琴とシャーマニズム(あずさ弓と和琴、ダビデの琴) | 日本音楽の伝説

日本音楽の伝説

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わが国の神道では、あずさ弓という梓の木でできた弓を鳴らし、邪気邪霊を祓う神法が使われて来ました。東北地方では、現在でも、シャーマンの降霊術に、あずさ弓が使われているようです。

(Carmen Blacker著『あずさ弓-日本におけるシャーマン的行為』より)

 

あずさ弓に使う梓の木は、古来、北アルプスの梓川周辺で採れるものが、皇室に献上されていました。飛騨の位山の櫟(いちい)の木で、笏を作っていたのに似ています。

 

日本神話によると、弓と和琴にはおもしろい関係があります。

わが国の御神楽は、スサノオの尊が暴れて、天照大御神が岩戸に隠れてしまった時、再びお出まし頂くために、天之宇受売尊(あめのうずめのみこと)が奉納した舞が起源とされていますが、この岩戸開きの時、金鵄命(かなとびのみこと)と長白羽命(ながしらはのみこと)が、天香弓を六張り並べ、羽根で叩きました。この故事が、和琴のルーツといわれています。

 
『古事類苑』楽舞部 「和琴」の項
 
太古天鈿命ノ歌舞ヲ天窟ノ前ニ奏スルヤ、金鵄命、長白羽命、天香弓六張ヲ並ベ、弦ヲ叩テ音ヲ調フ、時ニ金色ノ霊鵄アリ、来テ弓ハズ(「ハズ」は弓偏に旁は「肖」の正字)ニ止マル。
後人桐ヲ斫リテ之ヲ製ス、体ハ箏ニ似テ首ハ鵄ノ尾ノ如シ、故ニ又鵄ノ尾琴と云フ
 
この和琴のルーツとなった琴は、わが国独自のもので、先端が鳥の尾っぽのような形をしており、「鳶尾琴」「天之鳥琴」とも呼ばれています。
 
「金鵄命」の弓には、金色のトビ(金色ノ霊鵄)が飛来したとありますが、その後、初代神武天皇の弓の上端にも飛来し、大和盆地の平定を導きました。現在でも日本建国の象徴として、勲章などのデザインに使われています。
古代の琴が、「鳶尾琴」「天之鳥琴」とも呼ばれるのは、この金色のトビに関係しているためと思われます。おそらくこの物語には、ハヤブサに化身するエジプトのホルス神の神話が影響しているのでしょう。金鵄命は、別名を天日鷲之命ともいい、阿波の忌部氏の祖神です。(忌部氏には、天太玉命を祖とする流れもある)忌部氏は、その名からもシャーマンの一族だったことがわかります。
 
また、「長白羽命」は、白い衣服、麻の神です。『古事記』には、日本武尊は亡くなった後、魂が白鳥になって天上界に帰った物語がありますが、おそらく神主の装束は、白鳥を模したものなのでしょう。
 
古来より、弓を使って邪霊を払う「鳴弦」(めいげん)の神事は有名で、『源氏物語』や『平家物語』、源義家が弓を鳴らして、物の怪から幼い堀河天皇を守った説話などに登場します。
 
『源氏物語』を題材にした能楽の『葵上』では、あずさ弓を使って退魔調伏の祈祷を行う、照日という巫女が登場します。このような弓を用いる祈祷を行う巫女を「梓巫女」(あずさみこ)と呼びます。梓巫女は、あずさ弓を鳴らしながら、呪文を唱え、生霊や死霊を呼び出して、お告げや呪術を行います。
 
また、第二次世界大戦以前は、「弓神楽」という弓の弦を打ちながら、祈願文を読むという祈祷方法が、日本各地で行われていたそうです。
 
興味深いことに、『旧約聖書』のサムエル記にも、邪霊に悩むサウル王のために、ダビデが竪琴を弾くと、邪霊が離れていく物語があります。また、ギリシャ神話のアポロンは、竪琴を弾く音楽の神ですが、一方で医療や神託の神でもあります。洋の東西を問わず、古代社会では、琴を使うシャーマンは、よく知られた存在だったようです。
古代社会では、音楽とシャーマニズムと病気直しが結びついていたため、音楽の神であるアポロンが医療の神でもあったのでしょう。

 

『旧約聖書』(サムエル記)第16章より要約

 

ヤーべの神がサウル王から離れてしまうと、サウル王は邪霊に悩むようになりました。

 

部下たちが言うには、

「神が仕向けた邪霊が、王を苦しめているのです。

竪琴を上手く弾く者を捜しましょう。

邪霊が王を悩ませる時に、竪琴を弾けば、きっと良くなるでしょう」

 

サウル王は、家来たちに命じました。

「竪琴を上手く弾く者を捜して、私の元に連れてきてくれ」

 

その時、ひとりの若者が言いました。

「ベツレヘムのエッサイの子のダビデは、竪琴が上手く、勇敢な戦士です。しかも弁舌に秀でた麗しい人です。

ヤーべの神は、今は、ダビデと共におられます」

 

サウル王は、使者を遣わしました。

「そのダビデとやらを、私の元によこしなさい」

 

ダビデは、サウル王の元に来て仕えました。

そして、邪霊がサウル王を悩ます時、ダビデが竪琴を弾くと、サウル王は気分が良くなり、邪霊は彼から離れていったのです。

 

シャガールの絵画「ダビデ王と竪琴」