貧富の差を無くすには | hello-candy-candyのおかりなブログ

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ひねもす土の音(オカリナ)の響きに興をもよおせど、しばし徒然なるままに由無し事を綴りけるなり。

 1日1曲ずつオカリナを演奏しています。

  今日の曲は「瑠璃色の地球」です。

  このブログの最下欄にリンクが張ってあります。

 

 

  求めるのは所得の増加か平準化か

 

未だ梅雨入りもしていないのに、連日真夏日が続く。TVのニュースでは、この暑さに慣れていないせいで熱中症になる人が増えているとのことだ。いよいよ今年も約三か月にわたる暑くて、つらい夏が巡って来たか。電気代も気にせずにエアコンの利いた屋内で快適に過ごせる人はいいが、そうはいかない人もいる。私は耐え難さの点で、冬の方が好きだ。
 昭和40年代の高度成長期には、一億総中流と言われ、国民全体がそこそこの豊かさを感じられた時代があったが、平成以降所得の二極化は常軌を逸し始めた。このまま政治の不作為が続ければ、アメリカのように犯罪や暴動が増え、いずれ社会は不安定化するかも知れない。

 本来、政治は日本国民を幸福にすべく高所得層に高い税金をかけて、それを低所得層に再配分し、国民等しく所得平準化するのがあるべき姿だと私は思う。が、今の日本の政治では、そうした税改正は、高所得層の抵抗で実現不可能だ。もっとも仮に、大谷翔平選手の所得を国民に分配すれば平等化が済むかと言えば、事はそう単純ではないこともわかる。

 

 

  求めるのは平等化か幸福化か

 

そこで日本が世界一幸福な国になることが国民のコンセンサスだとして、そのために国民の価値基準を今のような経済力ではなく、幸福度持点制度にすべきだと私は考えた。国民は生まれながらにして、等しく10点の幸福度持点を持つ権利を有するものと規定する。医療費支払い時の診療報酬点数制の様に、健康、仕事、文化、生活、教育の分野について、予め一定の基準で点数化しておく。

 各個人は、その点数制に基づいて幸福度点数が算定され、10点未満ならば、10点に達するまで、希望する分野の無償給付を受けられる。10点以上の人は、10点以下になるように、自分の希望する分野の幸福度を引き下げて我慢するか、ものすごく高額な追徴金を支払う。このようにして、国民が等しい幸福度に満たされるならば、互いに競い合い、諍いすることもなく、平和で伸び伸びした暮らしができるようになると思う。

 

 

  人為的制度設計は腐敗する

 

 ここまで考えて我ながらいい考えだと舞い上がったが、共産主義が失敗に終わったそもそもは、支配層にのし上がった人間とそれを支える官僚制は必ず腐敗するという、歴史の教訓を思い出した。

 また、今の日本政治のパーティ券裏金問題等の政治資金問題への自浄能力の欠如ぶりを見ても、所詮人間が頭で制度設計したものは、規則の行間を読んで抜け穴を見つけ出す頭のいい連中が跋扈するのは目に見えている・・・。

 

 



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