よくわかる♪映画評を備忘録に、転載させていただきます←週刊MDS
華氏911
FAHRENHEIT 11/9
「僕らは今、闘わないといけない」と訴えるムーア監督
(公式サイトhttps://gaga.ne.jp/kashi119/)
【シネマ観客席/華氏119/マイケル・ムーア監督 2018年 米国 128分】
マイケル・ムーア監督の最新作『華氏119』が公開中だ。日本での宣伝コピーからは「トランプ叩きの風刺コメディ」であるかのような印象を受けるが、実は違う。トランプを生み出したもの、すなわち労働者や貧困層を切り捨てた米国の政治システムを徹底的に糾弾する内容になっている。要するに、日本にもあてはまる話なのだ。
◎トランプ当選はなぜ
政治経験ゼロのタレント実業家。差別発言を連発するレイシスト――そんなトランプの大統領選立候補を主要メディアはまともに取り合わなかった。テレビ局は視聴率稼ぎのネタとして歓迎し、暴言をたれ流し続けた。
そうした中、ムーア監督は「トランプ勝利」の危険性を指摘し続けた。大量解雇問題を扱ったデビュー作の『ロジャー&ミー』以来、米国労働者の現状を撮り続けてきた彼は知っていた。政治に見放された人びとの絶望感をトランプが掠め取る可能性が高いことを。そして現実はそのとおりになった。
産業空洞化で荒廃したラストベルト(さび付いた工業地帯)。トランプはそこで精力的に演説し、失業と貧困化にあえぐ人びとに「忘れられたあなたたちを私が救う」と約束した。一方、民主党のヒラリー・クリントン候補はラストべルトに来なかった。労働者が民主党に裏切られた思いを抱くのは当然だ。
かくしてトランプは相手の地盤を切り崩すことに成功した。トランプの勝利は民主党の自滅でもあるのだ。映画は象徴的な事例として、ムーア監督の故郷、ミシガン州フリントの悲劇に着目する。
大手IT企業の重役から転身したスナイダー州知事(共和党)は水道事業の民営化を強行。利益を上げるために水源を近くの汚い川に変更し、安物の水道管を使った。案の定、水質汚染(鉛の混入)が発生。住民は深刻な健康被害を訴えたが、当局は検査データを改ざんし「問題ない」と言い張った。
嘆いた住民はオバマ大統領に助けを求めた。彼なら町を救ってくれると信じて。だが、フリントにやってきたオバマが行ったのは「安全宣言」のパフォーマンスだった。水道水を飲んで見せたのだが、実はコップに口をつけけただけ。住民の心は完全に民主党から離れた。
◎これは日本の話か
民主党の政策が共和党と大差のないものになって久しい。ヒラリーがウォール街から巨額の献金を受けていたように、今やどちらもグローバル資本や富裕層の利益を代弁する政党である。
そんな民主党にも変化のチャンスはあった。民主主義的社会主義者のバーニー・サンダースが「公立大学の授業料無償化」「最低賃金時給15ドル」「国民皆保険の実現」などの公約を掲げ、予備選で大旋風を巻き起こしていたのである。しかし、民主党執行部はサンダースを排除した(そのからくりは映画で)。
サンダース支持者は民主党に愛想をつかし、大統領選挙そのものに背を向けた(どこかの国の首都の知事選挙で同じ光景を見たような…)。大統領選挙の投票率は史上最低レベルの55%。約1億人が投票しなかった。その結果、全有権者の4分の1にあたる票しか得ていないトランプが当選した。まさに、してしまったのである。
労働者・市民の要求をすくい上げる政党の不在、民意をねじ曲げる選挙制度、データの改ざん・捏造による情報隠蔽、真実を伝えないマスメディア――トランプを大統領に押し上げた米国社会の問題点は、「安倍一強」を許している日本にもそのままあてはまる。映画を観ている間、「これは日本の話じゃないか」と何度も思わされた。
「独裁者が成功するのは、民衆がうんざりし、あきらめた時だけだ」「民が黙れば民主主義は消える」。ムーア監督が言いたいのは、ここだ。黙っていたら権利は奪われる。民衆が政府を支配しなければ、政府によって支配されてしまうのである。
◎民主主義は参加だ
映画タイトルの『華氏119』は、トランプ当選が確定した2016年11月9日に由来する。元ネタはレイ・ブラッドベリの小説『華氏451度』。読書や本の所持が禁じられた思想統制社会を描いた古典SFだ(華氏451度は紙が燃え始める温度)。自由が燃え尽きる危機をムーア監督は感じているのである。
だから、「救い」を欲しがる観客をあえて突き放す。得意の「笑い」も本作品は控え目だ。「観客が誤って希望を持ってしまうような作品にはしたくないと思ったんだ。もはや家で座ったまま、物事がよくなっていくことを期待しているだけの時間はないと思っているよ」と。
映画は動き始めた人びとの姿を映し出す。サンダースの政策を受け継ぎ、中間選挙に臨んだ民主党の改革者たち。アレクサンドリア・オカシオ=コルテスはプエルトリコ系の28歳。彼女はニューヨーク州の民主党予備選挙で党の重鎮を打ち負かした。乱射事件で17人の犠牲者を出したバークランドの高校生たちは銃規制の強化を求めて立ち上がった。彼らが企画した「我らの命のための行進」には全米で100万人が参加した。
いま必要なのは、こうした変革の行動だ。「民主主義は観戦スポーツとは違う。立ち上がり、自ら参加しなければならない」(ムーア監督)。映画に込められた渾身のメッセージに応えたい。
(O)
(週刊MDS1551号より)