【原因と犯人は違う】

 

よく見る光景。

何か問題が起きた時に、
大した対策も打たずに
犯人探しをして責任を押し付けた上に
改善されない状況や、


二次災害、三次災害の被害や苛立ちまでもを
その犯人にぶつけるという状態。

 

気持ちはわかるが、
これをやってるうちは「仕事」とは言えない。

 

 

だいたい、
物事をよく見ていくと、
原因が人にあることというのは「皆無」だ。

 

また、どれだけ「責任」を取らせたところで
それは何の「対策」にもならない。


なぜなら、
世の中で犯罪は消えてなくならないだろう。


ただ「当事者」を「犯人」にして
責任を押し付けているだけでは
同じことが必ず起きるのだ。

 

 

もし本当に二度と同じ問題を
起こさないようにするには
原因を探るとき、
必ず結論を「仕組み」に持ってこないといけない。

 

人に言うのは簡単だが、
言ったところで人は変わらない。

 

仕組みを変えるのは立場などの障害で
大変な事もあるかもしれない。
だが、仕組みは、いくらでも変えられる。

 

 

人に「我慢」や「気をつける」を
強要するのではなく、

誰がそれを行ったところで
我慢しなくても、
気をつけなくても、
問題の起こらない「仕組み」を作るのだ。

 

これが本来のクリエイティビティや
「文明文化」の根幹なわけだ。

 

 

仕事ができる「つもり」の人間は
問題が起きた時に「犯人」を探し責任を取らせる。

 

真に仕事ができる人間は、
絶対に原因を「人」には持ってこない。

 

もし誰かに何かを言いたくなったら、
これを思い出すといい。