アイヌ民族に伝わる昔話に、有名な「さるかに合戦」に似たお話がありました。

 

以下、『アイヌの昔話』(稲田浩二:編、ちくま学芸文庫、2005年、244〜245頁)より引用です。

 

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53 海魔の来襲(原題・火神恋物語)

 海魔コシンプッキの6人の兄弟の末の弟が、あるとき私(火神)に恋いこがれて、神々に仲だちを頼んで、たびたび嫁にくるよう申しこんできた。けれど私はそしらぬ顔をして、ほったらかしていた。

 ところがある暗い暗い闇の夜、コシンプッキはいてもたってもおられなくなったとみえて、私をめがけて押しかけ、沖からこの村へ上陸しようとした。私はいち早くそれと気づき、さっそく身をやつし、みすぼらしいなりになった。
 私は仲間の面々に訴え、助けを乞うた。そしてまず、たのもしい栗男を炉の中に隠し、針男を炉端に座らせ、蟹男を水飲み樽の中に隠し、臼男を梁[はり]に上げた。それから私は家の外に出て、身をひそめていた。
 やがてま夜中になった。するとコシンプッキがやってきて、家に入る前に垣から1本の茅[かや]を抜いた。それからその茅を炉の中にさし入れ、灯[あか]りをともして家の中を隅から隅まで見まわした。しかしいくら目をこらしても、めざす私が見つからない。
 コシンプッキはがっかりして、炉端であぐらをかこうとすると、炉の中の栗男がとび出して、コシンプッキの頬をしたたかぶちのめした。
「ややっ、いたいっ!」と、あわてて起きあがろうとして尻餅をついた。すると炉端にひそんだ針男がいきなりコシンプッキの尻を刺した。
「いたいっ、こりゃなんだ」、コシンプッキはとうとう這って水飲み樽までたどりついた。
それから焼かれたところを水にひたそうとすると、そこに待ちかまえた蟹男が、ビシーッと腕をはさんだ。
「いたいっ、いたいっ」、コシンプッキが裏戸を蹴破って外へ出ようとすると、針の上の臼男がコシンプッキの上にびっしゃり落ちかかり、つぶしてしまった。コシンプッキは「キャッ」と叫んで息が絶えた。
 私はそのいきさつを、家の守護神に語りきかせた。

原話語り手 不詳――渡島・山越郡長万部町
出典 『アイヌ童話(吉田巌伝記資料)』75ページ

〔解説〕この物語は、カムイユーカラ(神謡)とウエペケレ(散文物語)の両方にわたって、アイヌ族に人気がある。日本民族で有名な「猿蟹合戦」(IT522A)や「雀の仇討ち」(IT525)などは、核心となるモチーフがひとしい。この物語の主役は、「猿蟹合戦」などと同じく、栗、蜂、杵、臼、針などで、彼らは家のあちこちに身をひそめていて、やってきた悪者をみんなで攻撃し撃退する。これに類似したモチーフは、インドのサンスクリット古典『パンチャタントラ』1・20「鷺と蛇と蟹と黄鼠[ナクラ]」にも認められ、人類最古の物語モチーフの1つといえるだろう。