なぜ人を見下してしまうのか? | 心を癒し生き辛さを解消!本来の才能と能力を解き放つ!

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人生をより自分らしく生きるためには?と向き合う40代中年サラリーマン男性です。実体験をもとに、自分の言葉で語っていきます。ヒプノセラピスト、NLP、親業、産業カウンセラーを経てコーチングやってます。是非お付き合いください!

久しぶりの更新となります。

 

 

 


 

 


最近、ありがたいことにコーチ

としてセッションをさせて頂く

機会が増えてきまして。

 

 

 



 

 

まだ駆け出しの身ですので、

セッションを重ねていくと

自分なりに手応えを感じるときと

そうでもないときがやっぱり

あるんですね。

 

 

 


 


 

それで、私自身がコーチングを

受けているメンターコーチに

「こんな時ってどうすれば

 いいんでしょう?」

なんて相談したりしてまして。

 

 

 


 


 

そのやりとりで先日、自分の中で

とても大きな気づきがありました

のでシェアさせて頂きます。









 最近、私がコーチングをしてる時、

クライアントのお話に

ドップリはまってしまい、

一緒になって悩んでしまうこと

について尋ねたときのことです


 

 

 

 




「クライアントのお悩みを聴くと

 つい、解決しなきゃ!って

 気持ちになってしまって。

 解決策を考え始めちゃって、

 話が聴けなくなることがある

 んですよね…」

 

 

 

 




 

メンターコーチ

「なるほど。

 参考になるかわかりませんが、

 私がコーチングしているときの

 ことをお話してもいいですか?」

 

 

 

 




「はい、ぜひ!」

 

 

 

 





メンターコーチ

「苦しんでいるクライアントが

 目の前にいるとき、

 コーチとして、やはり半分は

 『なんとかしてあげたい!』

 が出てきます。」 

 

 

 




 


「やはり『なんとかしてあげたい』 

 は思ってしまいますよね。」

 

 

 





 

メンターコーチ

「ええ。で、残り半分は

『この葛藤を抱えられるこの人の

 強さはどこにあるのか?』

 という意識で話を聴きます。」

 

 

 

 




「はぁ~なるほど・・・。

 僕もそんな意識で聴けたらいいな

 と思いますが、

 結構難しいな・・・と正直思って

 しまいます。」

 

 

 

 





メンターコーチ

「そうですか。

 ではちょっとやってみましょう。

 今、目の前に苦しんでいる

 クライアントがいるところを

 イメージしてみてください。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 どんな感じがしますか?」

 

 

 





 

「はい。

 ・・・そうですね。

 ・・・

 ・・・

 見ていて辛いですね。

 あとは・・・あれ?

 なんだろう、これ。」

 

 

 

 





メンターコーチ

「どうしましたか?」

 

 

 

 





「なんか、すごく嫌なんですが

 苦しんでいるクライアントを

 心の中で見下してる自分

 がいます。」

※この時すごく違和感を感じました。

 私だったら、こんなふうに感じた

 人からのコーチングなんて、絶対

 受けたくないですから。

 

 

 

 






メンターコーチ

「見下してる、というのは具体的に

 どんな感じなんですか?」

 

 

 


 




「ああ、可哀そうに。

 俺はそこまでは苦しくないな、

 この人はなんでこんな苦しい

 ところに入り込んだのかな・・・

 そんな感じですかね・・・」

※うまく言葉にできないのですが、

 苦しんでるのはその人自身のせい、

 という、どこか蔑んだような

 捉え方でした。










メンターコーチ

「なぜ見下すのかわかりますか?

 それは

怖れ

 が理由です。

 自分が怖くて直視できないもの

 から目を逸らすためにやってる

 んですよ。

 別の言い方をすると、

 自分を守るために

 深いところの意識が

 そうしてくれている

 んですよ。

 

 

 

 

 

 



 

「え!?」




「ええ!?」





「えええ!」










 このとき、私は急に、真空状態に

 入ったようになり、頭が真っ白に 

 なりました。そして、全く言葉が

 出てこずしばし沈黙・・・。

 そしてなぜか、涙だけが溢れて

 きたのでした。












・・・思えば、私は

自分にとって脅威となる、

受入れ難いものを、

これまでずっと、

心の中で『見下す』ようなところが

ありました。







自分よりも人気な人。

自分よりも優秀な人。

自分よりも活躍してる人。

自分よりも尊敬されてる人。

自分よりも稼いでる人。

明らかに自分が劣ってると感じる

こうした人達に対して、

表面的には、

謙虚でわきまえたふりをしながら。

心のなかでは、

全く合理性のない、下らない、

言いがかりをつけて、

「見下して」きました。









自分なら耐えられそうもない、

辛く苦しい体験をしている人。

自分が同じ境遇になるとしたら

恐怖を感じてしまうような、

不幸で孤独に見える人。

そういう人に対しては、

「自分にはそんな惨めな状況は

 おきない」と、さもその人の

自業自得だとでも言わんばかりの

態度で「見下して」きました。









そういうふうにして、劣等感や

不安や恐れにまみれた自分を

きっと、守ってきたのです。

そして、そんなふうに人を見下す

自分のことを、軽蔑し、忌み嫌って

きたのも、また自分でした。









メンターコーチ

「つまり、今やっとそれを直視

 できるようになったんですよ。

 だから今、体感覚として

 わかったんですよ。

 それまでは、潜在意識が、

 自分が受入れ難いものを

 見なくていいように、

 感じなくていいように、

 ずっと悪役を演じながら、

 必死で守ってきてくれた

 ということなんです。」






「そうだったんですね

 ・・・・・・・・・。」











今回、メンターコーチの言葉で、

自分の中で断絶していた回路が、

やっとつながったような気が

しました。

と同時に、自分の深いところで

何かが癒された感覚

がありました。










自分を守るために、軽蔑され

忌み嫌われながらも、

必死で自分を守ってきてくれた

潜在意識。

そのために相手を見下す、

というのはこれまた幼稚で

子供っぽい方法ですが、

それこそ未熟で幼かった頃、

無力で弱い自分を

必死で守ろうとして、

生きるために生み出した

プログラム。











そのプログラムの恩恵を預かり、

実は守られていた自分。

一方で、その「見下す自分」に

ずっと振り回され、

無意識に周りの人を傷つけて、

そのこと戸惑い、

自分を責め続けてきた自分。











ずっとなんでか

わからなかった自分のことが、

やっとわかった

安心感と、解放感と、

自分に対する

感謝と、労いと。

言葉にできない、それ以外の

色々な思いと。










今回のコーチの言葉は、

何か計り知れない大きな存在から

私へのメッセージが

コーチの身体を通じて伝えられた、

そんな不思議な感覚に包まれ

ました。










そしてその気づきが、

頭で、理屈で理解した

というレベルでなく、

身体全体、意識全体で

感覚として起こってきた、

そんな感じでした。











メンターコーチ

「これからは、苦しんでいる人から

 目を背けずに、ともにいる

 ことができますよ。」









「はい。

 少なくとも、相手を見下す

 必要がないのはわかりました!」










それにしても人間て、自分て

何なんでしょうね。。。









ここまで読んで頂き、

ありがとうございました。