GW中に久しぶりにバッハの「マタイ」を聴こうと思い、どのディスクにしようかと迷いました。

あまりバロックは聴かない私ですが、「マタイ」は大好きです。
オペラ的な要素があるからでしょうか?


で、結局選んだのは毎回定番の


ヨッフム&コンセルトヘボウ管による1965年の録音。


ヘフリガーのエヴァンゲリストを筆頭に、ソプラノのギーベル、アルトのヘフゲン、イエスを歌うベリーという錚々たるソリストを揃えた名盤です。


これより前のコンセルトヘボウ管による「マタイ」は、遥か四半世紀前のメンゲルベルクとの歴史的なライブがありますが、あのような徹底的なロマンティシズムに満ちた演奏とは一線を画し、また今日の主流のピリオド派のようなバッハではなく、ヨッフムらしい正攻法なバッハです。

近い時期に録音されたクレンペラー盤とともに、ついつい手が伸びてしまいます。


クレンペラー以上にヨッフム盤が好きなのは、ヨッフムの合唱の扱いの巧みさです。

幼い頃から教会での音楽に親しんできたという背景があるヨッフムは、数多いる指揮者の中でも合唱の扱いがとりわけ上手い指揮者というのが私見です。

そして、古今の巨匠と呼ばれる指揮者の中でも、宗教曲を含めた合唱の作品の録音を特にたくさん残しています。

バッハも、この他に「ヨハネ受難曲」、「クリスマス・オラトリオ」、「ロ短調ミサ曲」を録音してます。

モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」なんかもライブ録音してます。

ハイドンだと「天地創造」や「チェチーリア・ミサ」。

モーツァルトは「レクイエム」、「戴冠ミサ」、「大ミサ曲」、「ヴェスペレ」。

ベートーヴェンは「ミサ・ソレムニス」

ブルックナーの宗教曲の多く。

ブラームスの「ドイツ・レクイエム」。

ヴェルディの「レクイエム」。

プフィッツナーの「ドイツ精神について」。

そしてあまりにも有名な「カルミナ・ブラーナ」を含めたオルフの三部作。


惜しむべきはヘンデルの「メサイア」の録音が未だに登場していないこと。

またフォーレのレクイエムが無いのも残念ですが、まぁ彼の時代のドイツでそもそもフォーレがどれほど受容されていたかすら怪しいところですし、やむを得ません。


メンデルスゾーンの「エリア」なんかもあれば嬉しいんですが、ちょうどヨッフムがキャリアを築き、レパートリーを確立していく時期に当たる30から40歳代の頃が、ナチスの時代だったので、仮にヨッフムが演奏したくてもできないという状況は、容易に想像がつきます。


それでも、これほど大量の合唱の作品の録音を残している巨匠指揮者は、そうはいないと思います。


この「マタイ」の録音も、合唱とオケのバランスを見事に取っています。

ピリオドに慣れた人には、ちょっと古臭く感じるかも知れませんが、反対にメンゲルベルクやフルトヴェングラー、あるいはブルーノ・キッテルやギュンター・ラミンといった歴史的な指揮者の「マタイ」に比べると、霞がとれたというか、手垢の付いてない感じに聞こえてきます。

最近ではこの録音はタワーレコードが復刻して入手しやすくなってますので、興味のあるかたにはお勧めです♪

連休、みなさまはいかがお過ごしでしたか?
私はこの5連休、食品調達のためスーパーに行った以外は、自宅に引きこもり、読書と音楽に耽っていました。

気がついたら、この5日間、誰とも一言も話してない(笑)
人はそれでも生きていけるのだと改めて学びました。

さて…

シューマンの第2番の交響曲が好きな私にとって、ちょっと面白そうなCDが発売されてたので、購入してみました


・ウェーバー 「オイリアンテ」序曲
・ブラームス  二重協奏曲
・シューマン  交響曲第2番


ノリントン&ウィーン・フィル

ブラームスのソリストは、Vnがキュッヒル、Vcがバルトロメイという自前のもの。


2000年6月のライブで、ヤンソンスがキャンセルしたための代役での登場だったとのことです。

ピリオド派の旗手であるノリントンと、保守のなかの保守というべきウィーン・フィルは、それなりに共演してはいますが、かといって両者による録音は、海賊盤を除いてはほとんど無いですよね。


決して相性が悪いとは思わないんですけどね、この両者。
保守的でピリオド的なアプローチにはお世辞にも積極的とは言えないオケですが、そもそも昔ながらの独自の楽器を未だに使っているオケですし、ある意味同根だとも思うんですが(笑)


ブラームスに関しては、ノリントンは伴奏に徹して、あまり無茶なことはやってませんね。

バーンスタインがこのオケと同じ曲を録音する際に、クレーメルとマイスキーというスターソリストを連れてきましたが、個人的にはフルトヴェングラー盤のボスコフスキーとブラベッツというオケ自前のソロのほうが好きです。


そしてシューマン。

第1楽章はまだノリントン節はそこまで聴かれません。

第2楽章の最後に見栄をきるのは、彼がベートーヴェンなんかでやるのと同じような感じ
(ノリントンが苦手な人は、こういうパフォーマンスがあるからでしょうか)

他方で、第3楽章はじっくりと聴かせてくらて、これには良い意味で期待を裏切りた感じです。

そしてノリントン節が炸裂するのは、第4楽章。
細かいテンポに切り替え、それもかなりガクッと落としたりと。
ウィーン・フィルもよく応えていると思います。


なお、よりやりつくしたものを聴きたい方には、4年後の手兵シュトゥットガルト放送響とのライブをお勧めします



それにしても、スコアを見ていてもやっぱり難しい作品だなぁ…

この連休で読んでいるのが、こちら


2012年に英国で出版されて、その筋では話題になったものです。

ちょうど第一次世界大戦100年を前にしたタイミングも狙ったのでしょう。


第一次大戦の経緯よりも、それに至る道程を関係各国から見ていくという感じ。


ただ、やはり専門書なので、バルカン半島の地理やこの時代の基本的な歴史的知識がないと、読むのはキツいと思います。

あとは、特に日本人には馴染みの薄いバルカン半島に関しては、詳細な地図を付するべきだったかも。


それにしても、もう少し訳がこなれたものならばと感じました。

歴史学者が訳すので、プロの翻訳家のようにこなれた日本語になっていないんです。

もちろん、印欧語の表現がそもそも日本語とは全く違うのだから致し方ないんですが、関係代名詞や関係副詞を多用するあちらの言語に合わせた訳をしているので、日本語の文章としてはなんともまどろっこしいです。

私も歴史学を学んだ端くれなので気持ちは分かります。
自分の研究の材料として訳すときには、思いっきり直訳のほうが正確性を期すためには必要です。

しかし、これを一般向けに翻訳本として世に出すなら、ある程度の意訳をしないと、言語明瞭意味不明みたいな感じになります。


そう言えば昔、大学の師匠に「資本論」もマックス・ヴェーバーもヘーゲルもカントも、日本語訳で読むから難しいんだ、原語で読んだらそう難しくないよ、といわれたのは確かにそうだと思いました。

あちらの文法体系に合わせて、プロの翻訳家ではない学者が訳すので、読んでも意味不明なんです。


まぁ、年齢とともに原語で読もうという気力が衰えるのが悲しいところです(^-^;)