AVとか見ていると、ほんと男が女を犯す、レイプするみたいなのが多いです。

僕はなんかああいうのは馴染めないんですよね。


人が嫌がってるのを見て楽しくないわけです。

支配しているとかがいいのかもしれへんけど…


てかセックスに対してこんなネガティブな国はなかなかないと思います。

韓国はもっとそうみたいだけど。

イスラムの次ぐらいにネガティブなんちゃうかな。

そんで世間的にも親とかもセックスをネガティブなものとして捉えてるわけです。


例えばヨーロッパ人とかやと、年間で日本人の三倍ぐらいセックスしてるわけです。

なんせ女の子からでも誘ってくるような人もいますからね。

激しいです。


特に日本人の女の子はセックスに対してネガティブな子が多いと思います。

そのわりには海外に出たらやたら解放的になっていて、外人のなかでは日本人はヤリマンだというのが常識なんですよね。

確かによくそんな即効やらすよなって人いっぱいいました。

アバンチュールとか言ってますが、外人からしたらただのバカだと思われてるわけです。


だいたい私、セックスとか嫌いやしとか、もっとひどくなると結婚まではセックスしないとか言う人いるけど、そんな発言してんのが恥かしいとか思わないのかなと思うわけです。

人間の営みを否定してるわけですからね。

修道女とかじゃないんだから。


小説とか読んでるとセックスが凄く素敵なものとして描かれていることが多いです。

愛が存在しているような感じです。


けどAVとかで愛が存在しているセックスはないわけです。

まあこれは日本でも海外でも同じやけど。


何かセックス自体、AVでしか学ぶとこがないわけで、そんで実際AVみたいなことするんかって言ったら絶対あんなんしないわけですよ。

まあ他の人がしてるん見たこと無いからそういうことをしてる人もいるかもしれへんけど。


ほんとに相手のことが好きだったら、射精した後でも相手の体を欲するらしいです。


僕的に確かにそうだなと思います。

旅先である女の子とやたらセックスについて話したことがあって、その子も自分が射精することを目的にセックスする男性が多いと言ってました。


そんで僕もそうなってるよなーと凄く思ってしまいます。

けどこればっかりは、だるくなるから難しいんです。

ほんとに相手のこと好きなときは確かにいった後でも相手を求めたりするのは確かにそうですね。


まあセックスは一人でするもんちゃうので、利己的なセックスをするのはよくないってことですね。




恋はまことに影法師。いくら追っても逃げていく。こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げていく。

シェイクスピアさんの名言です。

恋は影みたいなもんとはうまいこと言うなーーって感じです。

追ったら確かに影は離れていきますもんね。

僕はこの言葉がめちゃ好きなんです。

恋愛とか一種のゲームだと思っています。

男と女のラブゲームとか、ほんまナイスなネーミングやと思います。

押し過ぎても駄目で、、引かないと駄目ってことで。

つまりは押し過ぎる人は惜し過ぎる人ですね。

引き過ぎる人は何もしない人に入るのかな?

単純に好きって言われると基本的に嬉しいわけです。

そんである程度経ってから冷たい態度を取ったら、あれっ私のこと好きだったはずなのに?と思ってしまうってことで。

まあ単純に褒めたりけなしたりしとけばいいんちゃうかとか単純にそう思ったりもするんですが。

なんか友達が言うには僕は母性本能くすぐるタイプらしいです。

駄目人間やし、きゃしゃで可愛らしいからでしょうか。

↑てか可愛いってのから脱却したい!

とにかく相手と話していると、興味持ってくれてるなとか、嫌われてるなとかだいたい分かると思います。

勘違いすることもめっちゃ多いんですけどね。

そういうのが結構自分的に面白くて、相手の心の変化を感じるのが。

特に嫌われたりすると、俄然燃えるんですよね。

反対に好かれると、凄く引いてしまうんです。

なんとわがままな。

男の子は付き合い始めが情熱的に恋するけど、女の子は徐々に愛情が深まってくるなぁと思ってます。

そんで僕は途中から、ほんまに愛情が無くなっていくんですよね。

相手の悪いとことかが目に付きだすんですよね。

引き算型恋愛をしてるわけです。

付き合ってて相手のこと知っていくと、だんだんいいとこが見えてくるような足し算型恋愛はできないわけです。

困ったことです。

それこそ結婚できんのかなとかも思っちゃいます。

とにかく片想いで相手にアプローチをかける時でも。好きとか言いまくって、相手の反応とか無視している利己的な人は多いと思います。

僕もそうなること多いし…

それじゃあほんま駄目ってことで。

ある程度自分の弱さをさらけ出したりして、母性本能をくすぐりましょうってことなんでしょう。

昨日の続きみたいになるのですが。


好きな人ができないとか言う人がいます。


僕にはその意味がよく分からないです。

ある程度僕は誰でも好きになれます。


たぶん10人女の子いたら5人ぐらいは好きになれる気がします。


それはほんとその人とどれだけ深く接するか、話すか、知るかだと思います。


深く話していくと相手の弱いとことかが見えてきて、そんで守ってあげたいとか、助けてあげたいなんていう感情が湧いてくるわけです。

ある種、同情と言ったりもするのかもしれません。


けどその感情が好きになることはあると思うんです。


だいたいあいのりとかあんな少ない人数でも、カップルができたり、あんだけ人を好きになったりするわけです。

相手と長く時間を共有したりすると、相手のことが自分の中で多くを占めてくると、好きになってしまうってことの実験だとも思えるわけです。


日本では特に女の子は自分から猛烈にアタックしていくことがなんとなく駄目みたいな風潮があります。

僕も女の子からアグレッシブにこられるとなんか引いてしまいます。


だから男が自分から接していくべきだとは思うんです。

けど自分に自信がないとか言って、積極的に女性にアプローチしたり、相手のことを知ったりしようとする人は少ない気がします。


ZARD的に言えば心を開いてですね。

てかZARDは密かに歌詞良いですよね。

だいたいドリカムにしろマッキーにしろ、ロードなんか、歌詞の感じが今とはだいぶ違いますよね。


もっと1990年代はコンシャスなものが多かった気がしますよ。

1990年後半から終わってきたわけです。コムロとかから。

J-POPももっと真剣に聴いてみたいなとは思います。

今聴くと、だいぶ違って聴こえるものも多いと思うし。


話が脱線したけど、相手のこと知っていったら、相手のことが自分の中に入り込んでくるし、そしたら相手のことを考えるようになるし、そんで好きになっていくのではないかと思うわけです。

好きのメカニズムなんて相手のこと考えてしまうっていう思い込みでしか無い訳ですし。


相手のどこが好きって質問にちゃんとした解答できる人はほとんどいないですしね。


僕は女の子が好きなんですが、それは結構友達として好きです。

性的な異姓としてじゃなくて人間として好きです。

だって女の子のほうが凄く純粋で素直で偏見がなくて繊細で優しくて。

自分にはないものをいっぱい持っていて、凄く面白いし、尊敬してる。

だから女とか呼び捨てにすることはなくて、女の子だなと思うんです。


そんな感じなので、女の子と友達として仲良くなるのは得意だと思う。

そんで女の子も僕を友達として受け入れてくれる人も多いと思う。

僕は女の子を性的なものとしてあんまし見てないからってのが大きいと思う。

女の子の方が、なんか気が合うんですよね、なぜか。


僕は女の子をセックスの対象や、付き合う対象としてしか見てない男性はあんまし好きじゃないです。

出会いって言っても、付き合う相手を探したりするもんではないと思いますしね。

けど出会いっていったら異姓とのってのが常識になってる。

ミクシーとかでも男性とは友達になりにくいわけですよ。

女の子同士は友達になり易いのに。


普通に相手のことを凄く知りたいと思うんです。

その人が何を考えていて、どういう環境で生きてきてとか。

そういう探ったり洞察したりすんのが好きなんで。


男性は男の子じゃなくて凄く男性だと思う。

女性は僕は女の子だなと思うんです。


男の人は、ほんと性的な目でしか女の子を見てない人多いし、女の人も、そういう風な目で見られるのってどうなんかなとか思うんです。

みんな自分のどういうとこを見て欲しいと思ってるのかなと。

それとも寂しさを癒してくれる相手がいればそれでいいのかなと。


けど二キータとかブレンダとか読んでる人はそういう目で見られたいのかな?


やっぱ人に興味を持ってる人が好きです。

自分にしか興味ない人ほど、面白くない人いないです。


喋るばっかの人は嫌です。自分もよくそうなるから嫌です。

相手のことを分かりたいって思うし、そういうことができる人間になりたいものです。


ショコベでは老若男女色んな人と友達になれてるし、もっと一対一で会って色々な人のことを知りたいっていう欲求が凄く強いですね、最近。


村上さんの本で面白いなと思ったことについて書こうと思う。

付き合うには三種類ある。


1 ほとんど二人だけの世界にこもる。

2 外部との接触はあるが二人で支え合って生きている。

3 外部との関係の中で共存している。


1 強く相互に依存している状態。

所謂、ラブラブみたいなんもこれなんかな。

だからドラマや映画で描かれるのもこういう恋愛だろう。


2 相互依存が少ない。

お互いの生活の時間と、恋愛の時間において区別がある状態かな。

寂しくなったり、弱っていたり、疲れていたり、そういう時は相手に依存するような状態か。


3 お互いが自立していて、自由であり。お互いを尊敬し合っている。


これらを踏まえて自分がどれかと考えると、やっぱ3がいいわけです。

依存されるのはもうほんと嫌で、愛されるんのとかも熱愛みたいなんなら要らないですって感じなので。


ただ3の状態を保てるような女の子がいるのかな?てのは疑問にはなる。

やっぱ恋愛すると女の子は情熱的に愛するやろうし、それが女の子的な恋愛なわけだ。


韓国ドラマのような熱愛、純愛みたいなんが流行ったりしている。

その一方、自立した女性を描いたようなドラマも多い。

またそういうのを良いとする風潮、世間も存在する。


僕は人間的な成長を求めるなら3である状態がいいと思うし。

僕はそれがお互いのためにとてもいい方向を向いている状態だと思う。


お互いが見詰め合って、周りが見えなくなっている状態よりもお互いが同じ方向を向いて先を見定めているほうが良いと思うのだ。


歳を取っていくにつれ恋愛に疲れていき、2もしくは3へと移行していくのが当たり前だとも思う。

だって自分の仕事などの人生もあって、恋愛のことばっかし考えてられない状態になるわけだから。


なんとなく恋愛に依存してしまう男は弱い奴だっていう意識がなんか自分の中であるんです。

それが恋愛をする邪魔になってるのは間違いない。


恋愛をしている女の子は凄くきれいで可愛くて素敵だと思っている。

けど、その一方、信じられない自己中な行動や、冷酷な行動、嫉妬、憎悪などのネガティブな状態に陥るリスクも背負っているのだろう。


一番悲しいと思うのは、しんどいのが嫌だという理由で、精神の葛藤が激しい状態を避け、精神が安定する状態を望む人たちだ。

またの名を無感情だと僕は思っている。

そういう人は映画やドラマなどの非日常状態のものへの感情移入によって精神の変化を楽しんでたりする。

そしてこんな恋愛をしたいななんて呟いてるわけだ。


話しが脱線したが、すぐそこに色んな出来事や出会いが待っているが、進んで行こうとする人は少ないんですよねってことですわ。



そういや孤独について書こうと思ってたんや。


僕は時に凄い孤独の世界に誘われる時がある。

バッドトリップですよ、ほんま。


自分は全ての人に嫌われてて軽蔑されててとか思っちゃう。

そしたら涙がばーーっと出てきたりして。

本気で落ち込むのです。

全てが恐怖になります。

震えたりします。


人間なんて弱いもんだなと思ってしまうのです。


人間一人で生きてるなんて絶対無理なわけです。

色んな人や愛に支えられてるわけです。


表面的な人の付き合いだと僕は凄く怖いんです。

どうでもいい人に嫌われるのはあんまし気にしないけど、好きな人に嫌われるのはほんと怖いです。

それが人と深い付き合いを望んだりする理由かもしれませんし。


孤独なんて大概、やることなくて暇だから感じるんじゃないかと思ってます。

多忙は全ての状況から救われる。

そんぐらいの勢いです。


藤原さんも言ってたけど、忙しいって言い訳するのはポリシーに反すると。

なんともかっこいいですね。

そういや久米さんもあんましそんなことで言い訳せんなー。


みんなやっぱ大人としてかっこいいんですね。

Yashさんとかそんなんとか余裕で越えてそうやし。


僕は普通に暇なんで、なんとも言えないけど。

忙しいとか言いまくる奴多すぎるし、奴らはなんなんだよ。


TOBYさんも忙しいか忙しくないの二通りしかないっていう話しは面白かったなー。


僕も二通りしかないかもです。

僕は忙しくない人生が好きですね。

ゆとりとかそういうもんなんかな。

最近時間の流れがまじで早いです。

もう帰国してから6月も経ちました。


ほんま早い。

時間はほんまに有効に使いたいなとは思います。

僕はほんまに時間の使い方が下手だなと思います。


まずめっちゃ寝る、そして起きない。

ぼーっとするのが好き、その間ほんまになんもしない。

音楽を聴く、その間なんもしない。


結局何もしない、そして基本暇なわけです。

そして暇なんが好きなわけです。


たぶんしなくちゃいけないこともせんでええわー、と思ってしまったりするからやな。


昔から色んな人にお前はサラリーマンむいてないでとよく言われます。

そう言われてもじゃあ何になればいいんだって思うんです。


僕はなぜか昔からせっかく生まれてきたんだから何かしたいなとか思っています。

その何かってのは漠然としていて、別になんでもいいんです。

自分が満足できればいいんです。


生まれてきたこととか生きてることがほんま凄いことだと思うんです。

不思議なんです。

生きてるのに何もしないで死ぬってのは自分の命に対して失礼じゃないかと。


大袈裟なんですが、別に大きいことしたいとか、偉くなりたいとか、凄くなりたいとか。

人にどう思われる人間になりたいとか。


結構そんなんどうでもよくて、自分自身が自分に対して納得できる状態を目指しています。


ほんと毎日自分は駄目だなと思ってしまうし、だからといって落ち込んだりはしないです。

納得とか満足のために生きてるってのは変かもしれへんけどそうなんですよね。

オサム君が関東に行ってしまうということで、イベント行く人も音楽話しする人もいなくなるやんけってことで。


残念ですね。

なんかこれからみんな色々な場所に散らばってしまうわけですよね。


別れは少しの間の死だなーとか。

そんなこと感じたりする余地ないほど、今は情報社会になって。

どこにいても繋がってる状態を維持できちゃうわけで。


孤独であることから逃げようと思えば幾らでも逃げれるわけで。


これからもっとインターネットが盛んになってきたらほんまえらいことなる。

必要なくなるとこはいっぱい出てくるわけで。


店も証券会社も商社も。

一家に一ATMみたいな時代も到来するかも。

それはないか。


SEなんか外人にどんどんやらせる時代にもなるやろうし。

ビデオで授業すれば、学校の先生も要らなくなるやろうし。


街には全て防犯カメラがつくやろうし。


どんな生物兵器がつくられるか分からんし。

どんなコンピュターウイルスができるか分からんし。

世界恐慌が起こるかもしれへんし。

原子力発電所が爆発するかもしれへんし。

大地震が起こるかもしれへんし。

恐ろしい感染病が流行るかもしれへんし。

明日自分が交通事故にあって死ぬかもしれへんし。


いいことって景気が良くなってとかそんなんだけやん。


年金とかが不安とか、好きな人が浮気してるかもしれへん不安とか言ってる人多いけど。

不安とか考え出したらキリがないわけです。


だからポジティブに生きようってことでもないけど。

世の中や自分なんて所詮、そんなもんだなって最近思います。


にしても書きたいことと全然違うこと書いてしまったのでまた明日やな。

幸せになりたいってのは不幸になりたくないってのと同じなのか。


何で生きてるんだろって時になんで死なないんだろって考えたらどうなんだろ?


一面的な見方であったり多面的であったりとか僕はよく分かんない。


思い込みや偏見が激しいのかもしれない。


けどそれって普通なのじゃないかな。


やはり包括的に捉えて、普遍化したいと思うんだと思う。


自分がなぜ生きるかを考えるのも楽しいけど、人はなぜ生きるのかっていう広い範囲で考えたいし。


とかく偏見ってのはどういうとこからきてるのだろうか。


辞書では

かたよった見方・考え方。ある集団や個人に対して、客観的な根拠なしにいだかれる非好意的な先入観や判断。

てことになってる。

そう考えると僕は主観でめっちゃ判断して非好意的に主張しているから、つまり偏見の塊なのかもしれないなとは思う。

エッセイ集とか読んでると、その辺すごくうまく書かれていてる。

こういうことがあってこう思ったみたいな。

へーーみたいな感じで書いてる。

よう考えたら就職活動でもなんでもそうやけど、根拠や理由やそれが元になった事実をはっきりさせないといけないなと思う。

僕はめっちゃ理論的でありそうなことを言っている感じで、まったく感情論やからね。

たちが悪いです。

感覚的なものが好きな人とそうじゃない人がいるからなー。

小さな事実を自分のフィルターを通して、凄い曖昧で大きな固定観念にもとられてしまうようなことを言ってしまうわけで。

それが自分のいいとこといってる時はもうとうに過ぎてるかもしれない。

ただそういうこと考えてるとほんと何も言えなくなってきて自分らしさみたいなんがほんまなくなってしまうからとか思ってしまうし。

まあ固定観念や偏見なんかみんな持ってるものではある。

固定観念持つなって世間で言われまくるのも凄く固定観念だと思うし。

固定観念がどの考え方かとかよく分からないです。

なのにそういうこと言ってる企業とかはちょっと不明だ。

僕はたぶん卑屈なとこがあるだけ。

昔からそうなんだと思う。

意識はしてないけど、もともとそうだから。

見下したり軽蔑したり。

それは結構自分に対してそうなんだと思う。

どうせとかお前なんかとかすぐ言っちゃうし。

別に敵意なんかはほんまないんですけど。

先程びっくりすることがあって、なんか神戸のベンチャーの会社訪問を取り付けました。

びっくりです。

むしろ不明です。

こんなこともあるんですね。


最近思ったんですが、ブログのタイトルによって見に来る人の数が結構違います。

これは驚きですね。

やっぱ広告とかもキャッチフレーズ勝負なんだなと思いました。


てか面接とかよりブログ読んでもらったほうが早くて楽やからそうして欲しいなとか思うんだが。

物理的に無理だけど。


僕は新潮文庫が最近ブームでした。

けどちょっともっと人の感情のある本を読もうかなと思い出しました。

つまり小説です。


そんで山田詠美と村上龍を今日買いました。


本はほんま読まないと駄目ですね。

インプットを多くしないとほんと会話できないですもん。


同じ年の子だったらしょーもないことだけ知っとけばいいけど。

ジャーナルスタンダードできたんだってとか。


ほんま自分なんか、サラリーマンになれるのかなとは思います。

かなり反逆児なんで。


それはいいとして、やっぱ恋愛もんとかは結構面白いと思うんですよね。

山田詠美とか好きな男とかやったらそれなりに恋愛心はあるんじゃなかろうか。


女なんてセックスするもんだとかは思ってないのではなかろうか。

ちなみに僕は恋愛心ないですけど。


男は恋愛に対してどう思ってるかとかあんまし聞いたりしないんですよね。

ミニスカがいいかとか巨乳がとか。

バカですよね、ほんまに。


性欲とかほんまどっかいっちゃえばいいのにとか思う。

なかったらどういうものの見方するんやろとか。


女の子を性欲の対象としてみなすとはやっぱ嫌やけど、そうなってしまう時あるしな。


少しは小説読んで人の心のあり方とかを勉強しようかしら。