「若い人が目覚めてくれないと戦争に突入してしまう」と言う人があった。
しかし、いつの時代も、戦争になるとき、若者から発して、国は独立して戦争しなければいけないと目覚めたときにこそ戦争が起きている。
したがって、反戦、反戦と煽ることは、国家独立志向者の戦意を高めていることに他ならない。
反戦を叫べば叫ぶほど、戦争に突入する可能性は高まるのである。
政治作用というのは何かをやろうとすると、それとは逆に働くことのほうが多い。
反戦運動は言わば戦争推進運動であるのだ。
マザーテレサは言った。私は平和運動には参加しますが、反戦運動には参加しないと。
反対することは賛成することとの釣り合いの作用であり、その主軸が戦争ということであり、結局戦争に振り回されている。
反戦運動のため暴力に訴え、平和安保体制を潰すために武力を使用していた反対派議員を見ればそれは明らかだろう。彼らは反戦のために戦い、人を傷つけるのである。
よって彼らは、彼らが嫌う「戦争推進派」と同じく、結局は武力によって平和を達成しようとしていることを正しいと証明してしまったのである。
我々は幼少の頃より、正義のヒーローが悪の組織をたたきつぶす戦争のようなものを見て育つ。現実の社会には、悪の組織のようなわかりやすい害虫のような恰好をした人はいない。どちらも正義だと思っている者同士が殺し合いをする。それが戦争だ。
昨日の全国戦没者追悼式では、遺族会代表で福島市に住む安斎満さんが「一日も早く平和を」と願った。
天皇陛下は、「過去を顧み、深い反省の上に立ち、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う」と読み上げられた。