

山肌がゴツゴツとよく見える景色はやっぱり異国で、オリーブとぶどう畑も相変わらずそこら中に見えます。薄明るい朝を迎えたんですが眠気が酷くて走っては止まり走っては止まりを繰り返し、顔に冷たい水をかけて覚醒を促します。
立ち止まって屈伸をしていると後から来たブラジル人のランナーに「Are you OK?」と聞かれ、「I'm OK. Sleepy」などと応え、少々のやり取り。
どうやら「俺の足も一歩踏み出す毎に痛いんだからお前もがんばれ!」みたいなことを言ってるようです。慣れない英会話をしたせいで頭が大分覚醒して走れるようになりました。




日本ではお目にかかることが出来ない遺跡のようなものが街の中どーんと現れます。道にはSpartathlonのコースである「SP」目印がペンキで描かれています。夜でも早朝でも陽気で世話好きなギリシャ人が私の具合と欲しい物はないのかを聞いてきてくれます。
こんなに素晴らしい環境で走らせてもらってることに感謝しながらやっと自分の中でのリスタート地点と考えていたCP60 195kmテゲアに辿り着きました。ここから約50kmしばらく上りが続いたら20km下ってゴールだということで、力を出しきって上ったら痛みに耐えて下るだけだなと気合を入れました。
私がテゲアに着いた時は同室だったG藤さんも丁度テゲアのエイドを出るところで「足が痛くてキツイ」と言っていましたが「ここからなら歩いても完走は堅いから頑張りましょう!」と言って先に出発したG藤さんを見送ります。
CP61で一旦止まり靴下を脱いでワセリンを塗り直しました。「ここから先の登りは全て走って下りは駆け下って一気にスパルタだ!」と気合が入ります。




登りの途中に有るエイドにも一杯オレンジジュースを頂くのみですぐに次を目指しました。
登りを歩いている外国人ランナーに「Good Luck」と声を掛けながら走り、遥か先を行ってると思っていたS房さん、Y谷さん、にも声を掛けながらパスしてずっと同じ道中を走ったS倉さんに追いつき「スパートしてまーす、またゴールで!」と言って先を行きます。
最後のデポジット地点CP68 222kmで着替えと補給を受け取って大量にかぶり水をして気合を入れ、エイドの方に「 Go Sparta!」「Thank you so much!」とエイドを飛び出しました。
登りはキロ6分台で、下りはキロ5分台で走るように努め硬いアスファルトに足を叩きつけてとにかく交互に足を前に出します。激しい痛みは感じますが夢にまで見たスパルタに近づいている事で気持ちが高揚していてペースは落ちません。
最後の10数kmはゴールまで夢中で走ってしまったので写真を撮れませんでしたが、最高に楽しい区間でした。私の顔を見る人全てが「Bravo Bravo!」と賞賛してくれ、通りに面した家から「Bravo!」の声が聞こえ、すれ違う車はクラクションと声援をくれました。
手を挙げて「Thank you!」と全てに応えました、ずっと手を挙げ過ぎたからなのか肩が筋肉痛になりました。
街中に祝福されながら痛みを感じない幸せな時間が続きます。CP74 を過ぎて市街地に入り、マンションの上の階からも通りを歩く人からも祝福され、感激の涙で目の前がぼやけます。
子供が自転車で付いて来て、「何処から来たのか」と尋ねるので「今日はアテネから走ってきた、出身は日本だけど」と応えてゴールまで一緒に行きました。終わらない声援の中で幾つかの角を曲がって最後の曲がり角へ。途中から先導してくれた警察の方に道を確認してお礼を告げレオニダス王の待つ通りへ。
曲がるとすぐに日本人参加選手も含んだ応援があり、挨拶を交わしつつ走りました。
最後の直線は通りに面した喫茶店の中のお客さんやゴールを待っているギャラリー皆が大声で祝福してくれて、いつの間にか走って付いてくる子供も増えて、本当に感激でした。
何度も思い描いた瞬間でした、レオニダス王の足は大きかったです。

すぐに傍にあるテントに腕を引かれて連れて行かれます。「Are you OK?」何度も聞かれます「OK OK」と笑顔で繰り返すんですがベッドに寝かされて、地元のボランティアの女の子が足を洗ってくれます。
いつもの場所にウルトラランナーなら気にしない程度のマメが出来てますが、ボランティアの子は痛そう!と眉をひそめ、注射針を刺して中の水を抜こうとします。案の定皮膚の下の肉の部分に突き刺さって余計痛い(>_<)
私が痛さの余り「おお」と言って足を動かすと「Oh !sorry」と言ってすまなそうに・・・もう一回刺されたところで、「水抜けば平気だから大丈夫ですよ~、Thank you」と言っていつも通り水抜きをしてヘラヘラしていると、日本語がわかる女医さんが来てくれて「ダイジョウブデスカ?」と、私が「もう大丈夫で後からゴールする仲間の応援に行きたいんだけどそろそろ帰って良いですか。」と話すと「ワカリマシタ」と、タクシーまで案内する係の男性に連れて行くように伝えてくれました。皆様本当に親切で治療してくれた女の子は何度も「Sorry」を繰り返して逆に申し訳なかったです。

テントを出ると尊敬するウルトラランナー稲垣さんが担架に載せられ動けないでいました。本来優勝してもおかしくない方ですが、ここ数年足の調子が悪くて今回は完走目標という事でしたが、一度も追いつくこと無く私の30分前にゴールしたそうです。
「ここ数年こんなに追い込んだ走りが出来なかったから、ゴールで倒れるまで行けて嬉しい」と真っ青な顔でおっしゃってました。
ゴールしたばかりなのに本物のウルトラランナーの走りと覚悟をまざまざと見せつけられて、ヘラヘラ救護テントを出る自分の甘さがすこし悔しくなりました。
稲垣さんの様子を見ていると、ドライバーさんが来てすぐ近くなのにHOTEL LAKONIAまでタクシーで送ってくれました。
横では大歓声の中をゴールするランナーが次々と向かい入れられています。
ホテルのチェックインをして部屋のシャワーを浴び、用意した湿布と回復用ゲイター、を着け着替えをして表に出て近くで売っていたサンドイッチをかじりながらゴールされる皆様を待ちました。
朝方話したブラジル人、昨日の晩見た人、日本から来たランナー達も昨日まではあまり話さなかったのですがゴールではすっかり友人です。ランナーが来るたびに、食べかけていたサンドイッチをポケットに仕舞ってハイタッチしてゴールを喜びました。
どの国のランナーもみんな安堵と達成感の輝いた笑顔で、素晴らしいゴールを迎えました。
5km辺りでご一緒した若木くるみさんはサンガス山頂でタイムアップになってしまったそうで、後頭部の顔が泣いていました。

最終ランナーは日本人の2人でした。36時間を過ぎていましたが全ての人に祝福されながらゴールを迎えました。
S房さん、S倉さん、Y谷さん、同室のG藤さんも私がシャワーを浴びたりしてる間にゴールをしていてゴールシーンを迎えることは出来ませんでしたが夕食では喜び合いました。
とは言え一緒に日本から来た人、日本で練習を共にした人達が完走できなかったのは残念で、Finisherシャツを着ることは出来ませんでした。

この日は余り塩気のないチーズのかかったパスタとチキンとサラダを頂いて、夜中町ではお祭り騒ぎが響き渡ってましたがパーティーには参加すること無く、ルームメイトのG藤さんと少し話して寝ました。
朝起きると窓を空けて寝たせいなのか少々喉が痛かったです。











