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第一章 自己消失 1-29 ~終わった朝~ ―小説

真相編


目を覚ますと、そこはいつものソファーの上。
京都府京都市その中心地、

碁盤の目状に張り巡らされた通路が、ビルのそそり立つこの京都と言うケーキを几帳面にカッティングしたことでできた、

やはり几帳面に真四角なそのブロック群のさらに真ん中のあたり、

そこには数々の商社ビルの間に、ワンフロア全てを部屋にした居住ビルもちらほらある。

おそらく、その中でも最も古いのではないかと思われる

耐震基準をクリアしているのか甚だ疑問が残るこの名もなき六階建てビル。

その五階の全面フローリングのこの部屋は、まさしく僕の家だった。
この部屋には仕切るような壁はない。

ワンフロアがまるまる一つの部屋になっている。

白い壁紙に白い天井、蛍光灯の光と、電球の光波長の違う光が照らしている。

そこに、アンティークの家具が乱雑に『放置されている』。

どれ一つとして意図的な配置はない。

そのせいで、この部屋には中央にクローゼットがドスンとあるし、

柱時計はなぜか端っこのほうで横になっている。

かと思えば、値が張りそうな地球儀が、床にきちっと置かれていたり。

本棚はデスクラックになってたりする。

唯一意図的なのは、このソファーとテレビ、パソコンの位置だろうか。

こればっかりは利便性が優先されている。

ああ、気分は最悪だった。

いつ戻ってきたのか定かじゃない・・・。

けど、あの事件から1日も立ってないだろう。

朝日が昇っている。

3日目の朝・・みたいだな。

あの木偶の予告期間の最終日。

まぁ、・・・もはやどうでもいい話か。


僕は、寝ぼけた頭で起き上がる。

よく考えれば二日も徹夜していたのだ。

少し寝たくらいで頭が動くはずもない。
まぁ、それでも動かなくては。

ぐっと背をそらす。
僕は中央のクローゼットに向かう。

服を着るためではない。

自分の寝ぼけた顔を確認するためだ。

クローゼットを開けると、そこには鏡面台がある。
そこにはいつも通りの自分がいた。
ツンツンにとがった髪型。
髪の色は蒼に染まっており、その染まり具合は妙なむらっ気がある。

ところどころ濃かったり、

底抜けるような空色だったり、その性で、青色と表現するより、水面色と言ったほうがいい。
これが人工的なものでないから困っている。
遺伝子異常でもないそうだ。
では、これは何なのか?

これは呪いの証なのだ。

まぁ、いいか。
身長は175cm、現状は上半身裸、その理由は不明だ。

自分でもわからない。

記憶がない。

肉体の状況は主観的には極めて良好、細身の体に、器具を使わない、

いわゆる腕立て伏せとか腹筋とか金のかからない筋トレで作った筋肉が無駄なく付いている。

けれども、その筋肉は何の目的もなく作ったものであるため、張りぼてもいい所だった。

この筋肉に能力はない。
実際、球技系のスポーツをしても、格好はつかないし、

格闘技なんてもってのほかだ、

この身は僕の実を守る気概などありはしないのだ。

まぁ、それもいいや。

よし、ともかく、僕はいつも通り、自分の嫌いな不満だらけの僕のようだ。
あの木偶を殺したのちの記憶は定かではないが、大体の結末はわかる。
異界となってしまった。あの場所を、早々にカザト少年が消去したのだろう。
なんとも仕事の速い神様だ。
ああ、そうなると弓端さんはどうしたのだろう?
彼女は死んでいない。
だが、無傷では済まなかった。
僕は、彼女を守れなかった。

結局、・・・所詮は・・殺人鬼。

僕は、あの木偶に、届かない夢を幻想した・・と言った。

それはまさしく、僕のことだった。

殺人鬼は、人を殺すものだ、守るものではない。

やはり、僕は関わるべきではなかったのだ。

相手の能力が、自分の格下であるというだけで調子に乗った。

だから、こんな僕でも何とかなるかもしれないと思った。
とんだ勘違いだ。


あげく、彼女を守れなかった。
最悪だな。


鏡をのぞく、そこには最悪の人間の顔が映っていた。

と、急に足が重たくなる。
その重みは、だんだんと上にはいあがり下腹部あたりでもぞもぞと動く。



え?

なに?

この心霊現象?

金縛り?

いや憑かれると肩辺りから重たくなってくると言うし。
さすが、古ビル。

そういうものが憑いていたのか・・・。

どおりで破格の安さなはずだ。

幽霊・・・・ね。


・・・・。


マジ怖えええええええええええええええッ!

怖くて、マジ下みれねぇ!


その幽霊は、おれのズボンのジッパーをじりじりと開け・・

内腿あたりをゆっくりと撫でまわす。




なんか・・・エロイなこの幽霊。



いや、幽霊か?本当に。


下の気配は、なまめかしく内腿より股間のほうに歩みを進め。



「って!そんな幽霊いるか!」


僕は、見下ろした。



「あ~ん・・あれ?起きたの?ひぃ君。」

そこに、大きく口を開けたAliceがいた。

僕は大きく後ろに跳び、着地に失敗し大ごけする。

「な、何してんだ!何しようとしてた!?俺に何をしたっ!?」

動揺する。

おもわず、ヘンな三段活用が出ちゃったよ。


もう、なんなんだ!意味不明だぞ。

つか、どうやって近づいた?

気配一つ!物音一つしなかったぞ!


「え?社会の窓を開けて、口を大きく開けば、しゃぶるものは一つでしょ?」
「俺には見当もつかねぇよっ!」

つーか、ショートしそうなほど顔を赤らめながら、そんなこと言っても、お前のキャラ、エロキャラにならないからあきらめろよ、純情乙女(ピュアメイデン)。お前の本性、赤毛のアンもはだしで逃げ出すほど潔癖だから。

おねがいだから!


「え?だから―」

「止めろ!頼む!ごめんなさい!それ以上は聞きたくねぇ!」


なんで、隠されたつらい過去を明かされそうになった主人公みたいなんだよ。



「だいたい、起きたの?って、そんなの見ればわかるだろ!」

「そんなこといったら、ひぃ君。俺に何をしたーってそれこそ決まってるでしょ?」
「え?何かしたの!?」
「寝てる間、ずっとひぃ君の上半身を隅々まで舐めていました。」




うわぁ・・・・それで裸だったのか・・・。風呂入ろう・・。




「だ、大丈夫、下もこれからして上げる。」

「断固拒否だ、バカ野郎。」

「美少女」

「馬鹿美少女では語呂が悪い。」

「なんだ、美少女とは思ってくれてるんだ・・・・。」

まあ・・・ね。

ついでに、馬鹿とも思っていません。
Aliceは、額を僕の胸に預ける。


「心配した・・・」
「わるぅございました・・」


永い、無限に続きそうな静寂が訪れた。
Aliceは、その体制で、僕の胸で眠るかのように、静かに呼吸する。

温かいものが、肌を通して伝わる。

吐息一つ一つがまるで言葉のようで、僕の心にそれこそ呼吸をするように、すっと入ってくる。
Aliceは、ねだらない。
僕も、Aliceを抱き寄せようとはしない。
それ以上はいらない。


「先輩、お仕事お疲れ様です。」


ぬわっ!
突然のことで目を丸くした。
まるで、何事もないかのようにいつものさわやかスマイルでそこに立っている。
「なんでお前がいる!つか、いつからいた!」
そう言うとやや、心外そうにカザトはぁとため息をついた。
「何言ってんですか?

ずっとですよ。ずっと。

気付かないんだもんなぁ。

だいたい、僕がいるのは必然ですよ。

C市を消去する直前に先輩をわざわざ運んだのは僕ですよ。

もうちょっと感謝してくださいよ。」


・・・・。
ま、確かに感謝していいエピソードには違わないが、それっていいのか?
「お前、それって干渉に入らないのか?」
「え?なんでですか?」
「なんでって、お前の手で勝手に異界の中にいた人間を消失から助けたことになるだろう?」
「え?助けてませんよ。

だって先輩は、消去するぎりぎりの所で異界から自力で出てきたんですから。」

「ああ、つまり、お前が運んだのはこの家までってことか?」

「いえ、寝不足で疲れた先輩が、近くの公園のベンチで眠ったところを、警察に不審者として通報して、警官の方と一緒に交番まで『運んで』、その後身元引受人としてAliceさんが迎えにきて今の状態になりましたから、実際に運んだのは公園から交番までですね。」


ひどいなッ!


ちょっと、想像以上だぞ!お前!


「Aliceさんが、何度も警官に謝っているのには心を痛めました。」


俺には!俺には心を痛めないのかっ!


「でも、夜中に倒れている人がいたら警察をよんであげなさいって言ったの先輩ですよ。」

「そんな辛辣な通報の仕方があるかっ!」

頼むぜ、五歳児!

早く大人になってくれ!


「まぁ、確かに、お前がここに居てくれたのは都合がいいよ。カザト。

人間の僕には、C市をしばらく認識することができない。

おまえなら、わかるだろ?

C市は、・・・というか、弓端さんは無事か?」


「ええ、急激に回復してますよ。『何しろ個を奪われた』だけですから。」
「え?」
っと、僕は驚く。


「奪われたものは帰ってくるんだよ。ひぃ君が犯人を倒したおかげ。

ふふふ、ひぃ君、やるわね。私、また惚れ直しちゃった。」

「じゃぁ。」
「そうですね、

すでに肉体が死んでしまった井戸の中の人々はともかく、商店街の人たちや、弓端幸一さん、それに古矢惣一さんも無事蘇生しました。」


「そう・・・か。」


そんなことも・・あるんだな。


「とはいえ、古矢さんは、しばらく目を覚まさないでしょうが・・。」


ああ、そう・・だった。

古矢さんは、あの人形の言葉を信じるなら、肉体こそあれ『個』のない空っぽなのだ。
彼は、今極めて死んでいるに近い状態だ。

『個』を与えていた人形が死んだ今、古矢さんが、古矢さんとしての形を持っていること自体が奇跡なのだ。

「まぁ、彼にもいずれ自力で『個』が芽生えることでしょう。

生きるってそういうことですから。」


神が言うなら、それも信じてみていいかもしれない。



「なぁ、C市にはいついけるようになる?」
「そうですねぇ、C市に行くには一週間はかかりますね。」
それでも、弓端さんの屋敷を見つけることは難しいかもしれない。

それには、あと何年かかるかすらわからない。

「けど、C市にいる人たちが、こちらに出てくるのであれば2日で済みますよ。」

「どういうことだ?」
「僕らからは、C市を認識できないだけで、中の人は認識できますから。

仮に、先輩が弓端さんに会いたいとするなら、弓端さんの認識が回復するまでの時間でいい。

先輩は、今でさえ、弓端さんを覚えている、記憶の中の弓端さんを思い出せるくらいに回復しているのですから、二日もすれば先輩には目に見えるくらいにはなりますよ。」
そうか。やっぱり僕は、理解不足なんだな。

大分と異界の消去にも慣れてきたつもりでいたけど、そう言う理屈にさえ気づかなかった。

むむ、こうなると今更ながら自分の適応能力のなさには恥ずかしさすら覚える。
ふと、寒気が走った。

「ひぃ君・・・あのね。」

なんすか?Aliceちゃん。ごっつ怖いよ・・・。

「やけちゃう・・・な。」

「あ、ほら、ほら、あれだよ!報酬!報酬貰わなきゃ・・ね?」


「うううううぅ」


唸るな。


「あぁん!んふぅん!」

ええ!?喘ぐの!?

「まぁ、しょうがない・・か。」

今の過程でどうやって納得したのかはあえて保留にしといてやる。むしろ、納得してくれてありがとう。

「もう、・・誰にだって優しいのは美徳じゃないよ?


ひぃ君・・」


Aliceの呟きは誰の耳にも聞こえなかった。

第一章 自己消失 1-28 後日談ーシトイウケツマツー

その後の話を少ししようと思う。

くるみ割り人形は精神死し、要望通り死んだ。

一つ勘違いしていたことは、奴は『個』を消していたのではない、奪っていたのだ。

奪われたものは元に戻る。

あいつの死と同時に、肉体的に損傷のなかった被害者は無事元に戻ることができた。


古矢さんも生き返った。
弓端さんのお父さんも生き返った。
当然のことながら、弓端さん自身も『元の自分に戻れたのである』。


事件から、二日たった今日、僕は一人の女性を待っていた。
Aliceには消して言えないが、これはデートだ。
間違い無い、デートだッ!
僕は、京都駅の大階段、建物にして三階分ほど上がったそこから入れる喫茶店で、

ひたすらパフェを待ち続けていた。

パフェはパーフェクトが由来らしい。完璧なお菓子と言う意味だ。まさしく、そのお祭り騒ぎなスウィーツのスーパーロボット大戦は、パーフェクトと呼ばれるに相応しい。洋菓子最高峰だろう。昔の人間は格も偉大と思い知らされるわけである。


「あの、すみません。」


しかし、どうせならこの概念を、和菓子に持って来ることはできないだろうか、あんみつの上に、かき氷と、じょうよう饅頭、せんべい・・・やめよう、カオスすぎる。西洋思想と東洋思想の壁の高さを如実に感じてしまった。


「ね、ねぇって」


しかし、それでも、甘さという点において、和菓子がコラボレーションできないはずがない。

決してない。

そう、必ずできるはずだ。

和菓子版パフェ、よし、さっそく家に帰って。


「ちょっと!そこのあなたッ!」


と、その呼びかけで初めて気づいた。


「・・なんちゃって」


そこには、洋装姿の女性がはにかみながら立っていた。
「二日ぶりですね。」
「そうですね。」
待っていました、パフェの10倍くらいに楽しみに待ってましたよ。

本当ですよ?弓端さん。



全快の弓端さんは、ころころと、声色に負けないくらい表情豊かな人だった。

そして、何より明るく、眩しいくらいに綺麗だ。


「それで、古矢さんはどうです?」
弓端さんは首を横に振った。
古矢さん、今回の事件の共犯者、古矢さんはまだ目を覚ましていなかった。
たぶん、あいつの言っていたことは本当だったのだろう。
古矢さんは空っぽだったのだ。

中身を与えていた人形が死滅することで、古矢さんは空っぽのままになってしまった。

「でも、古矢が操られていたとしても、古矢は今まで私たちによくしてくれていました。

古矢は、今でも大切な家族です。

いつか、目を覚ますまで、私達で面倒を見ていこうと思います。」


そういった弓端さんは愛おしそうな目をして、くるくると、ティーカップの中の紅茶に流れを作っていた。

ああ、弓端さん、やっぱりあなたは本当の美人でした。

例え、それが僕の身勝手な憧れが潰えた瞬間だとしても、

きっと、あなたの愛ほど綺麗なものは他にないのだから。


僕と弓端さんは、いろいろと話をした。楽しい会話をこれでもかと言うくらい。

弓端さんは、よく笑った。

明るく、元気よく笑っていた。

それだけで、僕は、この事件を引き受けてよかったと思った。


「さて、そろそろAliceに感づかれるので。」

「そうですか・・・ありがとうございました、本当に、なんてお礼を言っていいかわかりません。

本当にあなたでよかった。」


そう言って、彼女は微笑んだ。


「僕も、本当によかった。あなたと出会えて、こんなに萌えたのは久しぶりです。」


「萌え?ですか」


あらら、弓端さんには上級過ぎたか・・・・。

僕は、席を立ってこれ以上かっこ悪い所を見せないようにさっさと退散しようとする。


「あの・・最後にお名前教えてもらいませんか?」

「じゃあ、友愛と、出会いと、感動の印に・・」


「僕の名前は『深戒櫃代(ふかかい ひつよ)』。はじめまして、弓端御世さん。」


◆ ◆ ◆



もう、今後の事件顛末に気づいただろう?


そう、
この事件は、もう少しだけ続く。


それは、事件より一週間後の朝の話。


新聞紙を開いた。



―弓端さんは、殺されたのだ。





第一章 自己消失 1-27 ~蒼き殺人者~ ―小説

人形は、動く。

ゆっくりと・・・。

肉もなく、骨もなく、歪んだ願望を内蔵するそれは、まるでその願いこそが生命の生命たる由縁とばかりに活動する。


床から何かが染み出す、・・・・黒い溜まりのよう・・・。



汚泥よりもなお黒く、重く汚れた溜まり。


そこからヒトの面が浮かび上がってくる・・・。



「古矢さん・・」


その黒い溜まりから出てきた顔は古矢さんだ。

死体のように真っ白な顔が、まるで渇きに喘ぐ飢餓児のごとく大きく口を開いて何かを飲み込もうとしている。



その口腔ノ闇に、人形(ヒトガタ)は堕ちていった。



すると、黒い溜まりはぐっと盛り上がり人形(ヒトガタ)を飲み込んで、人型(ヒトガタ)へと変化する。
古矢さんだった顔はみるみる人形特有の木目の能顔へとかわった。

木製の顔に、大きな黒い二つの双眸と、引き裂かれた口。
「気づいているかね。私が動けるということは、つまりここはすでに異界になったのだよ。
古矢を殺した瞬間、もう君の知る世界のルールから逸脱してしまった。
もう、君は私に逆らえない。
それとも何かね?『戦闘能力』を一切持たないと豪語する君が、この場で何かできるのかね?」
ああ、できる。
それも簡単に・・・・。


「お前を殺せる。」

その言葉に、人形は笑う、笑う、笑う、笑う、笑う。


・・・・・笑えばいい。


「そんなに、可笑しいか?『木偶』」
ピタっと笑いが止まった。笑いは止まりその瞳が大きく開く。
あんまり、怒るなよ。ちっせぇ器だ木偶野郎。
「私は、『人間』だッ!」
木偶の背中から、無数の黒い影がこちらに向かって伸びてくる。

先程の黒い溜まりが、鉛のように重い質量をもって此方を犯そうと襲いかかってくる。
アレニ、フレテハナラナイ。
直観が告げる。
僕は、まるっきり、情けなく転がるように、部屋の外に出た。
無数の手は、弓端さんの部屋の扉を破壊し、それでも、人形の手の勢いは止まらない。

あたり一帯をその穢れで犯しながら、世界を侵食して迫りくる。


「私は、もはや『木偶』ではないッ!」


おうおう、逆鱗に触れたのか?
無茶苦茶こだわってる。


ぼくは、廊下を全速力で駆ける。


人形の黒い腕は、駆け抜ける僕に追いすがり、触れたもの全てを穢しながら、暴き崩すことを渇望する。


きっと、あれにわずかに触れるだけで、その時点で、『個』を奪われる。

殺されてしまう。

僕は、非常に無様に
まるっきり、一般人が化け物から逃げるのと同様、かっこいい所など一片もない、つんのめり、転がり、立ち直して、必死に逃げる。逃げて、逃げて、逃げる。

「魔法も使えない!
武器ももたない!
戦闘能力ももたない!
お前が、私を殺すッ!?
いいだろう!殺してみろ!」
ぼくは、縁側へ出て、すぐに、庭へと飛び出す。
僕はそこですっ転んだ。
ああ、くっそ、足捻った。
いてぇな。
「終わりだ!さぁ、殺してみろッ!」
木偶は、縁側から見下ろすようにして、僕を見ていた。
ああ・・・・・どうやら、鬼ごっこにも限界が来たようだ。

終わりだ・・・・・。

仕方がない。
「さぁ、死ねッ!」


静止(止まれ)


・・・・・・殺す(語る)より、仕方ない。


「『憂鬱多弁』(ブルーブルー)ッ!―ッ!?」



その時、世界は凍てつき静止した。




動かなかった。

人形の手はピクリとも動かない。


僕を、襲わない。
僕を、襲えない。


指先一つ、動かせない。

静寂と共に・・・・・静止した。



―ああ・・・・視界(煉獄)が蒼く染まってゆく・・・・・・・―

瞳の色素が抜けていく・・・・いや・・・・染まっていく、蒼く、蒼く、蒼く・・・・・・。


「私は、今何と言った?」


声がふるえていないか?何を怯えているのか、木偶人形。
木偶(お前)は、人間より優位な存在なんだろう?
木偶(お前)は、人間を簡単に殺せるのだろう?
木偶(お前)は、魔法使いなのだろう?
何を恐れ怯えている?



「わからないか?教えられずともわかるはず。それはお前の言霊(鎖)だろう?」



何を怯える?

ただの人間なんかを

価値がない醜い存在を
戦闘力を一切持たない、簡単に殺せる存在を
何を躊躇する?


「今・・私は・・・『憂鬱多弁』(ブルーブルー)・・と・・・・・」



何に死を感じる?



それとも、気づいたか?

己の矮小さに。

己の半端さに。

己の犯した罪に。

自分が、一体『何と』相対しているのか。



「馬鹿な・・・『死戯』だと?

『殺人鬼』だと?よりにもよって、『憂鬱多弁』だと?

殺人鬼が、私と同じ『殺人鬼』が、なんでこんな処でッ!」



お前と同じにするな



「お前みたいな半端なやつと、たった100人程度殺しただけの、
人殺しとしては『ひよっこ』のお前が、『死戯』と同列等と思うな。木偶野郎。」

「本物か?」

その問いは全く無意味だった。

語るまでもない。

真偽の問いは意味をなさない。

なぜなら、僕は、その存在自体が真偽の上に成り立つものではないからだ。

あるからこそ、意味をなす―都市伝説(怪奇現象)とはそういうものだろう?

人の持つ個々の悪意(ネガイ)、その想念が生み出す集合体。

こうあればいい、こうあってほしい、このような不幸さえあればと、己を呪い世界を呪い、人が人を呪って生まれた汚れがつもり積もって捨てられる。


そうして、人々が捨てた汚れが、人間の目に無視できなくなった時、彼らはこぞって生み出すものがある。


誰もその眼に入れたくないがために、その存在を認められない存在――。



ぼくは、存在全てが噂であり
            都市伝説であり
                お前より破格の殺人鬼(怪奇現象)だ。


全人類の殺意を代替する存在。


それが―死戯。

ならば、『殺意の主』(木偶人形)。

        我が殺意のうちの一つである、貴様が、『本物か?』などと愚問に等しい。



お前のようなやつがいるから『僕は存在しなければならないのだから』。


「『大虐殺』の元凶、最も人を殺した殺人鬼。
地球人口を劇的に減少させた人殺し。
『害悪危険(エビルレッド)』に次ぐ最悪の存在。ダブルカラー。『言葉で殺す人殺し』」


だから、どうしたというんだよ、『三下、格下、低能殺人鬼』。


「・・・だからどうした?」


君が怯えたところで、認識したところで、泣いて謝ったところで、残念ながらこの殺意は消失しない。

そして、死戯が殺意を持つという事は、もう決まった結末をたどるしかないのだ。


木偶は、背中から新しい手を産み、強襲するが、不可能だった。
僕にちかづいた瞬間その手は止まってしまう。

「お前、まさかまだ気づいてないのか?」


「なんだと?」



「お前は、初めから僕に逆らうことなんてできないんだ。
お前、さっきまで事件のことべらべらと、まるでマンガのようにタネ明かししていただろう?
お前は本当に、その時気付かなかったのか?
―『何でこんなこと話す必要があるんだ』・・と」
木偶(やつ)には、その言葉の意味がつかめない。
理解の範疇ではない。

「僕が、『答えろ』といったからだ。
そして、今、お前は、僕に『止まれ』と言われて動けない。
お前は僕に逆らえない。
木偶。この、木偶。
魔法ごときが使えるだけで何を調子に乗ってしまったのかは知らないが、
楽しかったか?

いい気になったか?

爽快だったか?

絶頂したか?

それはさぞ愉悦だっただろう。

それはなお救済だっただろう。

だからこそ、お前には把握できない。

『頂上と呼ばれる力』に酩酊ったお前には単なる、ありふれた事象にすら気づけない。

これはな、『言霊』だよ、・・単なる言葉だ。」


僕は、言葉を紡ぐ。言葉を紡いで命を吹き込む。


「原初の人間、アダムとイブは知恵の実を喰い楽園から追い出された。
その時、授かった知恵とは、まさしく『科学』、科学と言う世界法則。
お前が使う魔法も、数多く実った知恵の実の一つでしかない。

だがな、その魔法(理屈)は何によって組み上げられたものだ?
神は、実を食すことを禁じていたが、代わりに神は人に力を与えていた。
それが、知恵の実の構成要素、知識の源泉、その実を食さずとも良いように神が与えた信頼そのもの。
それが結果として、蛇にそそのかされる原因となる。

それは、言葉だよ。

言葉こそ唯一人間が、神から許可を得て手に入れた最高にして至高の力。
人間を失楽園へと追いやった力。
僕は、それを人より強く使える。」


説明はこのくらいでいいだろう。


「なぁ、やっぱりわからないな。
お前、彼女を愛すると言いながら、彼女が積み重ねてきたものを否定すれば、
それがたとえ一部でも、弓端さんを否定することになる。そうだろ?」

木偶は、答えない。

「お前、要は別に弓端さんを愛してなんかいないんだ。
お前のやったことは単なる僻みによる復讐だ。
矮小だな木偶人形。
お前は、愚かにも、弓端さんを人形にすることで、自分を否定したかっただけだ。
人形である自分が許せなかったお前は、弓端さんを人形扱いすることで人間を演じたかっただけなんだ。」
「違うッ!」

嘘だッ!
お前の嘘は認めない。

「お前は、自分が人形であることを自覚していたんだ。

だから強く願望する。卑屈で卑劣なルサンチマン。

自己の矮小さと低さに押しつぶされて、『愛』という壮大なお題目にすがった。

消して届かないものだからこそ夢想し、彼女を愛するふりをした。

それは全てお前が木偶ゆえに発生した感情。

お前は自信が人間であるという自覚を得ると同時に自己を、紛れもない人間の贋作であると認めてしまったんだよ。

劣化コピーだ。

劣る、劣る、劣る。

劣等存在。

ヒトガタならヒトガタらしく、全てを押し付けられていれば良かったんだ。

愚かしいよお前は。

ちっとも理屈に合っていない。

矛盾だらけだ。

所詮、お前はただの人形。

木偶人形。

得るものもなければ失うものもない。

全てお前の思いすごしで、幻だ。

自己で自己を推し量ることもできず、勝手に悦に浸ってこの始末。

本当にくだらない。
可哀そうだな木偶人形。
お前は所詮木偶人形。
せいぜいなれても呪いの人形。
可哀そうに、可哀そうに、お前は、どうやっても人間にはなれない。
その身の器の大きさをはき違え、届かない夢を幻想したんだ。

さて、そんなお前の劣等感はどこから来たのだろう?

捨てられるのが怖かったのかい?ゴミのように?ゴミがごみに帰るのが怖かったのか?

木偶のくせに???さて、そんな事は知らないが、結局のところ一言に尽きるよ。
お前は木偶だ。
やはり木偶だ。
愛さえどんなものかさえ知らずに勘違いした、ただの木偶だ。」
「違うっ!私は人間だ!人間なんだ!私は・・」
「ばぁか・・・・お前が人間であるはずないだろ、鏡でも見て現実を知れ・・・」
僕は、もうお前に殺意以外の興味が持てない。

「まったく、こんなに殺意が僕を酔わすのは初めてだよ、木偶人形。ああ。ああ、そうだ。『殺人鬼(ぼく)は、殺人鬼(おまえ)を殺したい・・・・。」

その瞬間、僕の蒼い瞳と蒼い髪に黒い染みが僅かに広がる。


いつも、僕の頭の中にいる黒い彼女がほほ笑んだような気がした。


『愉悦』


それを自覚した時、僕の脳は融解する。

より本質的に、根源的に。


もっともっとと、せがむ様に、淫らに殺意(それ)を受け入れだす。


「さぁ、約束通り、ご要望通りの時間だ。
お前を殺そう。
徹底的に、

完結的に、

お前のすべてを否定しよう・・・・・・」

人形はおびえる、ピクリとも動かない、己の体。
思考さえも束縛される言葉に。

自壊しろ