思い出した気持ち。 | 家族がガンと言われたら

家族がガンと言われたら

母が膵臓ガンになりました。
2018年4月6日、旅立ち。

嘆き悲しむより1日を丁寧に生きる事を教わりました。

今日、自分の病院で薬をもらった後に叔母の老人ホームに行きました。髪の毛もボサボサだから美容院にも行きたいしやる事沢山、バタバタでした。

何かリクエストはあるかと思い電話すると出ない。老人ホームの入り口を開けてもらった所で折り返しの電話。プリンとヨーグルトとごま塩が欲しい。と仰る。電話でも口呼吸でハァハァしてるのがわかった。

また自動ドアを開放してもらって近くの大きな商業施設まで歩いて買い物へ行く。暑いし腰は痛いしクラクラする。長い信号を待ってる時に

老人ホームからここに、後何回来るのかな?叔母がこっちに来たからここに居るけど何も無かったら来る事は無かったな。


そんな気持ちを思い出した。


ゆりかもめに乗って母の入院中、また乗るよね?と心の中で思ってた。それは良い方向で来る事になるよね、術後もずーっと経過観察で通うよね?とかなり神経質になってた。


今、こうしてお使い頼まれる大切な時間を

大事にしようと気付いた。


戻ると

来なくて大丈夫よ、大変でしょ。

と言ってる癖に枕元に

プリン

ヨーグルト

ごま塩

と書いたメモがあった。

週一回、買い物行くのにヘルパーさんを頼んであるのに来る事を分かっていて

頼まず待ってる叔母が愛しい。

叔母に、大変だから大丈夫よ。でも良くしてくれてありがとう。嬉しい。と言われたので本音を伝えた。


もし叔母さんが死んじゃった時に

もっとこうしてたら良かった、って後悔したら私が辛くなるから今出来る事はしたいの。自分の為にやってるの。

叔母は笑って


あんたはそんな事言って優しいんだよ。


心の中で

叔母の欲しかった言葉は

叔母さんの事が大好きで会いたいからだよ。だったんだなーと。


それも勿論あるし感謝も愛しさもある。

次回はそれを伝えなきゃ。


照れくさいなんて言うお年頃はとうの昔に過ぎましたっと。


息苦しさで足は動くのに10歩あるくのも大変、ベッドに寝るか座るかだから足も少し浮腫んでた。歩ける足があるのにもどかしいだろうなあ。生検してないから薬も限られるって入居時に言われた。

お菓子の減り具合を見ると食べてるから大丈夫。

来週は自分の病院無いから商業施設をゆっくりウインドウショッピングしてから行こう。