以下、『江談抄』(『新日本文学体系 32』、岩波書店、1997年)より。

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p.84~85
(33)公忠[きんただ]の弁たちまちに頓滅するも蘇生し、にはかに参内する事
 公忠の弁にはかに頓滅し、両三日を歴[へ]て蘇生す。家中に告げて云はく、「我を参内[さんだい]せしめよ」と。家人信[う]けず、もつて狂言と為すも、事はなはだ懇切なるに依り、相扶けられて参内す。滝口の戸の方より参り、事の由を申す。延喜の聖主驚き躁[さわ]いで謁せしめ給ふ。奏して云はく、「初め頓滅の剋[とき]、覚えずして冥官[みやうくわん]に至る。門前に一[ひと]りの人有り。長[たけ]は一丈余り、紫の袍[はう]を衣[き]て、金[こがね]の書札[しよさつ]を捧げ、訴へて云はく、『延喜の主[あるじ]の所為、尤も安からず』といへり。堂上に朱と紫を紆[まと]へる者三十ばかりの輩[ともがら]有り。その 第二座の者咲[わら]ひて云はく、『延喜の帝[みかど]はすこぶる荒涼[くわるりやう]なり。もしくは改元有るか』と云々。事了[をは]りて夢のごとく、たちまちに蘇生す」と。よりてたちまちに延長と改元すと云々。
 [略]