悠仁殿下 20歳のお誕生日おめでとうございます!
これからもますますのご活躍を祈りします!
さあ、これをファンクラブ風に声を揃えて言ってみましょう。せーのっ!

宮内庁が書いた「この1年の御活動から」抜粋します。
「9月9日には、同じく成年式をお済ませにつき昭和天皇山陵をご参拝、また、悠仁親王殿下のお考えにより大正天皇山陵、貞明皇后山陵並びに香淳皇后山陵をご参拝になりました」
殿下のお考えによって大正天皇陵・貞明皇后山陵・香淳皇后山陵を参拝。殿下は「祭祀」というものに対して確固たる意志をお持ちであるとお見受けします。
つまり「慣例だから行う」のではなく「先祖」を大事にしていくというご意思です。
「本年2月26日から27日まで京都府をお訪ねになり、26日には、親王殿下のお考えで明治天皇山陵、昭憲皇太后山陵をご参拝、引き続き皇室の香華院である泉涌寺を訪問されて霊明殿でご焼香、隣接する孝明天皇山陵、英照皇太后山陵をご参拝になりました。翌27日には、この機会を利用されて、京都市内の能装束の織元で機織りの様子をご覧になり、実際に織機を操作されるとともに、霞会館京都支所をお訪ねになり、雅楽や蹴鞠などの伝統文化について、演奏を聞かれ、体験をされました。
本年2月28日には、赤坂東邸において茶会が催され、秋篠宮皇嗣同妃両殿下とご一緒に出席されました。この茶会をもって、成年式に関連する儀式、行事はすべて執り行われたことになります。
悠仁親王殿下は一連の行事を終えられ、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいという思いを新たにされたようです。
京都ではこれまた孝明天皇山陵、英照皇后山陵。明治天皇山陵と昭憲皇太后山陵を参拝して泉涌寺でも焼香。明治天皇から全て参拝して「成年」をご報告。素晴らしく孝行される姿は皇族の鏡です。
「本年5月には、天皇皇后両陛下が催された国賓フィリピン共和国大統領フェルディナンド・ロムアルデス・マルコス・ジュニア閣下及びルイーズ・アラネタ・マルコス大統領令夫人をお迎えしての宮中晩餐に初めてご陪席になりました」
ここで今上にご紹介頂けなかったので、佳子様が代わりに紹介された事件。ひどかったですね。
「宮中祭祀についても同様に、ご学業に差し支えのない範囲でご参列になっており、昨年9月の秋季皇霊祭の儀、秋季神殿祭の儀を最初に、新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀、暁の儀)、元始祭の儀、昭和天皇祭皇霊殿の儀、春季皇霊祭の儀、春季神殿祭の儀、神武天皇祭皇霊殿の儀において、それぞれ幄舎に参列され、庭上にて拝礼されました」
「学業に差し支えない範囲」とはいいながら、新嘗祭(夕の儀、暁の儀」元始祭等。これが帝王学というものでしょう。
特に暁の儀なんて今上は「お慎み」だし。
そして陛下にご挨拶。
週刊誌の記事はほっときなさいませ。
全部姫のスライドだから。そういえば女一宮はついにこういう、教授と話しているような画像がなかったですね。
そりゃそうでしょう。勉強してないしね。
勉強が出来ないからどうのこうのって話ではないのです。
「学問」を続ける事が大事なのです。殿下は「トンボ」オタクとして、一生トンボの生態を研究されるでしょう。
陛下に遠慮する事なく、学会のみなさん。「名誉総裁」にぜひ!
だけど、忘れてはいけません。
殿下にとって一番大事なのは「結婚」することです。
20歳になったのですから、お見合いをどんどんして未来のお妃を決めねば。
両殿下は「結婚は互いの意思」と思って居るでしょうけど、Z世代はそうではないのです。
「付き合うのは面倒なので親が決めてくれたら」これです。
どんなに見た目がよくても「〇年間は子供いらない」などという女性はダメです。
全てが皇后陛下と真逆の人でなければ。
今上の結婚は国民にトラウマを残しました。
どんな誹謗中傷にも「おーっほほほ」と笑ってやりすごせる縦ロールで目が大きなアントワネット様みたいな感じの女性がよろしいですわ。
「文句があるなら秋篠宮邸にいらっしゃい」と言える人。
そして悠仁殿下の研究をささえ、礼儀正しい方を。
そういえばエディンバラ公爵家の「ウェセックス伯爵ジェームズ殿下」が農業大学へ進学したとか。
夏休みはチャールズ国王のビオトープでバイトしてたというし、絶対に悠仁親王と仲良しになれると思うんです。
いつか天皇になる時は研究三昧はできなくなります。
青春は思い切り・・・でも結婚も。
秋篠宮家は危機感を持ってお妃を探して頂きたい。
大卒がいいとは限りませんよ。学歴より性格と礼儀。
20年前の今日、「親王誕生」に思わず泣いてしまった私を思い出します。
小さかった親王殿下が今やすっかりイケメン王子。
どうぞ、日本をお守りください。









