前日からなかなか寝付けず8時起床予定だったが3時、5時、6時、7時と短い睡眠を繰り返し起きて結局7時40分頃に布団から出て最後の支度。荷物は前日までに背負っていくだけにしてあったので、ご飯を一膳と味噌汁を食べ、シャワーを浴びてニューハレVテープ&Xテープをして身支度を整える。
9時40分頃の電車に乗って出発、現地には11時50分頃についた。受付が13時なのでゆっくりもしていられず、歩いて大池公園へ、途中でボランティアをされている女性に車の中から声をかけられ公園まで送って行ってくれるとのこと、有り難く便乗させてもらい船津のローソンで降ろしてもらう。パンを2つ、おにぎりを1つポカリスウェット500mlを買い会場へ。穏やかな河口湖が印象的だった。
会場に近づくと、赤い上着を着た集団が大勢いる。肩にUTMFのマークが入っていて胸のあたりにThe North Faceとある。GORE-TEXのロゴも。ボランティアの人への配給品かな?お金かかってるなぁと思いながら会場へ。
普段何もない駐車場に立派な会場が広がっていた。人も大勢。参加者はそれほどではないのにハセツネより規模が大きい感じがする。

start&goalとなる大きいゲートの辺りはUTMBの映像で見たような風景になっている。いくつもの売店ブースのテントや選手受付、メディア、装備品チェックのテントなどが並ぶ。奥に目を引くドーム型の建物の中はスポンサーのThe North FaceとGORE-TEXのブースだった。豪華で賑わいを見せる会場を見わたして鏑木さんでかいことやったんだなぁ、と改めて関心。今まで幾つかのレースに出場してきて、「必要最低装備」と言われるものがあるレースは多かった。でもきちんと出走前にチェックをしたのはUTMFが初めての経験。ボランティアの方と話しながらチェックを終える。
売店でゼッケン留めとSALOMONブースで泥よけスパッツを買う、スパッツは必要ないかなと思っていたがこれが思ったより効果的でレースを終えるまで靴の中に小石などが入ることはなかった。
デポするためのドロップバックの中に数時間後に必要になるであろう装備を詰める、前日の準備の段階でデポ用とスタート用の袋に分けてあったのでスムーズに終わる。
当日の天気と気温を見てスタート時の服装は決めようと思っていたので天気予報は夜にかけて雨の可能性があると言っていたが、長袖のSKINSは着るのをやめて、ファイントラック(半袖)+ NORTH FACE(半袖)、下半身はc3fitのロングタイツの組み合わせでスタートすることを決める、雨対策のためにリュックの中にウィンドブレーカーとレインウェアを入れた。帽子をかぶろうかと思っていたけど参加賞としてバンダナが配られたのでそれを着けることにした。コンビニで買ってきた食料をパン1つ残して全て食べ、事前に用意しておいたSAVASのジェルを飲み、荷物預かりとドロップバックの預かりをして準備を終える。
河口湖畔に座ってぼんやりしているとすぐ横で奥宮さんがTV取材を始めた、さすが注目ランナー海外メディアの取材も受けていた。取材を終えたところで「奥宮さん頑張ってください!」と声をかけると笑顔で「ありがとうございます」と返された、相変らず良い人そう。しばらくぼんやり湖を見たり携帯でメールをしたりしていると後ろのSALOMONブースにジュリアン・ショリエさんの姿が、本当ならお断りしてから写真を撮りたかったがフランス語がわからないのと、気軽に声掛けてはいけない気がしてそっと写真に収める。
会場を見渡すと日本のトップランナーの方々もちらほら見え始める。相馬さんとすれ違ったけど真剣な表情でとても声をかけられなかった。
スタート地点の横で座って準備していたイッシーさんに気づいてもらって声をかけられる。イッシーさんがmixiに作ってくれたコミュニティのお陰で参加者の中に面識も増え走ることがより楽しくなったし、皆様の日々のトレーニングやUTMFにのぞむ装備など有用な情報をたくさん得られた。先々月の小江戸大江戸、先月のチャレンジ富士五湖など、度々お会いしてレース中にもたくさんの知識と勇気をいただき本当に感謝。このUTMFのために着実に準備されてきただけにすごく気合が入っていて興奮している感じが伝わってきた。しばらく話した後また少しウロウロしてきます!と会場をうろついてみる。
こあしす山民会ののぼりを持ったあげはさんの姿を発見、挨拶するとマイミクさんあうとさいどさんが腹痛でテント裏に寝ているというので探しに言ってみる、どこのテントか聞かなかったので結局見つからずウロウロしていると記念撮影をしている外国人を見つける、がっちりしていてどこかで見たような…足元を見るとサンダル履き。ベストセラーとなった本「BORN TO RUN」の登場人物、ベアフット・テッドだった、本の中ではよく喋るトラブルメーカー的な立場だったが日本に英語の教師として居たこともある親日家で気さくに写真にも応じてくれる優しく楽しい人という印象だった。写真撮らせてもらって良いですか?と聞くと「はい~」と笑顔で肩を組んでくれる。その場に居た男性にシャッターを頼み記念撮影。思ったより背丈は低いけど身体はランナーとは思えないほどがっちりしていた。そうこうしているうちにスタートまで20分あまり、ステージのアナウンスも始まり開会式となる。高齢でのエベレスト登頂で有名なプロスキーヤー三浦雄一郎さん、頭はすっかり白髪だけど姿勢は正しく声は力強い、次に実行委員長の鏑木さん、日本語と英語で交互にスピーチされた。
大好きな鏑木さんの言葉を聞いて、本当に苦労を重ねて作り上げたレースだということと成功させたいという思いが伝わってきた。このレースの参加者の一人として絶対に素晴らしいレースにしようと決めた。走るだけの私に出来ることは多くはない。
たくさんの人と出会い話すこと
ボランティアの人にお礼を言うこと
町の住人のかたにも挨拶すること
ゴミを拾えたら拾うこと
完走をあきらめないこと
誰かが困っていたら力になること
どのレースに出るときも同じことを考えているけど、UTMFは開催までに色々な障害があったのを知っていたので、そこに暮らす地域の方にトレイルランを理解して好きになって欲しいと思った。
各地域の首長の方々、コース整備に苦労された三好礼子さん、福田六花さんもステージに登場していよいよスタートとなる、周りの選手たちは皆色んなレースを経験されている猛者ばかり、近くにイッシーさんが見えて、また少し話をする、昨年行ったUTMFコミュの集まりで知り合った女性のトップランナー たかさん の姿も近くにあった。みんなこの日のために出来ることはやって来たはず。ステージではスタートまでプロのミュージシャンが見事な演奏をする。スタートを盛り上げるアナウンスと共に設置されていた大きな画面にカウントダウン表示がされ、ついにスタート。
近くに居たイッシーさんにゴールで会いましょうと握手をして、動画を撮影しながらのんびりとしたスタート、スタート地点すぐ横にいた鏑木さん、三浦さん、六花さんに握手をしてもらい、たくさんの応援してくださる人に手を振りながら走り始めた。
河口湖畔を少し走り里山を通って山へ入る、通りすがるご老人たちと挨拶をしながらたくさんのランナーと並んで走る。外国人ランナーの姿もたくさんみられて国際大会なんだということが最認識させられた。先はずっと長いのでゆっくり行きたいところだけど試走もしていないし、車で通ったこともない道なのでどれくらい時間がかかるか分からない。
序盤の関門タイム制限が厳しいという噂を聞いたので出し惜しみせず走れそうなトレイルは積極的に走った。
一つ目の大きな山に登っている最中に前を走っていた たかさん に追いついた、挨拶をして話しながら並走する、試走もたくさんされているのでどれくらいのゴールタイム予定なのかなどを聞いて参考にした。30時間切れるかな~などと漠然と考えていたんだけど、たかさん の目標タイムを聞くと「35時間切れるかな~?」とのこと、私の走力はそんなに無いので甘い考えを改めさせられると共に、ここから先自分がどんなことになっちゃうんだろ…と他人事の様に考えていた。序盤のはずなのにものすごく険しい気がする…後半の天子山塊がキツイという事前の情報だったんだけど、この山も十分キツイ。きっとこの山を越えたら楽になるはずだと信じて走れるところは走る。
下りは足の筋肉へのダメージが大きいので抑えめに行った、最初のエイドであるA1富士吉田工業団地があるのはその名の通り山の中ではない、エイド毎に応援の人が来られるような人里近いところに戻るのがこのレースの面白いところで、まだ第1エイドだというのに応援の方が多くなんだかゴールに迎い入れられたような気分、地域の人が応援してくれて、鏑木さんのやりたかったことが伝わって感動した。
トレイルランというのは山の中を駆けまわるスポーツで初心者や体力が少ないトレイルランナーは登りは走らず下りだけを走ったりする。下りを走るというのが意外にも足に対するダメージが大きいもので、上りを駆け上るトレーニングはそれなりにしていたんだけど山を駆け下るのはやっぱり山に行かないと強くなれない。まだ第1エイドを過ぎたばかりだというのに足の筋肉に違和感が出てきていた。UTMFに出るのはずっとまえから決まっていたことなのに実際に山を走ってトレイルランの練習をあまりしていなかったのが悔やまれた。エイドを出て次の山を目指す、次のエイドの名前は二十曲峠、峠というからには次のエイドは人里ではなく山登ったところにあるんだろうなぁ、と思いながら相変わらずのペースで行く。
夕方の富士山を見ながら杓子山という山に登った、かなりの急勾配を登りきり山頂の鐘を思いきり鳴らした。
山頂で写真を撮り、少し行った所で夕方の山の肌寒さを感じてきたのでウインドブレイカーとヘッドランプを頭につけた。荷物の整理をしていると たかさん が颯爽と走り去っていった。
この山の下りがとても急で、手を使わないと安全に下りられない場所が多かった。両太股と左股関節、右足先に痛みを感じながら、この調子で急な山ばかりだと困るなぁと思った。どんどん山は暗くなりライトをつけてA2二十曲峠に到着。
エイドのフルーツを戴いて水を飲み、持参したmusashi Niを水で流し込む。トイレに一度寄って出掛けようとすると昨年の雁坂峠で少しお話ししたイタキチさんが見えたので挨拶して次を目指した。
次のエイドは「山中湖きらら」山中湖は先月も湖畔一周したけど、きららってなんだ? 光るのかな…と次のエイドの様子に期待を抱きつつ進む、かがり火を焚いた神社の様なところでスタッフさんが応援していたので柏手を打って神頼み。幾つかの登り下りを繰り返した。ライトを消せば真っ暗なはずだけど、前後にランナーがいるので夜の山の中の落ち着いた暗闇は味わえない。お昼の天気予報だと21時過ぎから天気が荒れて大雨が降るかも?という話だったけど、都会では決して見られない満点の星空が広がっていた。
舗装された道路が現れ山中湖へと下る、落ち着かない音を出す熊鈴の音を消してすれ違うランナーにもうすぐエイドですね、あと10分くらいかな?などと言いながら山中湖きららを目指した。
A3 山中湖きららは道の駅のような施設なのかな?キラキラはしてなかったけど芝生が広がった気持ちの良い所だった。もうすっかり夜だというのに大勢の応援の人が拍手と声援で迎えてくれて感激する。
立ったままマリモ汁というものを食べ、山中湖にマリモはいるのか?をスタッフさんに聞いたり近場の選手ときついコースですねー、なんて話しをしていると吉田さん発見、何か他のかたと話していたので軽く挨拶をしてトイレに寄り次に行くことにする。
~つづく~
9時40分頃の電車に乗って出発、現地には11時50分頃についた。受付が13時なのでゆっくりもしていられず、歩いて大池公園へ、途中でボランティアをされている女性に車の中から声をかけられ公園まで送って行ってくれるとのこと、有り難く便乗させてもらい船津のローソンで降ろしてもらう。パンを2つ、おにぎりを1つポカリスウェット500mlを買い会場へ。穏やかな河口湖が印象的だった。
普段何もない駐車場に立派な会場が広がっていた。人も大勢。参加者はそれほどではないのにハセツネより規模が大きい感じがする。

start&goalとなる大きいゲートの辺りはUTMBの映像で見たような風景になっている。いくつもの売店ブースのテントや選手受付、メディア、装備品チェックのテントなどが並ぶ。奥に目を引くドーム型の建物の中はスポンサーのThe North FaceとGORE-TEXのブースだった。豪華で賑わいを見せる会場を見わたして鏑木さんでかいことやったんだなぁ、と改めて関心。今まで幾つかのレースに出場してきて、「必要最低装備」と言われるものがあるレースは多かった。でもきちんと出走前にチェックをしたのはUTMFが初めての経験。ボランティアの方と話しながらチェックを終える。
売店でゼッケン留めとSALOMONブースで泥よけスパッツを買う、スパッツは必要ないかなと思っていたがこれが思ったより効果的でレースを終えるまで靴の中に小石などが入ることはなかった。
デポするためのドロップバックの中に数時間後に必要になるであろう装備を詰める、前日の準備の段階でデポ用とスタート用の袋に分けてあったのでスムーズに終わる。
当日の天気と気温を見てスタート時の服装は決めようと思っていたので天気予報は夜にかけて雨の可能性があると言っていたが、長袖のSKINSは着るのをやめて、ファイントラック(半袖)+ NORTH FACE(半袖)、下半身はc3fitのロングタイツの組み合わせでスタートすることを決める、雨対策のためにリュックの中にウィンドブレーカーとレインウェアを入れた。帽子をかぶろうかと思っていたけど参加賞としてバンダナが配られたのでそれを着けることにした。コンビニで買ってきた食料をパン1つ残して全て食べ、事前に用意しておいたSAVASのジェルを飲み、荷物預かりとドロップバックの預かりをして準備を終える。
会場を見渡すと日本のトップランナーの方々もちらほら見え始める。相馬さんとすれ違ったけど真剣な表情でとても声をかけられなかった。
大好きな鏑木さんの言葉を聞いて、本当に苦労を重ねて作り上げたレースだということと成功させたいという思いが伝わってきた。このレースの参加者の一人として絶対に素晴らしいレースにしようと決めた。走るだけの私に出来ることは多くはない。
ボランティアの人にお礼を言うこと
町の住人のかたにも挨拶すること
ゴミを拾えたら拾うこと
完走をあきらめないこと
誰かが困っていたら力になること
序盤の関門タイム制限が厳しいという噂を聞いたので出し惜しみせず走れそうなトレイルは積極的に走った。
一つ目の大きな山に登っている最中に前を走っていた たかさん に追いついた、挨拶をして話しながら並走する、試走もたくさんされているのでどれくらいのゴールタイム予定なのかなどを聞いて参考にした。30時間切れるかな~などと漠然と考えていたんだけど、たかさん の目標タイムを聞くと「35時間切れるかな~?」とのこと、私の走力はそんなに無いので甘い考えを改めさせられると共に、ここから先自分がどんなことになっちゃうんだろ…と他人事の様に考えていた。序盤のはずなのにものすごく険しい気がする…後半の天子山塊がキツイという事前の情報だったんだけど、この山も十分キツイ。きっとこの山を越えたら楽になるはずだと信じて走れるところは走る。
下りは足の筋肉へのダメージが大きいので抑えめに行った、最初のエイドであるA1富士吉田工業団地があるのはその名の通り山の中ではない、エイド毎に応援の人が来られるような人里近いところに戻るのがこのレースの面白いところで、まだ第1エイドだというのに応援の方が多くなんだかゴールに迎い入れられたような気分、地域の人が応援してくれて、鏑木さんのやりたかったことが伝わって感動した。
トレイルランというのは山の中を駆けまわるスポーツで初心者や体力が少ないトレイルランナーは登りは走らず下りだけを走ったりする。下りを走るというのが意外にも足に対するダメージが大きいもので、上りを駆け上るトレーニングはそれなりにしていたんだけど山を駆け下るのはやっぱり山に行かないと強くなれない。まだ第1エイドを過ぎたばかりだというのに足の筋肉に違和感が出てきていた。UTMFに出るのはずっとまえから決まっていたことなのに実際に山を走ってトレイルランの練習をあまりしていなかったのが悔やまれた。エイドを出て次の山を目指す、次のエイドの名前は二十曲峠、峠というからには次のエイドは人里ではなく山登ったところにあるんだろうなぁ、と思いながら相変わらずのペースで行く。
夕方の富士山を見ながら杓子山という山に登った、かなりの急勾配を登りきり山頂の鐘を思いきり鳴らした。
山頂で写真を撮り、少し行った所で夕方の山の肌寒さを感じてきたのでウインドブレイカーとヘッドランプを頭につけた。荷物の整理をしていると たかさん が颯爽と走り去っていった。
この山の下りがとても急で、手を使わないと安全に下りられない場所が多かった。両太股と左股関節、右足先に痛みを感じながら、この調子で急な山ばかりだと困るなぁと思った。どんどん山は暗くなりライトをつけてA2二十曲峠に到着。
エイドのフルーツを戴いて水を飲み、持参したmusashi Niを水で流し込む。トイレに一度寄って出掛けようとすると昨年の雁坂峠で少しお話ししたイタキチさんが見えたので挨拶して次を目指した。
次のエイドは「山中湖きらら」山中湖は先月も湖畔一周したけど、きららってなんだ? 光るのかな…と次のエイドの様子に期待を抱きつつ進む、かがり火を焚いた神社の様なところでスタッフさんが応援していたので柏手を打って神頼み。幾つかの登り下りを繰り返した。ライトを消せば真っ暗なはずだけど、前後にランナーがいるので夜の山の中の落ち着いた暗闇は味わえない。お昼の天気予報だと21時過ぎから天気が荒れて大雨が降るかも?という話だったけど、都会では決して見られない満点の星空が広がっていた。
舗装された道路が現れ山中湖へと下る、落ち着かない音を出す熊鈴の音を消してすれ違うランナーにもうすぐエイドですね、あと10分くらいかな?などと言いながら山中湖きららを目指した。
A3 山中湖きららは道の駅のような施設なのかな?キラキラはしてなかったけど芝生が広がった気持ちの良い所だった。もうすっかり夜だというのに大勢の応援の人が拍手と声援で迎えてくれて感激する。
立ったままマリモ汁というものを食べ、山中湖にマリモはいるのか?をスタッフさんに聞いたり近場の選手ときついコースですねー、なんて話しをしていると吉田さん発見、何か他のかたと話していたので軽く挨拶をしてトイレに寄り次に行くことにする。
~つづく~











