エイドを出る前に口頭での装備チェックがあった、補給食はありますか?水は?ライトは?防寒着は?…
全て「はい」と答えるだけの簡単なチェックだったので意味があるのかなぁ、せめて重さだけでも測るとかすれば良いのに、と考えつつ エイドを出る。
しばらく田園風景のなか気持ちの良いジョグをして、座っているおばあちゃんに朝の挨拶をして、もう起床してから24時間以上寝ていないのに爽やかな気持ちになっていた。
天子入口の登山口までストック禁止と言われていたので、入口らしいところまでたどり着いてそこにいたスタッフさんに話ながらストックを取りだし、バックから補給食として持ってきたジェルが入ったボトルを取り出す。
ザックの底まで探してもジェル入りボトルは見つからず、デポで追加するのを忘れたことを思い出す。
ジェルが4個分入ったボトルだったのでカロリーにして1000kcal近い。
手持ちにはいざと言う時のために持っていたものしかない、整理するために並べてみた。
ハニースティーガー2個
カーボショッツ(カフェイン入り)1個
ベスパプロ1個
塩熱サプリ6粒
Musashi Ni 3個
スモークチーズ3粒
水 2リットル
空になったジェルボトル1個
道すがら聞いた天子山地の話と、今の私の状態を考えると天子山地から抜けるのに要する時間を10時間~11時間と試算していたので 、朝から晩までの3食分の時間を山で過ごすことになる、幸い先程のエイドで3人前くらい食べてきたものの明らかに足りなかった。出来るだけ早く進んで次のエイドへ行く以外に解決策を思い浮かばなかったので兎に角進むことにした。
「山登りしてきます!」
スタッフの人に笑って送り出してもらった。
腹がへってどうしようもなくても葉っぱは一杯生えてるし、なんか食べられそうな木の実とかあれば良いなぁ。カエルとかは不味そうだけど腹がへったら仕方ないな、なんて考えながら腹が減らないうちに、明るいうちに、先を急ぐ。
とはいえ、足は動くわけでもなく相変わらずのスローペースで登る天子ヶ岳への道はなかなかに厳しくて、一般ハイカーとさほど変わらないペースでし登れなかった。下山してくるハイカーの方に挨拶しながら頂上までどれくらいあるのか尋ねる、すれ違った3組の人達に同じ話をしたけど、まだまだ先は長くてこれから勾配ももっと厳しくなるから頑張れ!というような受け応えをして励ましてもらえた。
不意に後ろからカチャカチャと音が聞こえてきて振り返ると黄色いシャツを着たトレイルランナーが物凄い勢いで登ってくる。この勾配を走れる人がいることに目を疑いながら誰が着たのか確認する。STYの参加者で優勝候補筆頭の宮原さんだった。同じレースに出る機会はあっても宮原さんの近くを走ったことは当然ながら一度もなかったので、初めてレースペースで走る姿を目の当たりにして驚愕した。すごい勢いで追い越してゆく宮原さんに「がんばってください、写真を撮っても良いですか?」と暢気なことを聞いて見ると「どうぞ~」と快諾してもらえた。どういうトレーニングをするとあそこまで走れるようになるのやら・・・。
すばらしい走りを見て興奮したが自分の足はあんなには動いてくれずノロノロ進むしかない、お腹が空くと困るのでペースを上げすぎても遅く歩きすぎて時間をかけすぎてもいけない。
後ろから追い越すランナーに久しぶりに会ったので声をかけるとなんとイッシーさんだった。「あれ?もうずっと先にいるのかと思ってました。」と私が驚くと、A8 西富士中学校にて休憩を1時間ほどしたのだと言う。休憩の効果があってかイッシーさんの足は快調でとてもついて行けるペースでは無かったのでしばらく話して先に行ってもらった、やっと頂上が見えてきて応援してくれているスタッフさんの声も聞こえてきた。「STYの選手速いですね~」と話しかけると「ここを走っていく人始めてみたよ~」と言っていたので「じゃあ私も・・・」と言って無理して走ってみた、頂上までの20mくらいの距離だけ「あーもう無理」と言って歩き出すと笑って応援してもらいながら頂上へ着いた。
ここからは天子山地の尾根を縦走する、危険な道も多いと聞いている。眠い頭で行くと危険なので疲れを感じたら止まって休もうと思っていた。
この天子の中からは明るいうちには抜けられない覚悟で来ているので、次の山がどこか?とかあと何分かかるか?とかも気にならないで黙々と進んだ。縦走なのでゆるやかなところも多く、走れるところは小走りした。
途中の熊森山にペットボトル500mlの補給ができるエイドがあるという、熊森山を抜けてしばらく行くと毛無山だそうだ。その先に雨々岳があってその先に竜ヶ岳…。
その先にあるはずの本栖湖エイドに到着するのは遠い将来のことのように感じながら一歩ずつ進んだ、熊森山到着はまだ夕方前でテントを張って待っていてくれるスタッフさんの横に大量のミネラルウォーター500mlペットボトルがある。「これはどうやって持ってきたんですか?」思わずスタッフさんに尋ねると「みんなで担いで来たんですよ」と、予想していた答えだけど本当に有難くて涙が出た。後で聞いたら5000本もの本数を上まで担ぎ上げたらしい。水にはまだ余裕があったけどせっかく担ぎ上げてくれた水を受け取らないと罰が当たると思って自分のボトルに移し変えてお礼を言い先に進んだ。
たくさんの上り下りを経てここが毛無山かな?と勘違いする場所を2箇所くらいすぎて本物の毛無山に到着する。山の天気は変わりやすいと言うけど本当に頂上付近にきたら急に霧が立ち込めてきてポツポツ雨も降ってくる、標高2000m程の山なので空気も肌寒い。休憩しながら服を着替えているランナーが居たので傍に行って「寒くなってきましたね~」と話しながら私も上着を取り出す、レインウェアはまだ必要ないと判断してウィンドブレーカーのみ着用する。ここまでで6時間ほど何も口にしていない、寒さも手伝ってだんだん眠くなってきた。
このままだとハンガーノックになってしまうので、大事にとっておいたカーボショッツ(カフェイン入り)を1つ空けて残さず飲む。
もう6時間水と燻製チーズ一つ、Musashi Niを1本摂っただけだったので明らかにエネルギー切れで汗もほとんど出ていない、私の体脂肪率はそれほど低くも高くもなく、ジムの機械で測ると汗のかきかたで大分差が出るが8~14%位を推移している、これだけ体脂肪があるからきちんと燃やしさえすれば十分エネルギーは足りるはずだ。でも実際はそう簡単ではなくて、体脂肪を燃やすためにBCAA等と言われるアミノ酸だったり、脳の栄養の為に糖質を撮ることだったりが必要になってくる。汗が出れば水を飲んだだけでは体内の体液濃度が変わってしまうので塩分が必要になってくる。本当に省エネ走行していたけど最後まで食料が持つか不安で何か食べられそうなものが落ちてないか探し、空の飴の袋を拾ったりジェルの袋を拾ったりした。ゴミ拾いついでにもなるから良いか…と考えていたけど結局何も中身は拾えなかった。
エイドで持たせてもらった燻製チーズを3時間毎に食べた。「持って行きな」いってくれたスタッフの女性に感謝。
毛無山を通り過ぎ、雨々岳へ向かう。ガスに包まれて富士山は見えないなぁ、と思っていたら雲の上からニョキッと富士山が顔を出していた。
さっき雨が降ってきた時に話しながら一緒に着替えたランナーが止まって休んでいるので「もう少しで終わりですよね!」と言うと「もう水がないんですよ…」と悲壮な顔をして言った。
私はハイドレーションにも残っているし、省エネで来ていたのでほとんど水が減っていなくて熊森山で貰ったボトル分は丸々残っていた。
競技として間違いなのかもしれないけど余ってる物だし有効利用してもらいたかったので迷わず「私の水余ってるけど要ります?」と言うと「ありがたいな…でも良いのかな」と躊躇していたが、貸してくださいと言って持っていた空のボトルに水を移す。しばらく休まれるようだったので「絶対完走しましょう!」と言い残してまた進む。
なんとか雨々岳に到着するとすぐにそこに居たランナーに「携帯トイレ余ってませんか?」と言われる、無論余っていたし便意も無かったのですぐに提供する。「使ったこと無いので、マニュアル見てうまくやってください!」と言い残して先を急いだ。もうすっかり真っ暗で予想通り二晩目を天子山地で迎えることになった。
雨々岳の下りは酷いものだった、ただでさえ足が終わっている私には下りは走ることはもとより、歩くことすら厳しい。そこへ来てものすごい斜度の下り、しかも先ほど降った雨でぬかるんで滑ること…。手にバンドで付けていたハンドライトがバンドが千切れて落としたのも気づかず夢中で踏ん張りの効かない足の痛みに耐え悔しさを感じながら降りた。
「鏑木さん厳しいなぁ」と独り言を言うと、後ろで聞いたランナーが「こんなコース、トレラン嫌いになっちゃうよ!」と少し怒った様子で言う。言葉の感じでは関西からわざわざ来られたランナーのようだけど「もう二度と出たくない!」と本当に怒ってるみたいだった。
他の近くにいたランナーも同調して「鏑木さん酷い!」みたいなことを言っている。
確かに想像していたよりずっと腹も減るし足も痛む。でもキツイのは解ってて参加してるんじゃないのかな?
私はUTMFの練習をしているときに想定していたよりキツイとは思わなかった。もっとレースを続けるのが嫌になるくらいキツイのを期待していた。
鏑木さんが言っていた100マイルを走る途中で得られる陶酔感はまだない、走るスピードが遅いせいか…と走力の無さが恨めしい。
それにしても次にまた竜ヶ岳という山に登るはずなのに随分下る、登ることになるのがわかってるのに下るっていうのは精神的には良くない。「いや~なかなかすごいな」もう段々可笑しくなってきて独り言を笑いながらいう。
後続のランナーが嘔吐するのが聞こえる、随分苦しそうで1分くらいずっと吐き続けていて進む、また1分吐くのを繰り返しているみたいだった。少し遠くだったが「薬持ってますか~?」と聞くと「持ってます、ありがとー」と言ってまた吐く。多分もう吐くものもないのだろうけどとても辛そうだった、そこまで追い込めている暗闇で顔も見えないランナーに尊敬を感じ「がんばりましょう!」と言って引き続き下った。
やっと下り終えて最後の竜ヶ岳を目指した、今までとは打って変わって登りやすい角度のつづら折りでぐんぐん登れた。登りの途中で振り返るとさっきまで苦戦していた雨々岳の下り道が無数のヘッドライトでキラキラ光っていた。
トレランポールを使うのも慣れたものでかなりハイペースで登ってSTYの選手も数人追い越す。山頂のような平らなところまで着くとしばらく進んで下りが待っていた、下りは本当に転ばずに降りるのが精一杯だったので先ほどパスしてきた選手が追いつくたびに先に行かせて何度も道を譲った。
やっと下りきって食料の待つA9 本栖湖スポーツセンターへ急ぐ。
結局天子山地ではカーボショッツ×1、ハニースティンガー×1、燻製チーズ×3粒、塩熱タブレット2粒、Musashi Ni3袋を摂取してなんとか乗り切った。残りの30kmあまりの行程も考えて、ハニースティーガーを一つとベスパプロを一つ残してこられた。
10時間以上の行程だった割にエネルギーが少なすぎる。次回は失敗しないことを誓いつつ本栖湖エイドに到着した。
大量に置いてあるチップスターを食べまくってパンを5個、musashi waterをボトルに補給させてもらい、建物の中に鹿カレーがあると聞いて既にポテトチップスたくさん食べてお腹は満たされていたけどカレーは別腹だな♪と建物の中に入った。
中には疲労困憊の表情で椅子に座っている人や寝ている人も居たが、大体はカレーを食べて味噌汁を飲んで次への鋭気を養っていた。
空いている席を見つけて荷物を置かせてもらい、カレーの有りかを探す。
人が多い方に歩いていくと、虚ろな顔で携帯電話を操作しているイッシーさんがいた。
イッシーさんに追い越されたのは9時間近く前だったし、軽快なペースに見えたのでもうゴールしていると思っていた。
何よりその表情に驚いて「どうしたんですか!?」と聞くと、「いや、リタイヤしようと思って…」と言う。
信じられない思いでどうしたのか聞いてみると当初予定していたよりも用意したヘッドライトが暗く、ハンドライトも故障してしまって天子山地から降りてくる下り坂が見えなくて何度も何度も転んでしまって、後ろから元気なSTYの選手が来るたびに道を譲るストレスもあり、気持ちが切れてしまったと言うことらしかった。
私はおでこの上に一つ120ルーメンのヘッドライトと足元を照らす為に腰のベルトラインに一つ80ルーメンのヘッドライトをしていたので、腰の方を外して、「良かったら使ってください」と半ば強引に渡した。
「でも、良いのかな?」お水を分けあった人と同じ感じの返答。
ライトについてはエイドで公式の修理サービスもあったはず。あとで調べたらライトの故障でペツルブースからレンタルした人も居たみたいだった。
見えない中を走らせるのは鏑木さんの本意ではないはずだし、ハンドライトの故障は落ち度ではないから大丈夫なはずだ。
「イッシーさんがリタイヤなんてあり得ないですよ、完走しましょうよ。」
走歴も実力も年齢も下な私が偉そうだなと思いながらも、このレースの為に努力してきたのにUTMFを嫌な思い出にしてもらいたくなかったし共に完走を喜びたいと思っていた。
「じゃあ一緒に行ってくれる?」
続ける気になってくれたことが嬉しかった「私は下りを走る足が残っていませんし、歩き中心になってしまうかもしれませんが良いですか?」
「しばらく一人で行く気にはなれないから…」
一度切れかけた心をまた立て直すのはとても難しい事だと思う。私がここで会ったときに操作していた携帯で奥様にDNFする事をメールしていたらしい。やっぱり続けるという内容のメールを送ってみる、と言って携帯を取り出した。
その様子を見て何のためにこの休憩スペースに来たのかを思いだした「ちょっと鹿カレー食べて行きますね!」
カレーの配給があるらしい列に並ぶ、二人くらい前の人がお代わりを貰っていたので味には期待できるなぁ、とワクワクしながら並んだら二人前のお代わりを最後にご飯が切れてしまったらしい。そのかわりに何か丼のようなものと味噌汁を貰った。
お腹がすっかりカレーモードになっていた為に裏切られた感はあったけど、丼もとても美味しかった。
素早くご飯を済ませてイッシーさんと外に出る、イッシーさんが知り合いの人を見つけたようで挨拶をしている横でお腹は満たされているにも関わらずパンを五個戴く。
イッシーさんが話していた人はウルトラレースで私も何度か見かけている人で、いつも私と近いタイムで走る女性だった。
私も挨拶をして、前に出たレースの事などを少し話してトイレに行く。
このエイドまで10分も休憩してこなかった私には、長い休憩になり、人とたくさん話して頭が覚醒し眠気は全く感じなかった。
出発する準備が整って次のエイドを目指すことにする次はWA 鳴沢氷穴 ドリンクのみの補給が受けられる。
この区間は先月チャレンジ富士五湖で走ったところで、ずっと続く歩道を走る。
見覚えがある歩道をイッシーさんと第一回UTMFの改善点やここにくるまでにあったことなどを話ながら早歩きくらいのペースで進んだ。
だんだんイッシーさんに眠気が来たようで口数が減り、足元がフラフラしてくる。
並んで進んでいたが車道側の歩道は危険なので私が車道側を行きイッシーさんに眠気覚ましとして持ってきたエスタロンモカを勧める。
私自身試したことのない薬でカフェインがコーヒー二杯分ほど入っているらしい錠剤、眠気覚ましとしてはポピュラーな物らしかった。
それを飲んでもしばらくは効かないようで眠気に耐えながら進む。私にも何度か眠気でフラフラになりながら走った経験があるので辛さがよくわかる。覚醒してもらうために話をするが長くは続かない。早歩きで夜の歩道を歩き、時折追い越していくランナーに道を譲り、エールを送る。だんだんとイッシーさんに薬の効果が出てきたようで、表情が明るくなってきた。
走りやすいロード区間だったが軽快に走れる足が残っていなくて、ほとんど歩いて最後のエイドWA 鳴沢氷穴に到着した。
真夜中の富士の樹海の傍で待っていてくれた元気なスタッフさんに「お疲れさまでした!」「新製品の栄養ドリンクあります!」と声をかけられる。自殺の名所とも言われる富士の樹海のそばで夜通し声をだし続けて応援してくれる事に感謝を感じた。一本戴いて近くの公衆トイレに寄り、次へ向かう準備が整ったイッシーさんと富士の樹海の先にあるはずのゴールへ向かう。
富士の樹海は持っていたイメージとはかけ離れていた。
おどろおどろしい物を想像していたけど真っ暗闇の中で、持っている小さな明かりでも森が美しくて走りやすいトレイルだということは感じて、お昼に走ったらすごく気持ちいいんだろうなぁと話ながら最後の山を目指す。
3km上ったら500m下って、あとは湖畔のロードだけだよ。とさっきのエイドで言っていた気がする。
もう少しだ。
10%程度までの登り坂はトレランポールに頼りながらも出来るだけ走る。下り坂では足の太股前面の大腿四頭筋、お尻周りの中臀筋、大臀筋が酷く痛んで着地するたびに、そのまましゃがみこんでしまうのを堪える。先程まで眠気と戦っていたイッシーさんも、すっかり覚醒した様子で私のノロノロペースに合わせて走ってくれている。
やっとのことで最後の山の頂上に到着して残すは山の下りと湖畔のロードのみ、ここでゴール付近のホテルで待っていてくれるはずの彼女に電話をかけた。「これから最後の下りを下ってロード4km走る、多分30分位でつくかな?」というような到着の予定時間を連絡した。明け方の河口湖畔は気温が低いのでぎりぎりまで屋内で待っている予定だった。
同様にイッシーさんもゴールで待っていてくれている奥様に連絡して最後の山を下ることにした。
大して急な下り坂ではなかったけど50mも走らないうちにイッシーさんと差がついて後続の選手にも抜かされていった。足が痛いだけでなく、踏ん張りが全然きかない、しばらく行くとイッシーさんが私を待ってくれていた。
「もうゴールはすぐそこだから先にいって下さい、ゴールでお会いしましょう。」これ以上私のペースに付き合わせてしまっては申し訳ない。
イッシーさんは「じゃあゴールでお会いしましょう」と言って駆け下っていった。
すぐに見えなくなり、後から来るランナーにも道を譲る。これはとても30分じゃあ着けないなと思って、歩きながら彼女に電話をかける。思った以上に足が終わっていてゆっくりしか下れないからまだ時間がかかる、近づいたらまた連絡する。という内容だったと思う。彼女はもうゴールにいて、応援して待っていて、鏑木さんがみんなを迎えてるよと言った。
「鏑木さんいるの?」
立ち止まって聞き返す。
「みんなを迎えている」
先程と同じ言葉を繰り返す。なんだか盛り上がっている様子。
そのまま私のゴールまで待っているから連絡はいらないとのことだった。
通話を終え、鏑木さんが待っている様子を想像して喉の奥のほうが熱くなるような感覚があり目からは涙が滲んだ。
実行委員長として、スタートから既に40時間近く選手と一緒にUTMFを盛り上げ続けている。
日本のトレイルランナーの第一人者、何事においても優れた成績を残す人の人格は素晴らしいと思う。鏑木さんもその例にもれず素晴らしい人格者。遠目には見たことがあっても実際に間近で会うのはこれが始めてだ。
ひとまず目の前の大問題、湖畔まで続く下りを何とかしないといけないと思い直し、なんとか痛みに耐えつつ進んだ。湖畔まで降りて平坦に近い道に出ればまだまだ走れる自信はある。最後の山を下っている間、何人ものSTY参加者に抜かれる。
「もうすぐですね~」
などと話ながらゴールを目指す。
明け方に近づいてきて東の空が明るくなってきた午前4時頃に湖畔のロードにたどり着いた。河口湖を眺めながら、トレランポールを折り畳み、上着のウィンドブレーカーを脱ぎリュックにしまって、最後まで出来る限りと走ろうと決意する。誘導してくれるスタッフの方がいたので「一周してきましたー!」と報告しつつ湖畔を走る。
キロ6分~7分ほどのスローペースだったけど、ここまで37時間以上休んでいないのにまずまず走れる事が嬉しい。
朝の犬の散歩をしている方に朝の挨拶をする。
ロードをずっと走った時に比べて、大腿部の痛みは酷いが、体力そのものはまだ残っていてまだまだロードなら走れる感じがした。
河口湖大橋がだんだんと近づいてきて、ゴールして帰路につくランナーがこちらに歩いてくるのが見える。
私より大分年上に見えるその方はフィニッシャーに与えられるベストとたくさんの荷物を持って嬉しそうに歩いてきた。
「楽しかったですねー!」
と声をかけると
「最高だねー」
と満面の笑みで返してくれた。
幾つかのレースに出てみて、こういうとんでもない距離を走る参加者には、頑固で取っつきづらそうに見えて、話すと素晴らしく良い人であることが多いと思う。私もそういう風になりたくて長い距離の大会に出るのかもしれない。
嬉しいなぁ、と思いながら橋の下をくぐると遠くに富士山と手前にゴール地点の白いドームのような建物が見えた。
深夜から早朝になったばかりの肌寒い時間だと言うのに応援してくれる人もたくさんいた。
お疲れさまー!の声に
ありがとうございます。とお礼を言いながら走ると彼女がカメラを片手に飛び出してきた。
「これで写真撮って~。」
と、持っていたカメラを渡す。
「それじゃあ最後は全力で走るから」
最後だけダッシュをしてみた。
ゴールゲートの先にフィニッシャーベストを片手に持った鏑木さんが見える。
ゴールのポーズは特にせず鏑木さんのもとへ走った。
優しい笑顔で
「お疲れさまでした、もう走らなくて良いんですよ」と言われた。
握手をしながら
「キツかったですよー」と言うと。
また笑顔で
「それがウルトラトレイルです」と一言。
全て「はい」と答えるだけの簡単なチェックだったので意味があるのかなぁ、せめて重さだけでも測るとかすれば良いのに、と考えつつ エイドを出る。
しばらく田園風景のなか気持ちの良いジョグをして、座っているおばあちゃんに朝の挨拶をして、もう起床してから24時間以上寝ていないのに爽やかな気持ちになっていた。
天子入口の登山口までストック禁止と言われていたので、入口らしいところまでたどり着いてそこにいたスタッフさんに話ながらストックを取りだし、バックから補給食として持ってきたジェルが入ったボトルを取り出す。
ザックの底まで探してもジェル入りボトルは見つからず、デポで追加するのを忘れたことを思い出す。
ジェルが4個分入ったボトルだったのでカロリーにして1000kcal近い。
手持ちにはいざと言う時のために持っていたものしかない、整理するために並べてみた。
カーボショッツ(カフェイン入り)1個
ベスパプロ1個
塩熱サプリ6粒
Musashi Ni 3個
スモークチーズ3粒
水 2リットル
空になったジェルボトル1個
「山登りしてきます!」
スタッフの人に笑って送り出してもらった。
腹がへってどうしようもなくても葉っぱは一杯生えてるし、なんか食べられそうな木の実とかあれば良いなぁ。カエルとかは不味そうだけど腹がへったら仕方ないな、なんて考えながら腹が減らないうちに、明るいうちに、先を急ぐ。
とはいえ、足は動くわけでもなく相変わらずのスローペースで登る天子ヶ岳への道はなかなかに厳しくて、一般ハイカーとさほど変わらないペースでし登れなかった。下山してくるハイカーの方に挨拶しながら頂上までどれくらいあるのか尋ねる、すれ違った3組の人達に同じ話をしたけど、まだまだ先は長くてこれから勾配ももっと厳しくなるから頑張れ!というような受け応えをして励ましてもらえた。
不意に後ろからカチャカチャと音が聞こえてきて振り返ると黄色いシャツを着たトレイルランナーが物凄い勢いで登ってくる。この勾配を走れる人がいることに目を疑いながら誰が着たのか確認する。STYの参加者で優勝候補筆頭の宮原さんだった。同じレースに出る機会はあっても宮原さんの近くを走ったことは当然ながら一度もなかったので、初めてレースペースで走る姿を目の当たりにして驚愕した。すごい勢いで追い越してゆく宮原さんに「がんばってください、写真を撮っても良いですか?」と暢気なことを聞いて見ると「どうぞ~」と快諾してもらえた。どういうトレーニングをするとあそこまで走れるようになるのやら・・・。
すばらしい走りを見て興奮したが自分の足はあんなには動いてくれずノロノロ進むしかない、お腹が空くと困るのでペースを上げすぎても遅く歩きすぎて時間をかけすぎてもいけない。
後ろから追い越すランナーに久しぶりに会ったので声をかけるとなんとイッシーさんだった。「あれ?もうずっと先にいるのかと思ってました。」と私が驚くと、A8 西富士中学校にて休憩を1時間ほどしたのだと言う。休憩の効果があってかイッシーさんの足は快調でとてもついて行けるペースでは無かったのでしばらく話して先に行ってもらった、やっと頂上が見えてきて応援してくれているスタッフさんの声も聞こえてきた。「STYの選手速いですね~」と話しかけると「ここを走っていく人始めてみたよ~」と言っていたので「じゃあ私も・・・」と言って無理して走ってみた、頂上までの20mくらいの距離だけ「あーもう無理」と言って歩き出すと笑って応援してもらいながら頂上へ着いた。
この天子の中からは明るいうちには抜けられない覚悟で来ているので、次の山がどこか?とかあと何分かかるか?とかも気にならないで黙々と進んだ。縦走なのでゆるやかなところも多く、走れるところは小走りした。
途中の熊森山にペットボトル500mlの補給ができるエイドがあるという、熊森山を抜けてしばらく行くと毛無山だそうだ。その先に雨々岳があってその先に竜ヶ岳…。
その先にあるはずの本栖湖エイドに到着するのは遠い将来のことのように感じながら一歩ずつ進んだ、熊森山到着はまだ夕方前でテントを張って待っていてくれるスタッフさんの横に大量のミネラルウォーター500mlペットボトルがある。「これはどうやって持ってきたんですか?」思わずスタッフさんに尋ねると「みんなで担いで来たんですよ」と、予想していた答えだけど本当に有難くて涙が出た。後で聞いたら5000本もの本数を上まで担ぎ上げたらしい。水にはまだ余裕があったけどせっかく担ぎ上げてくれた水を受け取らないと罰が当たると思って自分のボトルに移し変えてお礼を言い先に進んだ。
このままだとハンガーノックになってしまうので、大事にとっておいたカーボショッツ(カフェイン入り)を1つ空けて残さず飲む。
もう6時間水と燻製チーズ一つ、Musashi Niを1本摂っただけだったので明らかにエネルギー切れで汗もほとんど出ていない、私の体脂肪率はそれほど低くも高くもなく、ジムの機械で測ると汗のかきかたで大分差が出るが8~14%位を推移している、これだけ体脂肪があるからきちんと燃やしさえすれば十分エネルギーは足りるはずだ。でも実際はそう簡単ではなくて、体脂肪を燃やすためにBCAA等と言われるアミノ酸だったり、脳の栄養の為に糖質を撮ることだったりが必要になってくる。汗が出れば水を飲んだだけでは体内の体液濃度が変わってしまうので塩分が必要になってくる。本当に省エネ走行していたけど最後まで食料が持つか不安で何か食べられそうなものが落ちてないか探し、空の飴の袋を拾ったりジェルの袋を拾ったりした。ゴミ拾いついでにもなるから良いか…と考えていたけど結局何も中身は拾えなかった。
エイドで持たせてもらった燻製チーズを3時間毎に食べた。「持って行きな」いってくれたスタッフの女性に感謝。
毛無山を通り過ぎ、雨々岳へ向かう。ガスに包まれて富士山は見えないなぁ、と思っていたら雲の上からニョキッと富士山が顔を出していた。
私はハイドレーションにも残っているし、省エネで来ていたのでほとんど水が減っていなくて熊森山で貰ったボトル分は丸々残っていた。
競技として間違いなのかもしれないけど余ってる物だし有効利用してもらいたかったので迷わず「私の水余ってるけど要ります?」と言うと「ありがたいな…でも良いのかな」と躊躇していたが、貸してくださいと言って持っていた空のボトルに水を移す。しばらく休まれるようだったので「絶対完走しましょう!」と言い残してまた進む。
なんとか雨々岳に到着するとすぐにそこに居たランナーに「携帯トイレ余ってませんか?」と言われる、無論余っていたし便意も無かったのですぐに提供する。「使ったこと無いので、マニュアル見てうまくやってください!」と言い残して先を急いだ。もうすっかり真っ暗で予想通り二晩目を天子山地で迎えることになった。
雨々岳の下りは酷いものだった、ただでさえ足が終わっている私には下りは走ることはもとより、歩くことすら厳しい。そこへ来てものすごい斜度の下り、しかも先ほど降った雨でぬかるんで滑ること…。手にバンドで付けていたハンドライトがバンドが千切れて落としたのも気づかず夢中で踏ん張りの効かない足の痛みに耐え悔しさを感じながら降りた。
他の近くにいたランナーも同調して「鏑木さん酷い!」みたいなことを言っている。
確かに想像していたよりずっと腹も減るし足も痛む。でもキツイのは解ってて参加してるんじゃないのかな?
私はUTMFの練習をしているときに想定していたよりキツイとは思わなかった。もっとレースを続けるのが嫌になるくらいキツイのを期待していた。
鏑木さんが言っていた100マイルを走る途中で得られる陶酔感はまだない、走るスピードが遅いせいか…と走力の無さが恨めしい。
後続のランナーが嘔吐するのが聞こえる、随分苦しそうで1分くらいずっと吐き続けていて進む、また1分吐くのを繰り返しているみたいだった。少し遠くだったが「薬持ってますか~?」と聞くと「持ってます、ありがとー」と言ってまた吐く。多分もう吐くものもないのだろうけどとても辛そうだった、そこまで追い込めている暗闇で顔も見えないランナーに尊敬を感じ「がんばりましょう!」と言って引き続き下った。
トレランポールを使うのも慣れたものでかなりハイペースで登ってSTYの選手も数人追い越す。山頂のような平らなところまで着くとしばらく進んで下りが待っていた、下りは本当に転ばずに降りるのが精一杯だったので先ほどパスしてきた選手が追いつくたびに先に行かせて何度も道を譲った。
結局天子山地ではカーボショッツ×1、ハニースティンガー×1、燻製チーズ×3粒、塩熱タブレット2粒、Musashi Ni3袋を摂取してなんとか乗り切った。残りの30kmあまりの行程も考えて、ハニースティーガーを一つとベスパプロを一つ残してこられた。
10時間以上の行程だった割にエネルギーが少なすぎる。次回は失敗しないことを誓いつつ本栖湖エイドに到着した。
大量に置いてあるチップスターを食べまくってパンを5個、musashi waterをボトルに補給させてもらい、建物の中に鹿カレーがあると聞いて既にポテトチップスたくさん食べてお腹は満たされていたけどカレーは別腹だな♪と建物の中に入った。
中には疲労困憊の表情で椅子に座っている人や寝ている人も居たが、大体はカレーを食べて味噌汁を飲んで次への鋭気を養っていた。
空いている席を見つけて荷物を置かせてもらい、カレーの有りかを探す。
人が多い方に歩いていくと、虚ろな顔で携帯電話を操作しているイッシーさんがいた。
イッシーさんに追い越されたのは9時間近く前だったし、軽快なペースに見えたのでもうゴールしていると思っていた。
何よりその表情に驚いて「どうしたんですか!?」と聞くと、「いや、リタイヤしようと思って…」と言う。
信じられない思いでどうしたのか聞いてみると当初予定していたよりも用意したヘッドライトが暗く、ハンドライトも故障してしまって天子山地から降りてくる下り坂が見えなくて何度も何度も転んでしまって、後ろから元気なSTYの選手が来るたびに道を譲るストレスもあり、気持ちが切れてしまったと言うことらしかった。
私はおでこの上に一つ120ルーメンのヘッドライトと足元を照らす為に腰のベルトラインに一つ80ルーメンのヘッドライトをしていたので、腰の方を外して、「良かったら使ってください」と半ば強引に渡した。
「でも、良いのかな?」お水を分けあった人と同じ感じの返答。
ライトについてはエイドで公式の修理サービスもあったはず。あとで調べたらライトの故障でペツルブースからレンタルした人も居たみたいだった。
見えない中を走らせるのは鏑木さんの本意ではないはずだし、ハンドライトの故障は落ち度ではないから大丈夫なはずだ。
「イッシーさんがリタイヤなんてあり得ないですよ、完走しましょうよ。」
走歴も実力も年齢も下な私が偉そうだなと思いながらも、このレースの為に努力してきたのにUTMFを嫌な思い出にしてもらいたくなかったし共に完走を喜びたいと思っていた。
「じゃあ一緒に行ってくれる?」
続ける気になってくれたことが嬉しかった「私は下りを走る足が残っていませんし、歩き中心になってしまうかもしれませんが良いですか?」
「しばらく一人で行く気にはなれないから…」
一度切れかけた心をまた立て直すのはとても難しい事だと思う。私がここで会ったときに操作していた携帯で奥様にDNFする事をメールしていたらしい。やっぱり続けるという内容のメールを送ってみる、と言って携帯を取り出した。
その様子を見て何のためにこの休憩スペースに来たのかを思いだした「ちょっと鹿カレー食べて行きますね!」
カレーの配給があるらしい列に並ぶ、二人くらい前の人がお代わりを貰っていたので味には期待できるなぁ、とワクワクしながら並んだら二人前のお代わりを最後にご飯が切れてしまったらしい。そのかわりに何か丼のようなものと味噌汁を貰った。
お腹がすっかりカレーモードになっていた為に裏切られた感はあったけど、丼もとても美味しかった。
素早くご飯を済ませてイッシーさんと外に出る、イッシーさんが知り合いの人を見つけたようで挨拶をしている横でお腹は満たされているにも関わらずパンを五個戴く。
イッシーさんが話していた人はウルトラレースで私も何度か見かけている人で、いつも私と近いタイムで走る女性だった。
私も挨拶をして、前に出たレースの事などを少し話してトイレに行く。
このエイドまで10分も休憩してこなかった私には、長い休憩になり、人とたくさん話して頭が覚醒し眠気は全く感じなかった。
出発する準備が整って次のエイドを目指すことにする次はWA 鳴沢氷穴 ドリンクのみの補給が受けられる。
この区間は先月チャレンジ富士五湖で走ったところで、ずっと続く歩道を走る。
見覚えがある歩道をイッシーさんと第一回UTMFの改善点やここにくるまでにあったことなどを話ながら早歩きくらいのペースで進んだ。
だんだんイッシーさんに眠気が来たようで口数が減り、足元がフラフラしてくる。
並んで進んでいたが車道側の歩道は危険なので私が車道側を行きイッシーさんに眠気覚ましとして持ってきたエスタロンモカを勧める。
私自身試したことのない薬でカフェインがコーヒー二杯分ほど入っているらしい錠剤、眠気覚ましとしてはポピュラーな物らしかった。
それを飲んでもしばらくは効かないようで眠気に耐えながら進む。私にも何度か眠気でフラフラになりながら走った経験があるので辛さがよくわかる。覚醒してもらうために話をするが長くは続かない。早歩きで夜の歩道を歩き、時折追い越していくランナーに道を譲り、エールを送る。だんだんとイッシーさんに薬の効果が出てきたようで、表情が明るくなってきた。
真夜中の富士の樹海の傍で待っていてくれた元気なスタッフさんに「お疲れさまでした!」「新製品の栄養ドリンクあります!」と声をかけられる。自殺の名所とも言われる富士の樹海のそばで夜通し声をだし続けて応援してくれる事に感謝を感じた。一本戴いて近くの公衆トイレに寄り、次へ向かう準備が整ったイッシーさんと富士の樹海の先にあるはずのゴールへ向かう。
おどろおどろしい物を想像していたけど真っ暗闇の中で、持っている小さな明かりでも森が美しくて走りやすいトレイルだということは感じて、お昼に走ったらすごく気持ちいいんだろうなぁと話ながら最後の山を目指す。
もう少しだ。
10%程度までの登り坂はトレランポールに頼りながらも出来るだけ走る。下り坂では足の太股前面の大腿四頭筋、お尻周りの中臀筋、大臀筋が酷く痛んで着地するたびに、そのまましゃがみこんでしまうのを堪える。先程まで眠気と戦っていたイッシーさんも、すっかり覚醒した様子で私のノロノロペースに合わせて走ってくれている。
やっとのことで最後の山の頂上に到着して残すは山の下りと湖畔のロードのみ、ここでゴール付近のホテルで待っていてくれるはずの彼女に電話をかけた。「これから最後の下りを下ってロード4km走る、多分30分位でつくかな?」というような到着の予定時間を連絡した。明け方の河口湖畔は気温が低いのでぎりぎりまで屋内で待っている予定だった。
同様にイッシーさんもゴールで待っていてくれている奥様に連絡して最後の山を下ることにした。
大して急な下り坂ではなかったけど50mも走らないうちにイッシーさんと差がついて後続の選手にも抜かされていった。足が痛いだけでなく、踏ん張りが全然きかない、しばらく行くとイッシーさんが私を待ってくれていた。
「もうゴールはすぐそこだから先にいって下さい、ゴールでお会いしましょう。」これ以上私のペースに付き合わせてしまっては申し訳ない。
イッシーさんは「じゃあゴールでお会いしましょう」と言って駆け下っていった。
すぐに見えなくなり、後から来るランナーにも道を譲る。これはとても30分じゃあ着けないなと思って、歩きながら彼女に電話をかける。思った以上に足が終わっていてゆっくりしか下れないからまだ時間がかかる、近づいたらまた連絡する。という内容だったと思う。彼女はもうゴールにいて、応援して待っていて、鏑木さんがみんなを迎えてるよと言った。
「鏑木さんいるの?」
立ち止まって聞き返す。
「みんなを迎えている」
先程と同じ言葉を繰り返す。なんだか盛り上がっている様子。
そのまま私のゴールまで待っているから連絡はいらないとのことだった。
通話を終え、鏑木さんが待っている様子を想像して喉の奥のほうが熱くなるような感覚があり目からは涙が滲んだ。
実行委員長として、スタートから既に40時間近く選手と一緒にUTMFを盛り上げ続けている。
日本のトレイルランナーの第一人者、何事においても優れた成績を残す人の人格は素晴らしいと思う。鏑木さんもその例にもれず素晴らしい人格者。遠目には見たことがあっても実際に間近で会うのはこれが始めてだ。
「もうすぐですね~」
などと話ながらゴールを目指す。
明け方に近づいてきて東の空が明るくなってきた午前4時頃に湖畔のロードにたどり着いた。河口湖を眺めながら、トレランポールを折り畳み、上着のウィンドブレーカーを脱ぎリュックにしまって、最後まで出来る限りと走ろうと決意する。誘導してくれるスタッフの方がいたので「一周してきましたー!」と報告しつつ湖畔を走る。
キロ6分~7分ほどのスローペースだったけど、ここまで37時間以上休んでいないのにまずまず走れる事が嬉しい。
朝の犬の散歩をしている方に朝の挨拶をする。
ロードをずっと走った時に比べて、大腿部の痛みは酷いが、体力そのものはまだ残っていてまだまだロードなら走れる感じがした。
私より大分年上に見えるその方はフィニッシャーに与えられるベストとたくさんの荷物を持って嬉しそうに歩いてきた。
「楽しかったですねー!」
と声をかけると
「最高だねー」
と満面の笑みで返してくれた。
深夜から早朝になったばかりの肌寒い時間だと言うのに応援してくれる人もたくさんいた。
お疲れさまー!の声に
ありがとうございます。とお礼を言いながら走ると彼女がカメラを片手に飛び出してきた。
「これで写真撮って~。」
と、持っていたカメラを渡す。
「それじゃあ最後は全力で走るから」
最後だけダッシュをしてみた。
ゴールゲートの先にフィニッシャーベストを片手に持った鏑木さんが見える。
ゴールのポーズは特にせず鏑木さんのもとへ走った。
優しい笑顔で
「お疲れさまでした、もう走らなくて良いんですよ」と言われた。
握手をしながら
「キツかったですよー」と言うと。
また笑顔で
「それがウルトラトレイルです」と一言。
その後並んで記念撮影をしてもらいゴール地点を後にした。
すぐにイッシーさんを見つけて貸していたライトを返却してもらいレースの事を少しだけ話す。
疲れていたが表情は明るく、やめたいと言っていたときとは全く違って、本当にゴールして良かったと言ってくれた。次のレースも頑張ることを約束して笑顔で別れた。
UTMF&STY参加者の為に特別に24時間営業してくれている温泉に寄って汗を流す。気を抜くと寝てしまうので長居はできない。
すぐにイッシーさんを見つけて貸していたライトを返却してもらいレースの事を少しだけ話す。
疲れていたが表情は明るく、やめたいと言っていたときとは全く違って、本当にゴールして良かったと言ってくれた。次のレースも頑張ることを約束して笑顔で別れた。
来た時よりもずっと長く感じる駅までの道をまだ始まったばかりの富士急行に乗るために歩いて帰宅した。
長い二日間だった。多分この始めて出たUTMFも他のレースとともにずっと忘れないんだろうと思う。
来年も開催されて出場できることを願う。
UTMF男子 出走 777 完走 562 完走率 72.3%
UTMF女子 出走 75 完走 49 完走率 65.3%
STY 男子 出走1011 完走 841 完走率 83.2%
STY 女子 出走 166 完走 150 完走率 90.4%
合計 出走2029 完走1602 完走率 79.0%
Ranking 182
No. 176
Name 長谷川 大吾
Country 東京都
A1 富士吉田工業団地 2:06:50
A2 二十曲峠 5:01:51
A3 山中湖きらら 6:16:43
A4 すばしり 9:27:02
A5 富士山御殿場口太郎坊 11:41:04
A6 水ヶ塚公園 12:54:09
A7 富士山こどもの国 15:06:00
A8 西富士中学校 19:41:55
W1 北山 --:--:--
A9 本栖湖スポーツセンター31:08:59
W2 鳴沢氷穴 34:19:32
Fin 河口湖大池公園 37:34:52 FINISH
A5 富士山御殿場口太郎坊 11:41:04
A6 水ヶ塚公園 12:54:09
A7 富士山こどもの国 15:06:00
A8 西富士中学校 19:41:55
W1 北山 --:--:--
A9 本栖湖スポーツセンター31:08:59
W2 鳴沢氷穴 34:19:32
Fin 河口湖大池公園 37:34:52 FINISH














