今日は、月に2回の漢詩文を読む講座ビックリマーク


本日も、石川先生節が効いてました。

そして、新しい発見ひらめき電球



陶淵明の「五柳先生伝」。


先生不知何許人也。

(先生はいずこの人なるかを知らざるなり)


で始まる古詩。



この書き出しは、皇甫謐の「高士伝」を真似たものだそうですが。

とある、隠者の人となりが、

本の読み方、

酒の飲み方、

文の書き方、

などから、説明されている詩。



中でも、酒の飲み方は・・・



造飲輒尽、期在必酔。

既酔而退、曾不吝情去留。


造り飲めば輒ち尽くし、期するは必ず酔うに在り。

既に酔うて退くに、曾て情を去留に吝かにせず。



意味は・・・

飲んだら必ず酔い、

酔ったらしつこく飲まずにさっさと去る。


みたいな感じ恋の矢



何事も、しつこくこだわるのは野暮。

酔ったのにしつこく飲み続けるのは野暮でいやしい!?あせる


当時(4~5世紀)の貴族文化も現れていると思いますが、

http://ameblo.jp/hello-sumire/entry-10293988024.html

↑貴族社会の美学についての過去のブログ記事(参考)



せっかく飲んだんだから、酔う。

酔ったら、醜態さらす前にお家へ帰る車



酒で失敗するナオキャンには、これ重要だなー得意げ


今夜は金曜の夜ですが、ビール1杯で満足チョキ・・・したと思います。



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靖国神社のみたままつり(御霊祭り)に行って来ました。


生涯学習のナオキャン-みたま6

九段下駅から一番近い門から入ると、このようにずらりと並ぶ提灯に圧倒されます。

その先には薄青いライトに照らされた大村益次郎の銅像がそびえ立っています。


戦没者をまつるこの靖国神社は、色々と思想的に偏った見方もされることがあるようですが、このみたままつりは、そういうこと抜きにして、一度見る価値があるような気がしました。


ほんと、規模の大きさ、思いの強さ、手の入れ方が、神社の縁日とは思えないほどに圧巻。


生涯学習のナオキャン-みたま2


生涯学習のナオキャン-みたま_能楽堂

能楽堂では、なんと、カラオケ大会が!!


古き日本の歌謡曲、軍歌などを歌うペギー葉山を見てしまいました。

「ペギーはこんな子嫌いです」って言う、ひらけポンキッキのコーナーを思い出す人は、いわゆるアラサー世代ですよねべーっだ!


本殿の周りには、著名人や関係者が手書きした灯籠がずらりと並んでいました。


漢詩人の提灯発見目


生涯学習のナオキャン-みたま_漢詩

この漢詩、ナオキャンは読み下すのは困難ですが、

漢字のもつ空気や意味が迫ってくるものがあります。。。


漢字を使う民族に生まれたら、何も感じずにはいられないのではないでしょうか。



生涯学習のナオキャン-みたま5

鳥居の先の門には、手作りの巨大な七夕飾りが。



生涯学習のナオキャン-みたま4

靖国神社って、基本、明るいうちしか入れない神社ですよね。

みたままつりの期間中は22時まであけていて、

こんな、夜の靖国の雰囲気をみる機会でもありました。


やはり昼と夜ではぜんぜん雰囲気が違うものですね。


生涯学習のナオキャン-みたま3


↑石灯籠に照明がついていたのですが、灯籠の小窓から照らされる明かりが、日の丸ということに驚きです。

(上の写真ですが、日の丸見えますかね)


生涯学習のナオキャン-みたま1

お盆の時期は鎮魂的なお祭りごとが沢山ありますが、

日本の平和な島に生まれたナオキャンにとって、戦没者の鎮魂というと、地元では外国人捕虜の鎮魂がメインなのですよ。


なので、日本人、日本側として戦ったアジア人のこういった供養は、上京するまではあまり身近ではなかったのです。何だか、あの戦争に対する意識や、認識も、こういう風に色々みていくうちに、自分の中で少しずつ変わっていく気もしてしまいます。


数年前までは、隊の同窓会などもこの祭りで行なわれていたようですが、ここ最近はほとんど見ないようです。ご健在な経験者も減りつつあるのでしょう。


今日見た感じでは、来ていた人々のほとんどは若者で、外国人(特にヨーロッパ人)にも人気があるようです。

そうやって世代交代して、リアルな記憶のない世代も、ワケがわかんなくっても、お祭りって事でここに足を運ぶ機会があるのは非常に良いことではないのかと感じたナオキャンでした。



週刊東洋経済の古典読書特集にのっかり、

カント「永遠平和のために」、をとりあえず読む本




これって18世紀に書かれたもののはず。

軍隊の廃止、国家の民主化、国連の必要性などなど、、、最近のことでもあるけど、昔から提起されていたことなのですね。


やはりカントさんは凄い。なんていう、抽象的な感想を言ってしまう自分を現代っ子だと感じますが。






色々、難しいことも書かれていましたが、

ちょっと考えてみようかと思った箇所↓↓



「原則を目的に従属させる(つまり馬を車のうしろにつなぐ)」



実際、先に動くのは車で、動力になっているのは馬。


新しいアップ

そして、絵的にイメージしやすいアップ




実質的原理(目的)と形式的原理(原則)の2つの原理が、実践理性の2つの要素になっている場合、

実質的原理は、目的の実現がなされる場合に初めて力を持つので、

実現行為となる形式的原理が先行されるべきである。


・・・ということらしい。

(解釈間違ってたら悲しいケドガーン




道徳的政治を行なうためには、

まず、政治をとり道徳を従属させるのが良いと書かれていましたが。。。



永遠平和がテーマだから当然でしょうが、

そんな崇高な志は、なかなかピンとこない!?


が、身近な自分の行動において参考にしてみるとしたら、




「目的の実現だけをイメージしても、実現行為を実行しない限りは目的も力を発揮しない」

「まずは生活すること、目的があれば生活はそれに向けて後押しされる」




とか??おかしい??


うーん。この自信のなさ、まだまだ修行が足りません叫び


実践理性批判を読むべきかな。。。



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