不安定。 | 家族がガンと言われたら

家族がガンと言われたら

母が膵臓ガンになりました。
2018年4月6日、旅立ち。

嘆き悲しむより1日を丁寧に生きる事を教わりました。

叔母が入院した。

老健から出て、ヘルパーさんやデイサービスのお世話になり介護3から介護1になったばかり。足は動いても呼吸が苦しい様子は変わらずだった。本当は悪くなってたけど前と変わらないよ。と言っていた。


ヘルパーさんが苦しがってるのが普通じゃないのでケアマネを呼んで訪問医を呼んで

叔父を呼んで。私に叔父から連絡来た時は救急車が到着する寸前で

その音で緊張した。


入院3日目、今日は面会出来ないので部屋の片付けに行って来た。冷蔵庫の中身を捨てる時に気持ちが重くなった。前回の入院の時も同じ。いつ帰るか分からない、帰れるか分からないから捨てるのに悩む。

この前私が買ってきた真空パックの豆。

チーズ。食べかけで洗濯バサミで挟んであるお菓子。毎日350のビールを1本飲むのが楽しみだったけど飲めなかったのか減ってなかった。仏壇のお花も私が買って来たカサブランカがツボミのまましおれていた。肺気腫は元々だけど前回言われた肺がんの疑い部分が大きくなっていた。

肺炎と肺がんの疑いの入院。

救急対応の医師は今後の話は病棟の先生に聞いて下さいと言いつつ良い話はひとつも無かった。

3リッターの酸素でもハァハァ苦しそう。

喉が渇いたと言っても嚥下機能の検査をしないと肺炎を悪くする可能性があると湿らせるだけで、水も飲ませてもらえない!と悪態ついて少しホッとした。

在宅酸素の話が出ても頑なに横になれば大丈夫だから!と嫌がり二日間苦しくて何も食べなかったのに誰にも連絡せずヘルパーさんが来なかったらそのままだったと思う。

一応姉にも知らせたけど

えー、あの病院?救急だから仕方ないね。


LINEしたらLINEでそれだけ返ってきた。

他の人も誰も来ない。

叔父と私と旦那だけ。

それでも

こんなに来てくれて良かった。と苦しいのに笑った叔母。

熱が下がって息苦しさが少しでも楽になる様に。ちゃんとした診断受けて苦しさが軽減されるお薬が出るように。

そんな事を考えながら空っぽにした冷蔵庫見て申し訳無い様な、重ーい気持ち。

面会時間は16時までなので次は病棟医の説明の日まで行けない。

携帯の音にやたら反応して

過去の頃をやたらに思い出す。

良いご報告です、なんて連絡は来ないから。

重篤な状況です。って言われた事も伝えたけどみんなバカなんじゃないのかなーって

思っちゃう。あら言い過ぎかしら