ミスターSこと、スクロヴァチェフスキ死去。

ついこの間まで元気そうだったのになぁ。


R.I.P.

久しぶりに九響の定期に行ってきました。

前回の定期が昨年だったので、「久しぶり」と感じたのかも知れません。


プログラムは下記の通りスコットランドをテーマにしたもの



今回はアフィニスの支援を受けて予算に余裕があったのか(笑)、スコットランド幻想曲のハープ・ソロに、わざわざN響の早川さんを招いてました。

指揮者は初めての方でした。
特段、個性的なタイプとは見受けられませんでしたが、手堅くまとめるというタイプ。


「フィンガルの洞窟」は、オープニングということもあり、やや安全運転気味かなという印象を受けました。

この曲には、フルトヴェングラー&ベルリン・フィルの1930年の録音という、超絶にすごい演奏が残されており、これを前にしては他のどの指揮者の演奏を聴いても満足できないので、どうしても私の中でのハードルが上がります。

(ウソだと思うかた、是非試しに聴いてみて下さい。1930年の古いSP録音などということは、聴きはじめてすぐにどうでもいいくらい気にならなくるほど、スゴい演奏です)。


スコットランド幻想曲は、生ではなかなか聴くことができない作品です(少なくとも福岡では)。
ヴァイオリンをソロにしたブルッフの作品なら、g-mollの協奏曲のほうが圧倒的に有名だし、人気がありますものね~

曲としてのまとまりという点でも、いささか弱いという感じがします。
(むしろスコットランドの様々な側面を一つの曲に盛り込んだと解するべきなのかも)


そしてメンデルスゾーンの「スコットランド」交響曲。

この曲の演奏としては比較的珍しく、ちゃんとリピートがなされていました。

メンデルスゾーンという作曲家はやはり天才なんだなぁと感じたのは、メロディが親しみやすいというのももちろんなんですが、片や「イタリア」のような外にエネルギーを放射するような作品を書いたと思えば、この曲のように内で燃焼するような、個人的にはシベリウスに感じる、そういう作品も書けてしまうところです。

そういうところを、九響は余すところなく表現していました。
さらに指揮者の要求以上に、自発的に進んでいこうとする姿勢が、指揮者の棒とそこから出てくる音との差に感じました。

また第2楽章の管楽器のアンサンブルはほんとうに素晴らしいです。
大袈裟ではなく、九響が録音したマーラーの第9交響曲のライナーノーツにも書かれているんですが、日本のオーケストラでもこれだけ充実した木管セクションを備えているのは珍しいと思います。
(これは地元の身びいき抜きに、ほんとうにそう思います)

またホルンの鳴らせかたは、ナチュラルホルンの響きを意識してるのかな?と、なかなか効果的でした。


そして万雷の拍手のうちに終わったあと、定期では珍しくアンコール。

曲目はこの交響曲の第2楽章。

管楽器のみなさま、ほんとうにお疲れさまでした(苦笑)


次回の定期は4月に音楽監督の小泉さんの指揮で、ヴェーバーの「オイリアンテ」序曲、ラフマニノフの「パガニーニ・ラプソディ」、そしてシュトラウスの「ツァラトゥストラ」とのことです♪

久しぶりにクレンペラーが指揮した「ドン・ジョヴァンニ」を聴きました。

フルトヴェングラーの録音などとともに、重厚系の解釈による録音として知られるのが、1966年の有名なEMIへのフィルハーモニア管との録音


歌手も当時の有名どころがズラリと並んでいて、それだけでも聴く価値があります。
80歳を過ぎたクレンペラーのテンポがグッと落ち始める時期にも当たります。


クレンペラーはこのオペラに若い頃から惹かれていたそうで、プフィッツナーの下でカペルマイスターを務めていたシュトラスブルク(ストラスブール)歌劇場で、1917年に初めて振っています。
当時30歳そこそこ。

その後はケルンやヴィースバーデンの歌劇場、そして1927年には今や伝説となっているベルリンのクロール・オペラ時代にも取り上げてます。

しかしその後はご存知のように、ナチスを逃れアメリカに亡命。
ロサンゼルス・フィルの指揮者になるも、言うまでもなく当時クラシック辺境の西海岸で、オペラなど望むべくもなく、しかも脳腫瘍と躁鬱病でこのポストすらふいにしています。

アメリカに居場所の亡くなったクレンペラーは、戦後ヨーロッパに戻り、偶然にも1947年にウィーン国立歌劇場の「ドン・ジョヴァンニ」に客演で振ります。

その歌手たちがスゴくて、

ドン・ジョヴァンニ…シェフラー
ドンナ・エルヴィーラ…シュヴァルツコップ
ドンナ・アンナ…ヴェリッチュ
ドン・オッターヴィオ…デルモータ
レポレッロ…クンツ
ツェルリーナ…ゼーフリート
マゼット…ペル
騎士長…ヴェーバー


いわゆる「ウィーンのモーツァルト・アンサンブル」です。



もっともクレンペラーがこの頃ヨーロッパでの本拠地にしていたのはウィーンではなく、ブダペストのハンガリー国立歌劇場。

ここでも「ドン・ジョヴァンニ」を取り上げていて、1948年のライブが断片的に録音されています


歌唱は言うまでもなくハンガリー(マジャール)語。

当然クレンペラーとは通訳を介しながらだったでしょうし、脳腫瘍の後遺症で半身麻痺のクレンペラーは、その狷介な性格も加味すれば、ストレスたるや相当なものだったと思います。

そうでなくても、ハンガリーの共産政権とそりがあわず、1950年にはこのポストを捨てます。


その後は、カラヤンの後任としてフィルハーモニア管の指揮者に収まり、大輪の花を咲かせるまで、しばし放浪の時代となります。


その時期にも彼はこのオペラを取り上げていて、幸いその録音が残っています。


1955年のケルン放送響との演奏会形式での録音です。

歌手たちは

ドン・ジョヴァンニ…ロンドン
ドンナ・エルヴィーラ…クニッツ
ドンナ・アンナ…ツァデク
ドン・オッターヴィオ…シモノー
レポレッロ…クッシェ
ツェルリーナ…シュトライヒ
マゼット…ギュンター
騎士長…ヴェーバー


1947年のウィーンでの公演と被るのは、騎士長のルートヴィヒ・ヴェーバーのみ。

でも、とっても魅力的な歌手陣で、ジョージ・ロンドンは、1955年のベーム指揮によるウィーン国立歌劇場再建記念公演でもこの役を歌っています。

特徴的なのは、後年のEMIへのと比べてやはりテンポが速く、それとごろかこの作品にしては珍しくCD2枚で収まっているほど!

さらに特徴的なのは、この時代のドイツ語圏での公演としては珍しく、原語のイタリア語歌唱であること。

ドイツ語圏のオペラでの原語上演は、カラヤンのウィーン国立歌劇場の音楽監督就任を契機としてますから、それに先立つことになります。


またあまりにも有名な逸話として、長らく病気の後遺症で座って指揮をしていたクレンペラーが、突如として立ち上がって指揮をしたのがこの公演。

よほど気合いが入っていたんでしょうね(^^)


このCDはケルン放送の正規の音源によるもので、モノラルながら極めて優秀です。

クレンペラーと言えば、重苦しいほど重厚というイメージの方には、けっこうその印象をひっくり返してくれる代物だと思いますよ♪