思いますに、各々の人が進むべき道というのは、本人の意思ももちろんありますが、時空を超えた様々なご縁、過去からの因縁(前世からの因縁、ご祖先からの因縁)などにもよるのだと思います。仏教で言えば因果と呼ぶところですかね。
目に見えない世界のことを供養する。なぜか供養することになる。どうしてかわからないがそういう状況になる。
その方法も各々の人により、ひとつとは限らない。皆さん、見ているもの、見えていることが違います。
私は今その思いを強くしています。
在家の修行はほんとうに大変です。出家とは、前提となる生活そのものが全く異なる為、修行の内容を、出家僧と比較することそのものが成り立ちません。僭越ですが、出家と在家とで優劣はないというのが私の意見です。
次回に続きます。
