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DADA ~KuRU/kurU RE; SS~ Episode1  #38

 

    ◆ ◆

 

 事件より一ヶ月後

 

 

あの事件から一ヶ月が経ち、カミロ・グラシアは未だ日本でひっそりと隠れ潜む様にして暮らしていた。

拾った命、しかし、彼は何もかもが上手くいかなかった。

日本という環境に馴れなかったわけではない。頭が悪いわけでもない。外国人として差別を受けたわけでもない。足手纏いの弟はもういない。

 

だと言うのに。

 

何一つーただ、何一つ上手くいかなかったのである。

 

カミロはそれが何故かもわからずに、職を転々とし、時に元の悪に戻ろうともするが、やはり上手くはいかなかった。

 

結局、またもとのさや。麻薬取引のグループに自分を売り込んだが―やはり、上手くいかなかった。

 

何をやっても、どれをどうしても上手くいかない。

成功体験が無い人間にやる気などという活力は宿らない。

 

彼は日に日に、生きた屍の様に無気力な日々を過ごす様になった。

 

そうして―。

 

ついに、家賃が払えず住処にしていた所を追われた時、彼は緊急避難的に漫画喫茶に泊まる事になった。

 

唯の気まぐれだった、頭のいい彼は既に日本語を読む事にも馴れてきた頃合いだった。

だからだろう、何となく暇つぶしにその漫画を手にしてしまったのだ。

 

『鉄人28号』

 

だらだらと、それを読み始めた。

 

―30分後

 

カミロは大粒の涙を流していた。

「おい、あの外人、漫画読んで泣いてるよ」

「え?鉄人28号?そんな大泣きするシーンあったか?」

「なんか、きもいな」

周りの日本語は気にならなかった。

ただ、ただ、この痛みはカミロにしかわからない。

 

―良いも悪いもリモコン次第

 

(ああ、ペドロ、ペドロ!お前はオレの鉄人だったんだ!オレの最強のパートナーだったんだ!カルテルに入ったのも全部あいつの性にしたが、そもそもあいつに暴力を急かして暴れる様に命令していたのはオレだ!優しいあいつはリモコン通りに動いてくれていただけだ。本当は、オレがもう少しましだったら、あいつと一緒にもっと真っ当な人生もおくれたはずなのに!ずっと、一緒にいてずっと支えてくれていたのは俺じゃない!あいつだ!依存していたのは俺の方だったんだ!)

 

そう思うと涙が次から次へと溢れてきて止まらなかった。

 

それからというもの、彼は漫画に嵌った。

その日は、漫画の展開に本気で泣き、本気で笑い、本気で怒り、外国人の百面相が見れると、いろんな日本人がルームに覗きにきても気にせず彼は漫画に没頭した。

 

 

DADA ~KuRU/kurU RE; SS~ Episode1  #37

 

 Ex. Epilogue

 

爆発の瞬間

弟は兄をかばった。

自分を見捨てた兄を彼はかばった。

其の巨体で兄をドームの様に覆い

爆風から、爆炎から

その身を楯にして兄の命を守った。

彼には、兄への感謝と謝罪の念しかなかった。

明らかに出来の悪い自分を、親も学校の教師も誰も彼もが見捨てた彼を

今日の今日まで兄は守ってくれた。

それと同時に、兄に迷惑をかけ続けた。

血が足りず薄れゆく意識の中で、彼には其の二つの想いだけしか無かった。

足らない頭でもわかる。

たった一人の家族だった。

兄が自分を本当はどう思おうと変わらない感情。

世間的には家族愛だったと思う。

馬鹿げた話かもしれない。

何人も殺して、いくつもの悪事に加担した生き物である自分は

兄以外の全ての人間から『バケモノ』と呼ばれていたのに

こんな人間的な感情が彼にあるなんて事が、きっと被害者からすれば悪い冗談だろう。

しかし、彼とて別に昔から壊したくて壊したのではない。潰したくて潰したのではない。

ただ、不器用過ぎて、力が強過ぎて、馬鹿過ぎて、悪気が無くても壊してしまうだけ。

本当は壊したくなかった。潰したくなかった。

両親は彼をなじった、教師は彼を悪だと断じた。世間は彼を疎外した。

 

ただ―ただ、兄だけが彼を誉めた。

 

「おぉ!おまえすげーじゃん!そんな事できんのかよ!」

 

兄だけが彼を認めた。

 

嬉しかった。

 

だから、彼は努めて破壊した、潰した、壊した。そして、殺した。

 

彼に取ってきっと兄は唯一の遊び相手で、

兄のする命令は純朴な彼からすればそれがどれだけ悪い事であっても

きっと楽しい遊びの提案だったに違いない。

 

そんな、兄が今まさに死に瀕しようとしちている。

 

足りない血は、動かないはずの足は

 

何故か生まれてから最も軽く動いた。

 

「おい!ペドロ!なにしてやがる!」

 

叫ぶ兄に、弟は

 

「ごめんね、兄ちゃん、ごめんね」

 

と繰り返し呟いた。

 

今までごめんなさいと―繰り返し繰り返し呟いた。

 

空が白んで、焼けた摩天楼の上で焦げた背中は、もう動かない。

 

それでも彼は、兄を守りきった。

 

DADA ~KuRU/kurU RE; SS~ Episode1  #36

 

    ◆ ◆

 

事件翌日ー

 

春うららかにその坂にはサクラが舞っていた。

 

いくつかの上り坂を上りきり角を曲がると、その桜並木が現れる。

ゆったりと上り、大きく弧を描いたその道の先、女はボロボロスーツ破れたスカートで早歩きに坂を上る女の姿があった。

坂の中腹にくると視界の先、花びらの向こうにその家は現れる。

赤い煉瓦に素焼きの屋根。

童話の様に/静謐に小さな家が建っていた。

蔓に抱かれ、森(木々)を羽織った一軒家。

花屋や喫茶店(カフェ)の面持ちで樫の扉が出迎える。

呼び鈴(インターホン)などないこの扉には、代わりに真鍮製の金具が付いていた。

女はドアノッカーをガンガンガンガンとやや荒々しく乱暴にならした。

すると、樫の扉は一人で開き出す。

彼女は靴を脱ぐ事無しに廊下まで無遠慮に進む。

だが、靴は問題ない。この家はもとより西洋式の家だ。

家の中は外より更に童話的。白壁に板張りの床、小さな小物や調度品が至る所に並べられ、雑然としていそうで妙な統一感。これも一種の少女趣味なのだろうか?室内灯(ランプ)から漏れ出た明かりが柔らかく当たりを照らしてゆらゆらとした明暗を作り出している。

女は1階の扉を開くとそこにはダイニングが広がっていた。

観葉植物や花、小さな小物と共に大きな本棚が出迎える。

そこでのゆったりとした時間を刻む様に柱時計がガコン、ガコンと、脈打つが侵入者は其の雰囲気を壊す様に一直線に其の先の大きな黒檀の机まで来てダンっと大きくその机を叩いた。

その黒檀の机の前でゆったりとその身を休める少女の黒髪がわずかに揺れた。

少女は齢13歳と言ったところか。漆の様な黒髪に、光の無い瞳。白磁の器の様な肌に桃花褐(ももそめ)の唇。漂う芳香りは紫陽花の様。どれを取ってもどこか上の空の出来事―そういった現実感の無さでそこにいた。

少女こそが、この家の家主でありこの霧宮探偵事務所の長である。

他者から予言者と語られ、自ら演算機と称する幻想的な少女だった。

「あら、お早いお帰りね。別に東京見物を楽しんでからでも良かったのよ?あら?目が血走っているわ?どうしたの?」

白々しい言葉が少女の唇から漏れた。

「聞いてないわよ!」

「何を?」

「私があんたから受けた依頼はコーサ・メディカルに忍び込んでその内情を調べ、秋葉原で取引されるブツを奪うこと」

「あら、そんな事は無いわ。秋葉原で品の受け渡しがある場合、其の品が何であれ取得する事。奪うなんて野蛮だわ。元からそれは誰のものでもないもの。」

と、少女は紅茶を一口ふくむ。

「そんなことを言ってるんじゃないわ!あんなイカレタ場所だって事を聞いてないっていってるのよ!あんな危険な仕事だってこともね」

「私から情報をねだるときは有料よ?」

「仕事内容に関わる事でも!?」

「ええ、もちろん。さて、取得したものの提示をお願いしようかしら」

女は、自分の怒りをさらりとかわす少女に、せめてもの反抗にそれを机に乱暴に投げつけた。

「昔風に言うとデータチップ。SDカードね。バカみたいに厚いプロテクトで中身はわからなかったけど」

「そう…」

と、彼女は目を伏せた。クッキーをひとつまみそのままかじる。

「で、それはどこにあったのかしら?」

「そんな事、あんたには全部わかってることでしょう!」

と、女は少女の食べているクッキーを箱から鷲掴みにして口の中に放り込む。

「いいから、お願い。」

「例のフィギュアの土台の底の方が少し外れる様になってたから開いてみたのよ。其の中にビニールでくるまれた状態で入っていたわ。人形の方はデブにくれてやったわよ。」

「ご苦労様」

「あんた、私がさらわれる事も、銃撃の雨に見舞われる事も全てわかっていたわよね。」

「ええ、もっと言えばあなたがこうして生きて帰ってくるのもわかっているわ」

「なら、忠告の一つもいえばいいでしょう!?やたら内容のワリに報酬が良すぎると思ったわよ!」

「報酬は適正額だわ。それに忠告?」

とひとつ、ふたつ思案した後で。

「たいした怪我も無く生きて帰ってくる事がわかっているのに?」

と、本気でわからないと言った症状をした。

其の可愛らしくも、理不尽なと言わんばかりの表情は―女が、この少女には何を言っても無駄だと悟らせるのに十分だった。

「ああ、そういえば、コレは忠告ではないのだけれど。今回の事で一つー梅宮課長が本日未明自殺されたそうよ。今日の新聞にあったわ。多分、失敗したから捨てられたのね、彼女。」

「あら、そう」

「あと、『本物の古沢美加子』は、今日結婚されて米塚美加子となるそうです。第二の人生はほどほどに不幸でほどほどに幸せになる『予定』よ。」

「どうでもいいわよ」

と、少女はまた紅茶を一口含み、嚥下する。

「では、今回の報酬はいつも通り口座に振り込んでおくわ。ところで、あなたはいつまで『古沢美加子』の皮を被っているの?『演劇家(プレイヤー)』とはいえ、熱が入り過ぎじゃないかしら?」

そう言われて、彼女は首もと皮膚をぐいと『引きちぎり』まるでミッションインポッシブルのワンシーンの要にその面の皮をはぎ取ると、底にはショートカットの別の女の顔が現れた。

女は、すぐさま眼鏡をかける。

「木原みどりさん」

そう名前で呼ばれて女は、ようやく本当の意味で冷静になれた。今まではハリウッドに出てきそうな古沢美加子という役に熱が入りすぎて変装を解いてない事にすら気がつかなかったが、こうして外側をとれば少しだけ気分はすっきりする。

「霧宮社長」

と、先ほどより若々しい声が女から漏れた。

「あら、なにかしら木原社員」

「結局今回のそのデータなんだったんですか?」

「きっと、あなたは信じないわよ。それでも聞く?」

「ええ」

と木原みどりは短く答えた。

「あなたも聞いたことよ。これは『宇宙人の技術』よ。」

「馬鹿にして!帰ります!」

と結局木原みどりになっても女は、ぷんすか怒って出て行ってしまった。

「冗談では、ないのだけれどね…」

と少女はその『宇宙人の技術の詰まったそ世界の在り方すら壊すデータ』を愛おしそうに撫でた。

 

 

女は帰り道ふと自分が汗だくのまま風呂にも入っていない事に気づく。

今は早く家に帰って風呂に入りたい。

 

「それにしても、まったく『ひどい一夜』だったわ。」