以下、五来重『鬼むかし』(角川選書、1991)から引用です。

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「桃太郎」の鬼ヶ島渡り

一 「ニラの国」へ行った桃太郎

p.216
地獄へ行った桃太郎に似た昔話は南の方の沖永良部島にもあって、『沖永良部島昔話』(岩倉市郎氏)では桃太郎は「ニラの島」へ行ったとある。
  桃太郎は或る日ニラの島(龍宮に相当する)へ行つた。行つたら或る家に一人の爺さんが泣いてゐて、島の人は皆鬼に喰はれて自分一人残つたと云ふ。爺さんの側に一つの羽釜があつて、その釜の裏に鬼の島へ行く道筋が書いてある。桃太郎はそれを見て鬼の島へ行く事になつた。
  遠い/\或る野原の真中に真[ママ]石があり、その石を取退けると下に通づる穴があつて、一本の太縄がぶら下がつてゐる。その根に摑まつて下りると鬼の島である。桃太郎は鬼の島へ降りて、鬼を皆殺しにした。たゞ一人の老人鬼丈[だけ]命を助け、その代り鬼の宝物をすつかり出させ、それを持ち帰つて二親に孝行したといふ。

p.217
「桃太郎」の昔話のメインテーマはむしろこの鬼ヶ島への去来であって、この世界へ行って帰ることのできる者は、異常誕生による咒力を持った者でなければならないし、鎮魂の咒物である団子を必要とする。


二 地獄へ行った桃太郎
p.218
 『沖永良部島昔話』の「ニラの島」が鬼ヶ島であるということは、鬼ヶ島をかんがえる上で貴重な事例である。[略]「ニラの島」の地下世界が鬼ヶ島であるといったのは、海洋他界のニライカナイは、宝の島という楽土と、地下世界の地獄が、同居しているという観念を的確にあらわしている。


p.219〜220
桃太郎が鬼退治(といっても鬼をだます)をする場所を地獄とする昔話を見てみよう。これは『日本昔話名彙』「桃太郎」の例話と、『昔話研究』(第一巻3号)の「桃の子太郎」とはほぼおなじである。発端は母親の拾った桃を寝床におくと、自然に割れて生まれたのが桃の子太郎で、父母の留守番をしているときに、柿の木で鳴いた烏が、地獄の鬼からの手紙を持ってくる。
  手紙には、鬼が日本一の黍団子を持つて来てくれと書いてある。桃の子太郎は父母に頼み、黍団子を拵へて貰ひ、地獄に行く。門を叩くと鬼どもが出て来て、黍団子一つ御尤もといふ。一つづつやると、鬼はそれを食ひ、酔つて寝る。その間に桃の子太郎は地獄のお姫さまを車に乗せて逃げる。鬼が目を醒して火車に乗つて追ひかけるが、もう海の上に行つてゐるので、火車では叶はない。桃の子太郎はお姫さまをつれ帰る。この事がお上に聞え、金を貰ひ、長者になつて楽々栄える。
とある。
 これもかなり変形しているが、犬・猿・雉のお伴が出ないのは、かえって古い形といえよう。黍団子というのは、死者の霊供に3つもしくは6つの粢[しとぎ]団子をつかうので、霊鬼の好物とされ、わざわざ地獄からの注文があったと語られたものである。この場合の鬼は仏教に説くような地獄の獄卒の牛頭[ごず]鬼、馬頭[めず]鬼ではなくて、祖霊としての霊鬼であろう。したがって桃太郎の鬼はどこにも残忍な話はなくて、簡単に征伐されて、待ってましたとばかり宝物を渡してしまうのである。これは祖霊が勇気ある子孫へ恩寵を与えることをしめしたもので、海洋他界の常世なりニライカナイならいが「ミロクの世」に転化すれば、世直しの宝物を宝船にのせてもたらすのと同じことである。



四 「桃太郎」の主題と話因、話素

p.223〜224
琉球の海洋他界はニライカナイからニラヤ、ニルヤ、ミールクと訛ったが、これは「根[に]の国」または「根霊[にらい]の国」がもとであろう。ミールクは五島列島福江島でミミラクとよばれたらしく、『万葉集』(巻16・3869)では美彌良久[みみらく]と書かれ、今の三井楽[みいらく]町がこれにあたる。ここは都では平安時代から島とおもわれていて、「みみらくの島」として歌によまれた。すなわち祖霊の島だったのである。
 『蜻蛉日記』(上巻、康保元年)には、母を亡くした道綱の母が、
  僧ども念仏のひまに物語をするを聞けば、「このなくなりぬる人の、あらは[(現)]に見ゆるところなむある。さて近くよれば消えうせぬなり。遠うては見ゆなり」「いづれの国とかや」「みみらくの島となむいふなる」など口々語るを聞くに、いと知らまほしう悲しうおぼえて、かくぞ言はるる。
    ありとだに よそにても見む 名にし負はば 
        われに聞かせよ みみらくの島
  と言ふを、兄なる人聞きて、それも泣く泣く、
    いづことか 音にのみ聞く みみらくの
        島がくれにし 人をたづねむ
と書いたように、死者の霊のとどまる島がミミラクであった。



五 川上の異郷と桃の神秘性

p.228
川は山と海をつなぐ役割をはたすものとして意味をもつ。桃太郎も山岳他界から来て海洋他界へ渡るのである。

p.229
 桃にはいろいろの意味があるけれども、これが川の上流からドンブリコドンブリコと流れてきたというのは、上流の山中に異郷が存在することを暗示する。いわゆる隠れ里であり、桃源郷である。『今昔物語』(巻26第8話)にも、飛騨の山奥に滝をくぐり抜けて行ける異郷のあったことを記している。また、素戔嗚[すさのお]神話の「肥{ノ}河[(簸川)]上なる鳥髪[とりがみ]の地」というのも、ひとつの隠れ里である。この神話では、異郷と現世をつなぐものは、河上から流れてきた箸であった。「桃太郎」の桃は山中の異郷、他界から流れてきたもので、桃太郎は他界からの「まれびと」の意味があったものとおもう。それゆえに、また山岳他界へ帰ってゆくのが普通であるのに、昔話では海洋他界へ渡ってゆく。