登照と笛吹き | 日本音楽の伝説

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一条天皇や藤原道長が活躍したころ、京都に登照(とうしょう)というお坊さんがいました。
『今昔物語集』には、登照と笛吹きの不思議な説話があります。


『今昔物語集』二十四巻 第二十一話

今は昔、登照(とうしょう)という僧侶がおりました。
人相を見、声を聞いただけで、寿命が判る霊覚者で、処世の術を教え、将来の出世の有無を教えていたそうです。
あまりによく当たるため大人気で、一条橋の近くにある登照のお寺は、多くの人で賑わっていました。

春のころ、雨が降る夜のことです。

登照の住むお寺の前の大路を、笛を吹きながら通り過ぎる者がいました。登照は、笛の音を聞きつけると、弟子の僧を呼びました。

「この笛を吹いている者は、寿命が残り少ないように聴こえるのじゃ。

笛吹きに知らせてやりたいのじゃが…」と、申されました。

しかし、雨の中を笛の音は、どんどん遠ざかってしまい、弟子の僧はついに追いつくことができませんでした。

翌日、雨が上がり、夕暮れ時になりました。

すると、昨夜のように、笛吹きが、また笛を吹きながら帰ってきたのです。登照は、その笛の音を聴きながら、「この笛の音は、昨夜の者であると思うが、不思議なことじゃ」と、呟きました。

弟子は、「私も昨夜の笛吹きだと思いますが、何か不思議な点でもございますでしょうか?」と、聞き返しました。

登照は、「あの笛吹きを呼んで来てくれまいか」と申されました。

弟子は走って笛吹きを連れてきました。

その笛吹きは、若い男でした。

「そなたをお呼び申し上げたのは、他でもない。

昨夜、笛を吹きながら通り過ぎてゆかれた時、笛の音に、寿命が終わってしまう相が、顕れておりましたのじゃ。

そのことをお知らせしようと思ったのじゃが、雨が降っていた上に、どんどん通り過ぎてしまわれたため、お知らせできず、心配しておったのじゃ。
ところが、今日になって、そなたの笛の音を聴くと、寿命が延びておられる。一体、昨夜は、どのような勤行をなされたのじゃ?」

と、登照は尋ねました。

笛吹きが説明するには、「昨夜は、特に勤行をしたわけではありませんが、川崎寺で普賢菩薩の講に参加しておりました。

声明の付け吹きとして、笛を一晩中吹いていたのです・・・」


登照は、これを聞くと、「おおっ、それは普賢講の笛を吹いたため、普賢菩薩の功徳によって、そなたの業(ごう)が滅して寿命が延びたのじゃ」と言うと、涙ながらにその男を拝んだのでした。

※普賢菩薩は、釈迦如来の脇仏ですが、密教には、長寿を祈願する「普賢延命法」という修法があります。

※他にも、登照が朱雀門の前の人々に死相が出ているのを観て、朱雀門が倒れるのを預言した話があります。