのかた、僕には自由に使えるお金も、
足しげく通う精力も持ち合わせていなかった。
このように不倫をするにも個々に偏差値が違うということだ。
受話器の向こう側でため息混じりに、
「じゃあ、どうしたらいいの?」
と三十路の妹が聞く。
「我慢できるのなら、放っておけばいい」
とだけ僕は答えた。
不倫のパワーはつくづくだから続くのだと僕は思う。
毎日のように不倫相手の家に帰る状況が、
かえって恋の終りを予感させるのだ。
丸の内で知り合った女性は
「障害のない恋はつくづくとは言えない」
と言った。
案の定、妹の我慢はその後半年で終わり、旦那は家に戻った。
有頂天に喜ぶ妹に、電話のこちら側でため息混じりに僕は諭した。
「旦那は36歳。まだまだ高い偏差値だから」と
その1年後、妹から相談メールが入ってきたのは言うまでもない。
「金田一探偵の助手志願」
その現場は実に不可解であり、これほどの奇々怪々な死体を見たことがなかった。
湖に、突き出たニ本の足。現場検証にあたった刑事も立ち合った鑑識官も、慎重に死体を引き上げ、首を傾げるばかりだった。僕はおよその犯人像はつかめていたので、金田一さんに、「犯行は、複数の人間が係わったものではないでしょうか?」と言った。
しかし金田一さんは、ボサボサ頭をかきむしり、「わからん」と、そう答えただけだった。
現場は昭和初期の話で、当時はそれほどの鑑識力も、被害者についての情報量もなかった。つまり、人伝が頼り。その後の進展で、同一人物が二人も現れるなんて、僕も意表をつかれたけれど、今にして思えば、あの時、金田一さんが僕の意見を聞き入れてくれなかったのが、とても残念だった。
でも、僕は金田一さんを責めるつもりはない。事件というものは、必ず伏線というものがあるものなんだ。第三の殺人が行われた時、ちまたでは金田一さんに対して、「多くの犠牲者が出る前に、なぜ警察と共に対処しないのか、犯人とおぼしき人間を拘束しないのか」そんな風に言っていたようだけれど、その時点で逮捕したなら、複雑に絡まった事件の全容をあばくことはできなかった。そう思う。
それに、八つ墓村事件では八人の犠牲者を出したが、今回の犬神家にまつわる被害者はまだ三人だ。今日でも冤罪事件や犯人を見つけ出せず時効をむかえる事件があるなかで、DNA鑑定もない当時、金田一さんは奇跡的な推理力で事件を解明している。だから、僕は金田一さんを非難するどころか、尊敬すらしているんだ。
それに僕らは、金田一さんよりも遙かに恵まれている。一つには容疑者とは文章の中で必ずどこかで合っているし、二つには現場の状況を金田一さんよりもさらに詳しく把握している。ここまでわかっていても、僕らが犯人を間違えることも往々にしてあるから、金田一さんは大したものなんだ。金田一さんはミスリードしないように慎重に事件を分析している。それほど犯人逮捕は慎重を期さなければならない、ってこと。
僕の場合は複雑な人間関係が苦手で、名前とかも覚えるのが不得手だから、これまでなかなか犯人を特定できなかった。しかし今回の事件は違っていた。ひらめいたというか、一連の犯人の仕掛けとか、なんとなく早い段階でわかったんだ。
「奥さんが、どうにも怪しいよ」
残念ながら、僕のその指摘もまた金田一さんには聞いてもらえなかった。
最終的には、金田一さんはみんなの前できっちりと事件の真相を解明してみせたのだから、それはそれでいいのだけれど、ただ、明智探偵をサポートする少年探偵団小林少年のように信頼されるようになれたらと思う。そうしたら最後の四人目の犠牲者は防げたかもしれないのに。
本を読み終えてから、僕はそう思ったんだ。
追記:今回の犬神家での事件。後から考えると、名探偵である金田一さんのことだから、わざと犯人のことを放置したのかもしれないな・・・
犯人の事情を汲んでの「情け」ってやつ。名探偵というものは、単に犯人を逮捕すればいいというものじゃない。きっと、そういうことなのさ。
「男が子供を身ごもるとき」
それは唐突な宣告だった。
白髪で脳天が薄くなった医者は「妊娠していますね」と呆気なく言った。レントゲンをかざして見せると、「ほら」と指差してみせる。
男が妊娠するなど聞いたことがない。実際、あるにはあったが、それはアメリカでの話で、夫が女性で、妻が男性だったという落ちだった。ということで自分はれっきとした男であるから、人類史上初な出来事になる。
なのに、腹痛で受診した御老体な内科医ときたら、「ここいらへんね」とあっさりと診断を下し、産婦人科に行くことを勧めた。
あまりにあっさり言ってくれちゃったので、ボクは「はぁ」としか言えず、病院を出てから、まったく理解できない話であるのに気がついた。
それでも翌日、冗談半分で紹介された産婦人科に行ってみると、茶髪の中年な産婦人科医は
「9ヵ月くらいかなぁ。あんた男だからね。帝王切開になるよ」と言った。
ボクに係わった二人の医者があっさり妊娠と判断したからには、嘘と決めつけるわけにはいかなくなった。
とりあえず入院期間中の言い訳を、会社へは旅行、妻へは出張と連絡し、手術の手続きをした。
何しろ、こんなバカな話ができるわけがない。それに妊娠の相手を聞かれるのはどうか。
「相手は?」と聞かれ「わからない」と大の大人が答えるのは、いや、でないとしても、かなり恥ずかしい。
だから頭を下げて産婦人科医には世間に公表しないことをお願いした。
とりあえず生んだ後の算段は後でいい。母親としての男の育児方法とか、小学校で差別されイジメられないかとか、これから大学までいくらかかるのかとか、悩みだしたら数限りないからだ。
当然、世の妊婦さんが考えるように、今は、元気な子供を産むことに集中すべきなのだろう。またそう思えるからなんとも不思議だ。
それから1ヵ月、診断が覆ることもなく、とうとう手術の日がやってきた。
手術台に仰向けにさせられ、顎を引いて、ぽっこりしたお腹をみた。
何やら、生めそうな気がする。
前回会った時より、ちょっと老けた茶髪の産婦人科医は、メスを手にすると「手術を始める」とドラマみたいなセリフで気合いを入れた。
そこで、前々から考えていたことを言ってみた。
「お取り込み中、ちょっと、すいません・・・」
産婦人科医は「何か?」と言った。
「ついでに、脂肪吸引をお願いできませんか?」
額に皺を寄せた産婦人科医は「それは予定にないね」と渋った。
「そこを何とか、いいチャンスなので」
「これはね。きみが太ったことが原因なんだよ。自覚してもらわないと」
「すいません」
そう誤ったところで(「謝った」とも書きます)目が覚めた。そこは病室ではなく、自分の寝室だった。
ベッドでお腹をさすると、どうやら産んではいないらしい。
実は隠れメタボだったとは・・・
かなりのありきたりな話だとみなさんは思われるかもしれないが、その時は、心底、「ほっ」としたものだ。
世間よりも何よりも、妻に理解を求める必要がなくなったからだ。
はてさてよくよく考えると、「妊娠している」と診断した内科医は、先週、健康診断の問診時に「メタボですね」と判定した医者であり、手術でメスを持った産婦人科医は、
まぎれもなく高須クリニックの医院長だった。
こちら厚生労働省ホームページにあるイラストです。
画像を横にしてみました。もちろん悪意はありません。
