part①では死そのものを避けることができないと説明した。
したがって死がわれわれをおびやかすとしたら、それは絶えず悩みの種となって、
どうやっても、なにをしてもそれが和らぐことがない。死はこちらにむかってくる、なんだか、怪しげな他方
にでもいるみたいに、われわれは絶えずきょろきょろするしかない。
<タンタロスの岩ごとく、死はつねに、頭上にぶらさがってる。>キケロ
だからこそ、死を受け止めて、これと戦うこと学ぼうではないか
まず第一に
死からその異常さを取り除いてしまって、死とつきあって、慣れ親しみ
もっぱら死のことを思い浮かべるようにしてみてはどうだろうか
絶えずイメージしてみよ
あらゆることを想像してみよ
車の音がしても、なにか落ちても、ピンかなんか刺されても
「ところで、これは死だったらどうなのだろう」と思いめぐらせてみよ
くっと気を引き締めて、踏ん張ってみるんだ
お祭りとか、飲み会、楽しいなにかのなかにあっても、
人間の条件を思い起こさせてくれる
この言葉
「ところで、これは死だった
らどうなのだろう」
必ず口にだしてみよではないか。
<あけゆくその日が、おまえにとって最後の日だと思え。そうすれば、思いっがけぬ時間が訪れて、感謝することになる>ホラティウス
どこで死が待ち受けているのかは定かではないから、こちらから、いたるところで待ちうけよ。
<死についてあらかじめ考えることは自由について考えることはかならない。死に方を学んだ人間は、奴隷の心を忘れることができた人間なのだ。命を失うことが不幸ではないのだと、しっかり理解したものにとっては、生きることになんも不幸はない、死を学ぶことで、われわれはあらゆる奴隷や束縛から解放されるのだ>モンテンニュ
今日はここまでw
次回も楽しみくださいwww