蒸れないブログ -224ページ目

間章 2と3の境界  神への談義 前編

この世界において


神と言えば、たくさん存在するが、その主義主張は違う。


とくに相いれないのは一神教と多神教であろう。


これは、神数という、数があるかどうかも定かでない存在を定量化した結果起こった矛盾。




と・・・思うのは一般的な論であるし、間違いはない。



しかし、一神教も多神教もお互いに矛盾させる要素はない。


ただ、一神教は、一人の神だけを信仰しようと言い。


多神教は他の神も大事にしようと、本当はそう言っているだけのことなのだ。




事実、一神教のなかにおいてさえ、人間には想像もつかない頂上的な力を使う存在が居る。


そう、キリスト教でいえば、天使や悪魔だ。


一神教では彼らを神と呼ばないだけで、その力、超常性を鑑みれば、彼らが神と呼ぶにふさわしい存在であることは明らかだ。


なぜなら、多神教において、神とは人に及びもつかない力を持つもの―という意味しか持たないのだから。


サタニストが存在することがそもそもの証拠だ。彼らは、キリスト教の世界にいながら、キリスト教内の他の神を信仰しているにすぎない。


そこにいかなる、信仰の方法があろうとも。



一方、多神教においても。唯一絶対無二の存在は必ず存在する。



そう、創世主だ。



多神教においても、世界を構築した神は、一人であることが多い。


原初の始まりは 1


この概念は、一神教が神とあがめるそれに望まれることだ。




ならば、この世の神の構造とは何か?


神域とは何か?


とりあえず言えることは事実は一つ。


神と呼べる力を持つ者は多くいるが


世界を創造した神は、たった一人しかおらず。


それを制作者と呼びならわすならば、


その他の神は、世界の管理者であると言う事だ。




この世界の神は、二種類いる。制作者と管理者。



製作者の名を概念的に表すならば、


世界に存在という概念を与えた主ということになる。



だから彼は、「我はある」=ヤハウェと名乗ったに違いない。

ジョーカー様のブログにクルクルキャラ登場

JORKER様(teamStem)の小説ブログにて


ようこそ!向日葵探偵社へ!が掲載中。


その最新話に


KuRU/KuRU


に登場したキャラの面々が!



どうも、ありがとうございます!リーダー!


ぺこりぺこり


と言うわけで、JORKER様のブログ


Playing Cardsは、こちら→go!


口コミ 字が上手くなりたい?絵がうまくなりたい?

ブログネタ:字が上手くなりたい? 絵が上手くなりたい? 参加中
本文はここから

どうせなら、絵がうまくなりたいです。

このブログの小説のイラストはN,T氏が書いてくれていますが

絵の才能が絶望的にない新塵碕行には、大変ありがたい話であります。

総合案内版(CP版)でちょこちょこ動いてるあいつシンジン君も、
実はN,T氏デザインのもの

大変お世話になっていますが

僕としては、自分に絵の才能があれば、自分で書いてみたいなぁという願望もあるんですよね。

まぁ、自分の作品ですから、ないわきゃないんです。


なんでも努力して見るたちの人間なんで、がんばれば何らかの成果が得られるのではないかと・・・まぁ、期待はしているのですが(いや、それはどうかな)

そもそも、今は絵がうまくなるよりも、たくさんしなきゃいけないことがあって、なかなか時間を割くことが出来ない。

小説書きは、もはや、この数年間続けてきたライフワークのようなものなので手放せないし・・・(おそらく、この趣味が無くなると、他のことの調子も死滅する)

落ち着いた時間ができたら、やってみてもいいかもしれない。

いまは、とりあえず、めまぐるしい時期。

いや、そもそもめまぐるしくない時期なんてあっただろうか?

・・・・

ないなぁ。どの時期も、それなりに一生懸命打ち込んでいたものがあったから、それなりに忙しかったとは思うし・・・

でも、趣味が広げられたのは時間は自分で作るものとして、無理に時間を作ってきたからだったけど・・・・。

う~ん、なぜ、今はそれが出来ないのだろうか?

まだ、探せば時間のほころびはあるかもしれないけれど、どう考えたって、今でも結構24時間をフルに使っている。

勉強と、空手と、小説書きと、チームとブログ。

これに、絵を描くという作業が追加できるだろうか?

一度、一週間体験的に実施して見ようか・・・無理が続くようなら、やめようと思います。