小説 愛食家な彼女 21
「ねぇ、沙江」
「何?けいじ君…読めない漢字でもあった?」
図書館で二人で過ごすのにも慣れたある日…今まで本なんて読まなかった俺がシェイクシピアの作品を数冊読み終えてたわいもない疑問を抱いていた…。
「違うよ。シェイクスピアってさ。いろいろ書いてるけど、大体のところで恋とか愛とかそういうのは言ってるじゃん?」
「ロマンスの時代の人だもん。」
「じゃぁさ。恋と愛の違いって何さ。ロミオとジュリエットのが恋?リア王は愛?ベニスの商人は・・・あれは単なる ざまぁみろ ってやつかな?」
自分でも、ませた質問だとは思った。そもそも、大事な人、好きな人、愛してる人・・・・そういったことがわからなかった当時の自分が、そういった疑問を持つこと自体がおれのささやかな変化そのものだったのかもしれない。
また、―ただ単純に「 あなたに愛を教えてあげる」と・・・・そういった彼女が、今のところ、何の回答も出すことはなく・・・ただこうやってしゃべりあっている関係に、進展を求めただけかもしれない。
答えを―はやく・・・・と。
「それとも異性の他人同士だから恋で、家族になっちゃえば愛?それとも恋いがいのその他は全部・・・愛?」
「ちょっと・・・違うかなぁ・・・」
そう言って、彼女は図書館の本―今は動物をテーマにした写真集―にもう一度目を落した。
「俺だって同じところくらいはわかるよ。相手を大事に思ってるってことでしょ?でも、みんな恋と愛は違うっていう―そこら辺がわからない。辞書で調べても恋も愛も似たようなことを書いてるし―まぁ、学校の先生に聞くわけにもいかないしさ」
「多分、ひとそれぞれ何だろうけど・・・・」
そう言って、彼女は本を閉じた。
眩しいほどの笑顔を僕に見せ、嬉しそうな瞳で見つめてくる。
なんだよ・・・なんか、こそばゆい。
「多分、血はつながってても恋はあると思うよ。それが同性でも。もしかしたら、人じゃなくてもあるかもしれない。
あと、よく―恋は愛に変わった―なんて文脈があるけど、それもどうかな?
私は、恋と愛は共存できると思う。両方いっぺんにもてると思うよ。
だから、家族になってもきっと恋はあると思う。」
「じゃぁ、紗江はどう思うの?」
「そうだねぇ・・・・」
彼女は、少し目を閉じて胸に手を当てて思案すると―考えがまとまったのか―少しばかり目を開けてぽつぽつと語りだした。
「恋は『近づきたい、よりそいたい、心の中をその人で満たしたい』って思うことで、愛は『包みたい、守りたい、心でその人の盾になりたい』ってことかなぁ。
恋はいつだって能動的で、すごく努力が必要なことだと思うけど、
愛はすごく受動的で、それが当たり前なんじゃないかな?」
「よく分かんないよ、紗江。むつかしい。」
「じゃぁ、難しいついでに、私は『恋も愛も自動的』だとおもう。」
「なにそれ?」
「気がついたら、恋をしてて、気がついたら、愛してる。始まりの瞬間は自分じゃ決められないってこと。」
「ふぅん・・・・」
言ってる意味はわからなかった。けど、紗江の言ってることはきっと確信に近い部分なんだと思う。―それは、彼女にとっての、には違いないけど。
でも、なんというか・・・その時は、本当によくわからないけど。
紗江の言葉にイライラした。
愛や、恋をそういうものだと言い切ってしまう彼女は、愛とか恋とかそういうのを誰に―
「紗江ってさ、恋したことあんの?」
それは、すごくぶっきらぼうな口調だったと思う。
たぶん、僕のその様子に紗江はびっくりしただろう。
でも、彼女は数瞬の・・・沈黙のうち呟いた。
「うん・・・・」
「誰?」
えらそうな口調だったと思う。
「けいじ君」
その言葉に、いらいらとか、そんなもの瞬間的に蒸発して、頭の中は真っ白で、実感するほど、顔が熱くなっていた。
