よほどのことが無ければ、登場しないであろうと思っていたベームのエレクトローラへの録音を全て纏めた19枚組のBOXが登場しました


時代でいうと、ナチスを嫌い亡命したフリッツ・ブッシュの後任としてハンブルクからドレスデン国立歌劇場の音楽総監督に着任し、さらに1943年から終戦まで務めたウィーン国立歌劇場の総監督(第一次)、そして公職追放を経た1949年までのエレクトローラ(独EMI)への録音です。
年齢でいうと40代から50代にかけての時期です。

国内では、かつてショップの新星堂が自主製作でこのドレスデン時代の録音をCD化したことがあります。

しかし本家EMIからのCD化となると、ブルックナーの没後100年の際に登場したドレスデン国立歌劇場管との第4番と第5番の交響曲(いずれも同曲史上初の録音)、そして戦後のフィルハーモニア管とのワーグナ(ソプラノがフラグスタート、テノールがスヴァンホルムという神のようなメンツ)くらいだと思います。

その他は、本家からはほとんどCD化されていないと思います。

協奏曲の録音では、ソリストが豪華で、エトヴィン・フィッシャー、バックハウス、ギーゼキング、コレッサといったピアニストたち、ヴァイオリンでは若き日のシュナイダーハンが登場します。


あとは、後年には殆ど録音していないイタリア・ヴェリズモ・オペラの作品(もちろん間奏曲とかそういうレベルで、全曲ではありませんが)が残されてます。

ベームのドレスデンでの前任者であるフリッツ・ブッシュは、ヴェルディ・ルネサンスと呼ばれるほど、ヴェルディの蘇演をおこないました。

逆に言うと20世紀の初めのドイツでは、イタリア物はヴェルディすら過去の遺物に追いやられるほど、プッチーニらのヴェリズモが持て囃されていたということです。

「トラヴィアータ」、「リゴレット」、「アイーダ」、「オテロ」といった有名作品がかかる程度。
ましてやヴェルディ以前のベルカントのオペラともなれば、ほとんど上演されてませんでした。

ベームもやはりそういう背景で、こうしたヴェリズモの作品を録音したのかも知れません。


音はまぁ時代並みですし、少なくとも後年日本で崇められるようになった頃のベームとは、やはりまだ出来は違います。


あともう一つ残念なのは、詳細な録音日時や録音場所が、一部を除いては判明しなかったこと。

このBOXシリーズは、そうしたデータも通常は記されてますが、このベームのものに関しては、せいぜい録音年までで、月日までは不明。

恐らくはエレクトローラの録音台帳などは、戦争で失われてしまったのかも知れません…

それはともかくとして、再三にわたり再発される戦後のDGへの録音と対照的に、滅多にCD化されてこなかった壮年期のベームの録音を一纏めに聴けることには、感謝です。

昨日は九響の定期に行ってきました


指揮者は、フランクフルト歌劇場の音楽総監督のヴァイグレ。

バイロイトにも出演した指揮者の九響への登場。

東京では「ばらの騎士」を二期会で振るんですね。


会場の入りは、7割ほど。

確かに日曜日に大分で同じプログラムをやった後の火曜の福岡での定期で、やはりウィークデイど真ん中は、どうしても現役世代には通いにくいですね。

ただ、これほど指揮者が聴けるのは、なかなか無いことですし、かえすがえすも勿体無いなぁと思いました。



プログラムにはバイロイトの主役であるワーグナーと、彼と対立軸に据えられるブラームスの第4交響曲。


冒頭は、「タンホイザー」の序曲と、ヴェーヌスベルクの音楽。
後者は、オーケストラコンサートの実演では、比較的珍しいですね。
(もちろんオペラ全曲ならば聴けるが)。
カラヤンは好んで録音してますね。

九響のホルンの旨さと、チェロの艶やかなこと!
そしてヴェーヌスベルクの音楽のド派手なこと。
こりゃ、当時は賛否両論になったのも頷けます(笑)


「トリスタン」は第1幕への前奏曲。

得てして、なんとも冗漫な演奏、茫洋とした演奏にも出会いますが、フレーズをしっかりと区切り、その中でしっかりと鳴らすべきものは鳴らすという感じでした。

そして、チェロをはじめとする弦楽セクションには、「もっと歌って」と指示を出しており、もちろんこの作品の性格もあるかとは思いますが、どちらかというとガッチリとした構築感を求める傾向が強いドイツの指揮者にしては、珍しいかなと感じました。

しかし、この2曲までは、まだそこまでエンジン全開という雰囲気ではありませんでした。

「リエンツィ」になり、エンジンも稼働。
今では継子扱いされてる作品だけに、それ以後のワーグナー作品とは雰囲気は異なりますが、親しみやすい音楽ですし、派手で演奏映えする作品ですよね。


これを聴いた後、休憩を挟んでのブラームスの第4交響曲を聴くと、本当にこの二人の作曲家のカラーの違いを感じさせられます。


ブラームスは、やはり冒頭のH→Gの3度下降の出来で、かなりその演奏の印象を左右するというのが持論。

そして、私のブログの拙文をご覧頂いているかたは耳タコかも知れませんが、これはもうフルトヴェングラーが、他には真似手のいないくらいに見事な演奏を披露しているので、ちょっと他の指揮者は気の毒。


それはさておき、ヴァイグレのやり方は、Hの音をppから入りスコア通りのpに持っていくというやり方でした。

アゴーギクを多用する指揮者ではなく、インテンポで音楽を進めていきます。
この楽章の最後のティンパニの4つのE音も、多くの指揮者がやるような見栄を切ることもなく、スコア通りのアレグロ・ノン・トロッポで叩かせて締めくくりました。

それでも、再現部の第1主題の箇所は「もっと前に進もう」という指揮ぶりでした。

他方でデュナーミクに関しては、けっこう細かく左手でコントロールしていました。


第2楽章のホルンの旨さも目立ちますが、第1主題を奏でる管楽器を下支えする弦楽セクションのpizz.の繊細さは見事でした。

そして41小節からのチェロの美しい旋律!

ワーグナーではあれほど艶やかな音色を聞かせたのに、ブラームスになるとどこかくすんだそれでいて人懐っこさを感じさせる音色を聞かせてくれます。

チェロという楽器の持つ引き出しの多さを感じさせてくれるとともに、首席の長谷川さん率いるチェロセクションの素晴らしさにBravi !

第3楽章は、アレグロ・ジョコーソとの指示がありますが、九響の演奏ではそれにエネルジーコという指示も加わっているような覇気のある演奏でした。

中間部では、ヴァイグレが一気に音量を落としじっくりと聞かせ、それにより再び戻ってくる主部との対比が活かされてました。


そして、トロンボーンお待ちかね(笑)のフィナーレ楽章。
30分近く舞台上で待たされた挙げ句、首席はパッサカリア主題を吹かされるんだから、第1交響曲といいブラームスは酷なことをします(苦笑)

しかし、そこはさすが首席の高井さん、お見事にクリア。


そして、この交響曲の見せ場の一つ、97小節からのフルートのソロ。
ゆっくりな箇所だし、ヴィルトゥオーゾ的なテクニックが求められるわけではないのでしょうが、如何せんほぼ一人で音楽をやっているような感じなので、奏者にとってはかなりプレッシャーなのでは?
首席の大村さんは、ヴァイグレの解釈に合わせるように、あまり大きな抑揚は付けず、あくまでもパッサカリアの一つの変奏という感じの抑制された吹き方でした。

その後のクラリネットとオーボエの加わる受け渡しなんかは、是非九響を聴いたことが無い方にも聞いて欲しい、九響が日本でも屈指の木管セクションを有するという証左です!

そして再現部とも言える129小節からは、もう鳥肌もの!
どの楽器もフル稼働させられますが、やはりここまで待った甲斐がある(笑)トロンボーンのパワーにやられます。

そして最後の和音も、第1楽章と同じくフェルマータ的に延ばすことなく、スパッと終わらせました。


そして激しい拍手とブラーヴォの声。

いつもは帰りだすお客さんもいますが、昨日はその数も極めて少なく、聴衆の満足度が高かったことが窺えます。

またカーテンコールでは、楽員から指揮者への最大限の敬意が示されるシーンもあり、ヴァイグレと九響の協同作業は大成功だったことが判ります。

終演後に、知り合いの楽員さん何人かとお話しましたが、前の大分公演とも、またプローベとも違ったことを仕掛けてくるので、オケも必死に食らい付いていったとのこと。

うん、その必死さが聴衆にも間違いなく伝わってきましたよ。


こういうクラシックファンなら誰しもが知る名作でしっかりと結果を出してくれる九響に、ファンとしても嬉しくもありますし、是非東京公演とか実現させてあげたいなぁと思います。


次回の定期は9月下旬までお休み。


《おまけ》

不滅の名盤フルトヴェングラー&ベルリン・フィルのブラームスの第4交響曲。


また雨が降りだした福岡。

ご親切な方は、わざわざお見舞いのメッセージをくださいました。
幸い、私のほうは被害もなく過ごしております。

ありがとうございます。



ここのところ、メンデルスゾーンの第3交響曲、いわゆる「スコットランド」交響曲をよく聴いています。

メンデルスゾーンの交響曲は、往年の独墺系の指揮者は正規に録音を残している人が少なく、私の好きな指揮者では、シューリヒトがライブで第4番を残しているくらい。

フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、アーベントロート、クレメンス・クラウス、ベーム、ロスバウト、ヨッフム、カイルベルト、シュミット=イッセルシュテットたちは商業録音を残していないですよね。

辛うじてカラヤンがDGに全曲録音を残していますが、この人はDGによるベルリン・フィルとの録音では、大抵ベルリン・フィルの演奏会の前後に合わせて録音し、その演奏会のエアチェックしたものと思われる海賊盤が大量に流布してます。

しかし、どういうわけかメンデルスゾーンの交響曲に関しては一切存在しないようです。
恐らくは実演の機会も少なかったのでしょう。

私が考えるに、やはり1933年から1945年の期間はナチスによりユダヤ系のメンデルスゾーンの演奏・録音は禁止されていたため、この時期にドイツに留まった上記の指揮者たちは、メンデルスゾーンの指揮が出来なかったため、自然とレパートリーから外れてしまったのかな?と思います。

やはり10年以上の空白は大きいと思います。
ましてやレパートリーを絞りこむ傾向が強い高齢の指揮者が、今さら再度レパートリーに取り込むというのは、かなり難儀な話だとも思います。


そんな中、逆にユダヤ系のクレンペラーなんかは、第3交響曲と第4交響曲について複数の録音を残しています。

彼のメンデルスゾーンの第3交響曲は、全てで3種類、厳密に言うと2.5種類(この奇妙なカウントは後述します)存在します。


まず最初のものは


ウィーン交響楽団との1951年の録音。

1945年に戦争が終わり、アメリカからヨーロッパに戻ったクレンペラーは、メンデルスゾーンの曾孫にあたるジョージ・メンデルスゾーンが創設したVox社と契約し、1946年から録音を開始します。

手始めに、パリのオーケストラを使ってバッハのブランデンブルク協奏曲が録音されてます。

その後1950年代に入ると、ウィーン交響楽団を使って、ブルックナーの第4交響曲、マーラーの「大地の歌」「復活」、ベートーヴェンの「運命」「田園」「ミサ・ソレムニス」、ノヴァーエスをソリストに迎えたショパンやシューマンのピアノ協奏曲を録音しています。

そんな中でこのメンデルスゾーンも録音されました。

しかしここでトラブル発生。

1951年6月にクレンペラーとウィーン響は、第2楽章まで録音を終えて、ギリシャへの楽旅に出ます。

ところが何を血迷ったのか、Vox社は第3楽章以降を別の指揮者(ヘルベルト・ヘフナー)を用いて完成させ、発売しようとします。
(2.5種類の録音とカウントしたうちの0.5はこの第2楽章までの録音を意味します)

これに激怒したクレンペラーは、Vox社と袂を別ちます。


さて、このメンデルスゾーンの録音の時期は、1951年としかクレジットされてませんが、ある程度特定出来ると思います。

クレンペラーはこの録音を別の指揮者に補完させたことでVox社を離れたので、この録音がVox社への最後の録音と考えられます。

従ってこのメンデルスゾーンの録音の前の録音と、クレンペラーとウィーン響が演奏旅行に出る1951年6月までの間に、このメンデルスゾーンの第3交響曲は録音されたことになります。

そこでメンデルスゾーンの録音の直前に録音されたのが何かと調べると、1951年4月から5月にかけて録音された「運命」だと判明しました。

よって、恐らくは1951年5月から6月にかけて、メンデルスゾーンの第3交響曲は録音をされたものと推定されます。

しかし、知らずに聴くと、特に第2楽章までと第3楽章以降がガラッと変わるという風でもなく、ある意味商品になるようにヘフナーに第3楽章以降を上手く指揮させたとも言えるかも知れません(笑)


なお、このVox社の社長であるメンデルスゾーン氏とクレンペラーがウィーンのレコード店を訪れた際のエピソードが夙に知られてますよね。

クレンペラーがVox社に録音したベートーヴェンの交響曲のレコードが発売された後に、社長のメンデルスゾーンと共にウィーンのレコード店に訪れる。

クレンペラーが「クレンペラー指揮のベートーヴェンのレコードはあるか?」と尋ねると、店員は「カラヤン(カラヤンではなく他の指揮者のバージョンもある)のならある」と返答され、クレンペラーが怒り、店員が「あなたは誰だ?」と尋ねると、「そのクレンペラーだ!」と返答。

すると店員は、クレンペラーの隣にいたVoxの社長に「するとおたくはベートーヴェンか?」と尋ねると、クレンペラーが「違う、コイツはメンデルスゾーンだ!」と返答。

お分かりでしょうか?
ちょっとしたクラシック・ジョークといったところですね。
もっともクレンペラー自身は至って真面目に返答しているわけですがw


お次は


フィルハーモニア管とのEMIへの1960年の録音。

こちらは問題なく全てクレンペラー指揮によるもの(笑)

他の指揮者と比較すれば遅めのテンポですが、まだクレンペラーにしては極端に遅くなる以前の録音なので、クレンペラーのあのスローテンポについていけない方でも、多分聴けると思います。



そして問題作の1969年のバイエルン放送響との録音。


ミュンヘンのヘルクレスザールでのライブで、昔からエアチェックを基にした海賊盤は流布していましたが、こちらのEMI盤はバイエルン放送協会の正規音源からのCD化。

さて、問題作というのは、クレンペラーファンならご存知かと思いますが、第4楽章のA-durに転調するコーダをバッサリとカット、代わりに第2主題を基にしたa-mollで終わるクレンペラー自作のコーダを付け加えたこと。

彼はこのミュンヘンでのコンサートの前に、ロンドンでのフィルハーモニア管とのコンサートで、やはりこの自身の編曲による演奏会を行い、プログラムにも一文を寄せてます:
 
「ハインリヒ・エドヴァルト・ヤーコプの本『フェリックス・メンデルスゾーンとその時代』の中に、私は次のような記述を見た。「メンデルスゾーンはコーダの男声合唱的な性格を気にかけており、(コンサート・マスターの)フェルディナント・ダヴィットに、ティンパニを抜いてホルンを増強し、ヴァイオリンを極力抑制してほしいと頼んでいる」。

つまり、メンデルスゾーンはこの交響曲のコーダに全く満足していなかったのだ。このコーダは余計でもある。彼はどう見てもスコットランド的ではないテーマに八分の六拍子を適用し、けたたましく終わらせている。ひょっとして手際のよいゲヴァントハウス楽長メンデルスゾーンも、ここでは偉大な作曲家になり損なったのではないか。

 今、このコーダを根本的に変更する権利を有すると信ずる。私が補った音は全てメンデルスゾーンによるものである。美しい第2主題をそのまま使い、満足のいくコーダとなった。たいへん多くの人がこの処置を非難するだろうが、それでもこれは正しいと信じている」。


自身が作曲家ゆえに、色々と思うところがあったことが窺える一文です。

ご存知の通り、クレンペラーは他にも例えばEMIへのブルックナーの第8交響曲の録音で、第4楽章に前代未聞の大カットを施し、折角第3楽章までは素晴らしいのに、この大手術のせいで名盤扱いされず、随分損しています。

年寄りのわがままか、はたまた歳を重ねた故の悟りの境地がそうさせたのでしょうか?

いずれにしても、このバイエルン放送響とのライブは、世紀の名(迷)演だと思います。

未聴の方には、冷やかし半分でもけっこうですので(^^)、お薦めです♪