過日、中古CD市をやっていたので、「これ以上CDを増やしてどうする?」と思いながらも、懲りずに行ってきました。


戦利品をいくつか


モーツァルト  ピアノ協奏曲第14番、第20番

マイラ・ヘス(Pf)
ワルター&ニューヨーク・フィル

1954年と1956年の録音。


ヘスは私はあまり聴きませんが、このワルターとの共演盤は今でも他のヒストリカルのマイナー・レーベルからは販売されているようですね。

個人的にはこのAS Disc盤が懐かしくて。

かれこれ30年近く前にイタリアに登場したレーベルで、フルトヴェングラーやトスカニーニ、ワルター、クーセヴィツキー、カンテッリ、ミトロプーロス、ブッシュなど、多くの巨匠の恐らくはエアチェックや板起こしの録音をたくさん発売していました。

まだイタリアの著作権法が緩い頃だったので、色々とお世話になりました(^^)



お次は、写真がないのですが、ディスク・ルフラン・レーベルによるシューリヒトの録音集。

・メンデルスゾーン 「イタリア」
・モーツァルト  ヴァイオリン協奏曲第5番(Vn…ミルシテイン)
・ストラヴィンスキー 「火の鳥」
・モーツァルト 「ハフナー・セレナード」

ヴァイオリン協奏曲のみスイス・イタリア語放送管、その他はシュトゥットガルト放送響。


「火の鳥」は映像も正規で出ていますし、ヴァイオリン協奏曲も他レーベルから登場しています。

シュトゥットガルト放送響との録音に関しては、ヘンスラーやアルヒフォンといったレーベルが放送局や今は亡きマルタ夫人のオーソライズを得て、大量に発売されてきましたが、「イタリア」と「ハフナー・セレナード」に関しては、正規では未だに登場していません。

私自身は他のレーベルから発売されたものは所有していましたが、ディスク・ルフラン盤の音質はどの程度かと、2枚組で700円だし、まぁいいかと購入。



音質という意味では


・ブラームス 交響曲第1番
・ベートーヴェン 交響曲第1番

アンチェル&チェコ・フィル


往年の巨匠の中でも、ドイツ系の巨匠とは全く異なるブラームスを聴かせてくれるアンチェル。

国内盤と比較して、この本家スプラフォン盤、しかもゴールドCDとのことで、どれくらい音質が変わるものかと、購入しました。

今回は他のものも含めて3000円以内に収めたので、我ながらよく我慢したと思います(苦笑)。

今日は文化の日。

晴れの特異日らしく、よく晴れ渡っています(^-^)


さて、久しぶりにギレリスを聴きました


なんのことはない、購入していてまだ聴いてなかったBOXです(^-^;)

昔から名盤として知られ、かつ早すぎる死により全曲の録音が完成しなかったベートーヴェンのピアノ・ソナタを筆頭に、ヨッフム&ベルリン・フィルの手厚いサポートを得たブラームスのピアノ協奏曲など、未だに名盤としての高い地位を保持してる録音を含め、彼がDGに残した録音を全て含んでいます。

またソビエトのメロディアによるギレリスの若き日のモノラル録音も含まれ、メトネルのピアノ・ソナタなんか、聴いててまことに痛快であります。

ギレリスがアメリカデビューを華々しく飾ったときに、共演したオーマンディが彼を絶賛すると、「ソビエトにはリヒテルというのがいますから、待ってください」と応えたという有名なエピソードがあります。

ギレリスの謙虚な人柄とともに、いかにリヒテルがスゴいピアニストであったか、そして年齢もほぼ変わらない二人の大物ピアニストを生み出したロシアのピアニズムの恐ろしさを感じさせます。

DGの録音は、大半がカタログから落ちることのない録音ばかりなので、既に手元にある方は多いかと思います(特にピアニストや教育者の方は)。

しかし、モノラル時代のものは、けっこう廃盤の憂き目に遭ってることもありましたので、それを一まとめにしてくれたという点では、有りがたいBOXかも知れません。


それにしても、彼の早すぎる死により、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲録音が完成しなかったのは、改めて「ハンマークラヴィーア」などを聴いてみて、残念に思う次第です。

今日はちょっと音楽の話から離れます。



日経新聞の日曜日の朝刊に、言語学者の井上史雄という人が、方言に関するコラムを連載しています。

最近は地方議会の議事録や会議録などを基に、敬語の使い方や動詞の語尾の変化の地域ごとの違いなどを論じられているのですが…


氏はご存知なのかしら?


議事録や会議録が、一言一句正確に記載されているわけではないことを。


例えば、議員の発言があまりに方言丸出しでちょっと意味が通じないような場合には、議会の事務局の方でより分かりやすく(より標準語に近く)記録し直しています。


また今でこそICレコーダーや少し前ならテープレコーダーがありましたが、それとて昭和の後半、ましてお金のない町村議会レベルでは、ほぼ書記の記憶によって議事録に再現されることが普通でした。

なので、はっきり言って、議事録は議論の内容を知るのには使えても、方言の研究の材料にはかなり不正確なものであること。


うーん、こんなコラムを毎週日曜日の朝刊に垂れ流しているけど、このまま恥を晒し続けるのも気の毒だし、誰か指摘してあげなくていいなのかなぁ?と余計なお節介ですね。

ただ、やはり議会の議事録を材料に使う際に、そういう事情について把握していないこの学者に落ち度があると言わざるを得ないですね。