以下、『西鶴諸国ばなし』(『井原西鶴集②』=『新編 日本古典文学全集 67』、宗政五十緒 /松田修 /暉峻康隆:校注・訳、小学館、1996年)より。
(いちぶ漢数字を算用数字に改めました。)
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p.19
世間[せけん]の広き事、国々を見めぐりて、はなしの種をもとめぬ。
1熊野[くまの]の奥には、湯の中にひれふる魚[うを]あり。2筑前[ちくぜん]の国には、ひとつをさし荷[にな]ひの大蕪[おおかぶら]あり。3豊後[ぶんご]の大竹は手桶となり、4若狭[わかさ]の国に弐百余歳の白比丘尼[しろびくに]の住めり。5近江[おうみ]の国堅田[かただ]に、七尺五寸の大女房[おほにようばう]もあり。6丹波[たんば]に一丈二尺の乾鮭[からさけ]の宮[みや]あり。7松前[まつまへ]に百間[けん]つきの荒和布[あらめ]あり。8阿波[あは]の鳴門[なると]に竜女[りゆうによ]の9かけ硯[すずり]あり。10加賀[かが]の白山[しらやま]にえんま王[わう]の巾着もあり。11信濃[しなの]の寝覚[ねざめ]の床[とこ]に浦島[うらしま]が12火[ひ]うち筥[ばこ]あり。13鎌倉に頼朝[よりとも]の小遣帳[こづかひちやう]あり。14都[みやこ]の嵯峨[さが]に、四十一まで大振袖[おほふりそで]の女あり。
これをおもふに、人はばけもの、世にない物はなし。
p.19〜20
頭注
1 和歌山県東牟婁[ひがしむろ]郡本宮町にある川湯温泉では、湯の中を鮎など小魚が泳いでいる。
2 福岡県怡土[いと](糸島郡)では大蕪を産出(筑前国続風土記三十)。
3 大分県日田地方の漢竹にはそのまま手桶になる大きさのものがある。
4 福井県小浜市の熊野山に祀られる白比丘尼は人魚を食べて800歳生きたという伝説がある(西北紀行下 貝原益軒)。
5 滋賀県大津市堅田のおよねという女は身長が7尺2、3寸(約2.2㍍)あり大力。貞享頃見世物に出る(『用捨箱』下など)。
6 京都府綾部市の九鬼魂神社に合祀された杵宮の神体についての一説か。1丈2尺は約3㍍60㌢。
7 北海道産の昆布のことか。ただし百間(約180㍍)の長大なものは記録未見。荒布は長いもので4、5尺、日本では主として西南地方の海に産し、鳴門もその産地。
❖ 以上の6条は大なる物、長なる物の列挙である。
8 鳴門は竜宮城の東門に当たるという(太平記十八)。
9 掛子[かけご]のある箱(外箱の縁に掛子を掛けて、盆様の蓋がはまるような作り)で、掛子に筆・墨、中に紙・帳簿など、下部に金[かね]や銭[ぜに]がはいるようになっている。[略]
10 石川県の白山[はくさん]には地獄谷・血の池地獄などがある。
11 長野県の木曽街道、寝覚の床臨川寺には浦島の遺品の硯箱・釣竿が伝わる。この谷川で彼が釣をした伝説がある(和漢三才図会六十八)。
12 火打石・ほくちのほか、小銭なども入れる。
13 鶴岡八幡宮の別当家は頼朝の日記を蔵する(一話一言三)。
❖以上の4条は小銀[こがね]に関係したもの。
14 京都の西郊。愛宕山参詣者を泊める宿屋の客引き女が、年をとっても娘の姿をしていることをいう。
❖人間が化物である一つの姿を、浮世草子好色物風の筆致で、滑稽に述べる。