少なくなったと思っていた余震が

最近また増えたかな?と思えます。


たまに気仙沼の実家に帰ることがあります。昼間のうちに行って

夜に戻るんですが・・・・・・・



夜の45号線(三陸沿岸の主要道路)がメチャクチャ怖い!

何が怖いって、津波が怖い。


実際には来ていないんだけど


「今、津波が来たらどうしよう」なんて考えちゃいます。

道路自体はおかげさまで立派になってきたし、電気が来ている地区では外灯も点くし

普通に走る分では問題ありません。

でも、海に面した道路を通るときはかなり焦ってしまいます



昼間の明るいうちなら海が見えるし、逃げる場所も探せるけど

夜の非点灯地域は真っ暗なので安心できない・・・



「一回来たから大丈夫。」


「そう簡単に来ることはない。」


なんて考えは全く持てなくなった。


津波が来たのを見ていた私がこんな思いをするのだから

実際に津波に追われた人や水に入った人たちなんかは

もっと怖い思いを張り巡らせているのではと思います。


被災地の今を伝えようと始めたこのブログも

最近は問題点を挙げてばかりな様な気がします。

konyさんのブログにも上がってましたが

平成の森から医師団の方が撤退してしまいました。

なんで撤退してしまったのか。


震災からまだ3ヶ月も経っていません。落ち着いたといっても

災害当時から比べての事、最低限の生活をするにはまだまだ不安がたくさんあります。

それなのにこの判断・・・・・・・


何を基準に必要ないと判断したのか全く理解できない。

お医者さんが撤退した日にも体調を悪くした方が病院に搬送されました。

次の日には避難所の近所の人がお医者さんから薬をもらおうと訪ねてきました。

先生たちには苦労を掛けてしまうけど

近くに居ると居ないとじゃ生活していく上で安心感が違います。

歌津地区から離れた場所に地元の病院を開いているらしいけど

車がない人や年配の方はどうするの?

今回のような判断をするか方たちはもう少し考えてほしい。

震災前と今ではまるで違う世界に居るってことを。


改めまして

平成の森及び各避難所に来ていただいていた医師団の方々には

大変良くしていただきありがとうございました。

この場を借りてお礼を申し上げます。

ホントありがとうございました。




でも、また来てください。






仮設住宅の抽選が終わり、入居できる状態になっている場所もあります。

でも大半の人はその申し出を断っているのが現状と聞きました。



今、仮設住宅に入居できたとして生活に必要な物資はどこから調達するのか?

以前のブログでも書きましたが、

買い物に行けるお店がこの近辺にはありません。

買える店があっても歩いては到底無理な距離だし

生活支援金の補助もまだ耳に入ってこない状態。



地区ごとの入居を進めていると話を聞けば、抽選順なのであり得ない、とか。

どのような経緯で行っているのか……。



間違いなくこのままでは

過去の大震災後に起きた被災者への人災である


コミニティー不足による「孤独死」

生活苦などによる「自殺」

と言った最悪の結果に至ってはしまうのではないかと

不安にさせることだらけ。


多分まだまだ問題は出てくるはず。


ここでの情報が入り次第このブログを通して伝えていくつもりです。