小説 愛食家な彼女 3
俺はちょっといらだたしげに、扉を開けた。
少し乱暴な音がしたかもしれない、その音に合わせて犯人・・・じゃないな、被疑者と目される男がびくっと体を震わせる。
ついでに、容疑者っていうのはマスコミ用語。
犯罪の嫌疑をかけられたものは起訴されるまでは被疑者と呼ばれて、起訴されれば被告人と呼ばれる。
いわば、容疑者とは一般大衆向けの俗語なのだ。
・・・ぽくないよなぁ。
容疑者というのがうんぬんもそうだが、なんというか、目の前の人間が犯人くさくない。
むしろ、被害者って感じがぷんぷん・・・なんていうと、警部に殴られるな。
あの人、人間不信だから。
「こんにちは、今回の事情聴取を担当させてもらいます」
「は、はぁ・・・」
びくびくとおびえながらも、一応、うなずいてくる。
思ったより。こっちの物腰が低いのでびっくりしてるんだろうか?
けど、正直バンバン机たたいたり、明かり充てたりして被疑者脅すのはあり得ないよ。
古風な藤本刑事ですら、それはしない。
あ、でも警部はするな。あの人、人間不信だから。
って、そろそろ警部が現場から帰ってきそうだから、妄想はここまでにしとこう。
ついつい、口から洩れてしまいそうだ。
「汐芳樹(うしお よしき)さんで間違いないですか?」
「ええ」
「お手数ですが、もう一度ご自分のお名前、年齢、性別と生年月日、住所、電話番号を教えていただきますか?」
「あ、あの、こういうのって、知り合いとかにちくれたりするんでしょうか?」
「ちくるって・・・・」
なんだ、それ?小学校の嫌な奴じゃないか。大丈夫、こっちから宣伝しなくても、ご近所には君はもう有名人だよ。
かわいそうだけど、お手手に手錠が一回でもかかると、有名人になれるのさ。
別に、人を笑わせる必要もないし、偉大なことをする必要も、五輪に出ることも、ドラマや、映画に出る必要もないよ。
人が有名になるには、犯罪を犯すだけでいい。
「警察はそんなことしないよ。」
「そうですか。」
(それはマスコミの仕事ね)
と、口元まで出かかってしまった。あやういあやうい。そりゃいくらなんでも心傷ついちゃうよ。
「名前は、汐芳樹。性別は男。18歳です。誕生日は8月14日。住所は京都府の・・・・」
18歳か・・・あれ?受験生って奴?こういうのって内申に響くよなぁ。彼が仮に濡れ衣だったとしたら本当にかわいそうな話だ。
今年はあきらめた方がいいかもしれない。
何しろ君は、殺人事件の被疑者だ。
「うん、書類上の事は確認しました。間違いないですね。」
「はい。」
「で、何してたの?あんな所で」
受験ストレスでトチ狂ったの?
「学校途中でふけて、そのまま塾の自習室を利用しようとしてあそこを通りかかっただけです。」
「ナイフ持って?」
「護身用です。最近、あのあたりの公園危ない奴らが出るっていうし」
そりゃ、お前のことだろうよ。どう考えても。
危ない奴に刃物ぐらいで自分が守れるかよ。走って足を鍛えろ、さわやかに。マラソンは最大の護身術だ。
「ナイフって刃物だよ?当然銃刀法違反。わかるよな?持って歩いてちゃいけないの、ご免だけど、これ犯罪だよ、マジもんで。」
「でも、刑事さん!俺何もやってません!本当です!」
「あのさ、現場から、血のついた君のナイフでてるんだけど」
「でも、僕はやってないんです!」
「誰かが、君のナイフで刺して、それを君返したっていうの?」
「そうです!」
まじかよ・・・もうチョイましな話はないのかよ。
ごめんだけど、今までの君への同情一瞬で消えたわ。
まぁでも一応聞いてやるか。
「で、どこにやったの?被害者の体の一部」
被害者は、見事にナイフで、肉片を切り取られており、その肉片はいまだ発見されていない。
はっきり言って、昼間に起こった事件とは思えないほど猟奇的だ。
遺体切断とかじゃないからな。
わざわざ、肉片だけ切り取ったってところは、もはや隠そうとかそんな理由で切り取ったんじゃないってことだ。
死体で遊んだってこと・・・・本当に最悪。
気持ち悪い。ああ、もういいよ。起訴しよう、こいつ。
「あいつが」
「んあ?」
あいつ?何?第三者登場?新キャラ登場で急転動地?
いい加減にしろよ、こいつ。
「あいつが喰ったんですっ!」
小説 愛食家な彼女 2
そう言った刑事ものが幻想であると、知ったのは小学生くらいだし、中学生になると一度の駐輪違反で、くどくど説教を垂れられた日には、自分のなかの警察の株は大暴落した。
正直、鬱陶しい存在に変わった。
その時、運転免許証を持っていなかったこともあり、助かったが。運転手の友達がスピード違反で捕まった時の警察の態度にいらっときた時もあった。
つか・・・・5キロオーバーって、車の運転上、少し足の負荷を変えただけでなるだろう?それをわざわざ注意しますか?
な~んてね。
まぁ、そんなこんなで、警察に対してあまり良いメージを持っていないのが高柳だ。
実際にはスピード違反だって、駐輪だってその当時のお巡りさんが、それなりに気を働かしてくれているには違いないと、分かってはいるのだが、それでも、何か嫌な感じがぬぐい去れないのだ。
ただでさえ、国家不審の世の中だ。
誰もがこの国を愛していながらも、誰もがこの国の政府を信用していない。
政治家や官僚の自業自得だとは思うが、実際公僕になってみると、この刑事という職業もそう言ったところがある。
でだ。
そんな高柳啓司刑事と『けいじ』となまえについているのに、わざわざ、また同じ音の表記を後ろにくっつけられるようになったのにはそれなりに理由がある。
当然、魔がさした・・・というのは否めない。
けれども、それ以上の事がある。
それは、二年前の春のことだった。
猟奇殺人事件と言えば、去年なった少年事件についての記憶の方が人々には大きいかもしれない。
高柳は、それにも確かにムカついたが、彼が実際に巻き込まれた事件は、その前の年で起こっていた。
もう、最悪としか呼べない。
被害者は自分の両親だ。
バラバラに散らかされた。
ご丁寧に、犯人が『体液を残していった』ことには腹が立つと言うよりも気持ち悪さで吐き気がした。
こういうのがありふれている。
報道の上で引っかかるのはほんの一部だ、こんなことは本当にありふれている。
そう実感し、そう知った。
世の中こんなのばっかり。
最近のNEWS暗い話題ばっかりだわ?
まさか!あんなのは少ない方だ。あんなのはごくごく一部だ。
そう知って以来。
あの匂いが忘れられない。
あの惨状の匂いが忘れられない。
両親の血の匂いと、そこから嗅いだ犯人の体液の匂い。
こびりついて・・・離れない。
この世の中に、小説の様な私立探偵なんて存在しない。
そもそも、やつらに操作する権利すら法律は保証しない。
実際に、とち狂ったやつを捕まえるのは、いつだって警察だ。
だから警察に入った。
その未解決事件を追うために・・・・だったのだけど。
自分が入って3カ月で、あっさり解決してしまった。
簡単に犯人を捕まえてしまった。
正直唖然。
犯人もしょうもない奴だったし、動機もしょうもない。
まるで、自分の両親まで、しょうもなかったように・・・・。
そう思った瞬間、犯人をぼこぼこにぶん殴ってしまった。
初めての始末書。
で、今までで、そう言ったことを、その後も続け、これで4件目。
いささか、憂鬱になるのも、疲れるのも当然だと思っている。
「で、事情聴取、いくの?いかないの?」
「いきますよ、藤本先輩。付き合ってもらえます?」
「お使いできないガキじゃないんだから、さっさと行きなさいよルーキー」
「はいはい」
あ・・・、今日は朝帰りだこの人。
やっぱ美人だし、彼氏いんだなぁ・・・・・。
「なに?」
「なんでもありませんよ。先輩」
といって、さっさと、事情聴取に向かう。
ああ、もう、また一つ憂鬱だ。
そんな、淡い事を考えていた。