昨日はこちらに行ってきました。


同じ福岡でも、北九州(小倉)に行くことは稀です。
演奏会の数も比になりませんし。

このホールは私は初めて。

北九州には他に、今はシャレた名前のついた昔で言う九州厚生年金会館があります。
このホールは、パイプオルガンがありますが、まぁ多目的の大ホールで、響きはデッドな感じだという印象です。

昨日のホールは6階にあり、外には


小倉城も見えます。


ホールのキャパは「展覧会の絵」をやるのにはギリギリかなという感じです。
ステージも楽器が所狭しという感じなので、かなり目一杯だと思います。

本拠地のアクロス福岡に慣れている耳からすると、やはり残響が少なく寸詰まりの響きになるのは致し方ないところ。

ただ客席の並びは前後が互い違いになっていて、視覚的には有り難い造りでした(^-^)



「フィガロ」序曲は、やや遅めのテンポで、キッチリと折り目正しいもの。
ピリオド系の一気呵成というテンポではありませんでした。


曲目で興味津々だったのは、メンデルスゾーンのVn協奏曲のFl版。

ソリストの瀬尾さんが北九州出身とは知りませんでした。
たまにいるんですよね、北九州出身の有名奏者(笑)

しかし、このソロはVnよりもハードかも。
元々、原曲のソロからして、殆ど休めないですが、これがFlともなると、息つく間もないので、恐らくは相当きつかろうと思います。

あとは、原曲のFlパートと重なると、実に美しいフルート三重奏(Clなども重なるが)になり、これはなかなか面白かったです。

アンコールは、ドビュッシーの「シランクス」♪


メインは「展覧会の絵」。

冒頭のプロムナードでのホルンのベルアップにはちょっと驚きました。
あれ、スコアにあったっけ?

そしてサックスのうっとりとするような音色には、思わず夢見心地(寝てはいませんよ)。

まぁ、それにしてもラヴェルという人は管楽器が大好きで、実に美しいし巧みに使っているんでしょうが、やはり奏者の方も難しいとは仰ってました。

例のトランペットのミュートによるソロも、予備知識がある人ならハラハラものですが、そこは九響の素晴らしい名手、何事も無いように見事にクリア♪

そしてバーバ・ヤーガからフィナーレまでは、この小さめのホールに大音響が響きわたり、まさに圧巻。
打楽器の強烈な打ち込みも効果的。

オケもその高いポテンシャルを存分に示し、カーテンコールでもコバケンさんは満足と感謝をオケに示してました。

唸り声も健在で(笑)、お元気そうで何より。


なお、アンコールには「カヴァレリア」の間奏曲でしっとりと締め括りました。


次回は本拠地での定期演奏会が再開


こんな演目になっております。

九響では、ストラヴィンスキーの協奏曲が初登場のようです。

久しぶりに取り出してきたのが


ライトナー&N響によるベートーヴェンの交響曲第5~7番のライブ。

録音年代は:

第5…1983年
第6…1986年
第7…1981年

解説によると、ライトナーのN響への初登場は1976年、以後1990年まで客演していたとのこと。

確かに、子供の頃にN響アワーではよく見かけた指揮者のひとりです。


今風のベートーヴェンではないし、逆に今ではあまり聴く機会の少ないタイプの、私なんかの世代以上のクラシックファンにとってはとてもオーソドックスな解釈です。


ライトナーはご存知の通り、オペラ畑の長い指揮者です。

1950年代から1960年代にかけて、シュトゥットガルト国立歌劇場の音楽総監督を務め、名声を博してました。

殊に、テノールのヴィントガッセン、ソプラノのメードル、バス・バリトンのナイトリンガー、バスのフォン・ローアという傑出したワーグナー歌手を抱えていた時代の音楽総監督で、バイロイトとの比較の意味でこの歌劇場は「冬のバイロイト」と呼ばれるほどの充実ぶりだったとか。
(「パルジファル」のパリでの引越公演のライブが発掘されました)

ただ残念ながら、この時期のライトナー&シュトゥットガルト国立歌劇場管の録音はDGに相当残されているにもかかわらず、ほとんどまともにCD化されていません。

一番目にする(耳にする)機会が多いのは、ベルリン・フィルを振ってケンプの伴奏を務めたベートーヴェンのピアノ協奏曲全集ではないでしょうか?


シュトゥットガルトを離れたあとは、チューリヒ歌劇場の音楽総監督、続いてハーグ・レジデンティ管の音楽監督というポストで、まぁお世辞にも録音に恵まれる団体ではなかったので、ますます去るもの日々に疎しという感じです。


しかし、この時期のN響の響きは好きだなぁ。

細かい融通は効かないけど、やはり低音部が充実していて、どっしりとした土台が必須のドイツ音楽には、打ってつけでした。

ていうか、そういう音作りをする指揮者がズラリと当時のN響には並んでいたから、当然と言えば当然ですが…

もちろん技術的には今日のN響のほうが上なのでしょうが、重厚というカラーがあったあの頃のN響と、果たしてどういうカラーがあるのか私には分からない今日のN響。

個人的には、デュトワとアシュケナージの2代の指揮者のせいで、この響きは失われてしまったと思うので、余計にこのライトナーのベートーヴェンには郷愁に似たものを感じます。
(お二人のファンのかた、ゴメンナサイ)。

さらに言えば、ライトナーの第7番を聴いた後で、もしパーヴォの同じ曲を聴いたなら、絶対に同じオケだとは思えないと思います(^^)

買ってしまいました、ヤノフスキ&ベルリン放送響による「指環」


定価20000円のところ、タワレコでセールで半額に、さらに貯まってたポイントを使ったので、5000円弱でゲット。

演奏家のかた、申し訳ありませんm(__)m


近年稀にみる素晴らしい出来映えと聞いてましたし、知ってる方も演奏されてるので、前々から欲しいと思ってたのですが、このレーベルはSACDということもあり、ちょっとお高いので、ずっと我慢してました(^^;)

LPレコードサイズで、解説は訳詞も含めて250頁近くに及ぶ、昨今のCDにあっては極めて手厚い装丁なのも嬉しいです(^-^)


ヤノフスキと言えば、史上初のデジタル録音での「指環」の全曲録音をドレスデン国立歌劇場管と果してますし、近年は東京でもやってますね。

ただ、このマエストロはオペラの舞台からは離れることをインタビューで語ってます。
曰く、演出中心になってしまい、音楽がどっかに行ってしまってる。

私も全く同感で、最近のオペラは申し訳ないけど、ほとんど観る気はしません。

とにかく演出家中心になってしまい、訳の分からぬ読み替えが行われ、もはや音楽に集中できないからです。

私が毎晩のように集中的に観ることができたウィーン国立歌劇場は、その点は有りがたいことに、世界の主要なオペラハウスの中でも最も保守的なハウスなので、総じてト書きに忠実な演出・舞台装置が多いです。

もちろん、毎シーズン3~4本の新演出はありますが、少しでも変な演出のものだと、凄まじいブーイングが浴びせられます。
これは極めて露骨で、カーテンコールの際に歌手や指揮者には「ブラーヴォ(フラーヴァ)」の喝采なのに、演出家が登場した途端、凄まじいブーが飛びます。
私も何度か経験しました。


他方で、かつては最も保守的だったバイロイトが、もはや新演出の実験場と化していますし、カラヤンの生前にはまだそんなことはなかったザルツブルク音楽祭も似たような感じですね。

何時から変わってしまったのでしょうか?


フルトヴェングラーがザルツブルクで「フィガロ」をやった際に、伯爵とケルビーノのシーンで演出家が「伯爵がケルビーノをちょっとからかうような感じで」と指示を出してると、激怒したフルトヴェングラーは舞台にかけあがり、「ふざけるな!  伯爵は本気でケルビーノを殺そうとさえしてる。モーツァルトの音楽はそう書いてある!!」と阻止したというエピソードがあります。

もちろん、フルトヴェングラーのようなこの時期のザルツブルク音楽祭の主で、生ける伝説のような指揮者相手には、演出家も下がらざるを得なかったでしょう。

オペラをやらなかったチェリビダッケは、多分こういう音楽以外の煩わしさが嫌だったんでしょうね。


他方で、戦後のバイロイトの主だったクナッパーツブッシュは、新バイロイト様式と呼ばれるヴィーラント・ワーグナーによる、ほとんど舞台装置の無いような例の演出を見て、「ゲネプロだというのに、まだ装置が出来ていないのか」と嫌味なのか天然なのか分からないような発言を残してます。

今からするとまだ穏健な演出ですら気に食わなかったクナッパーツブッシュですから、シェローや、ゲッツ・フリードリヒ、ハリー・クプファーとかの演出を目にする前にこの世を去って、ある意味幸せだったかも知れません(苦笑)


下らぬ話はさておき、このヤノフスキの新録音、実に素晴らしいです。
音が非常に良く録れていて、それだけでも「買い」でした。

またヤノフスキらしく、変な粘りの無い見通しのいいワーグナーなので、最初に「指環」を耳にされる方には、けっこうお勧めですね。