「トリック」のころから、仲間由紀恵さんのファンです。
ドラマや映画1本を通して、緩急をつけられる、というか

・脱力した演技←→力の入った演技
・芝居がかった演技←→リアリティのある演技


こういうの変化がすごく巧みで、つい引き込まれてしまいます。

また「女優はいつでも泣ける」なんていうけど、
彼女の場合、「涙がこぼれる前」が秀逸だと思います。
(「ごくせん」の最初のシリーズの最終回がよかった)


ああいうものを1回見せられると、別の作品で画面に出てきただけで
グッとこみ上げて来てしまう事も…。


で、そういった予備知識ありで、「功名が辻」とか見ると、
千代と一豊の再開のシーン(ずいぶん前の放送ですが)
はほんと、ヤラレタって感じでした。

ちょっと前だと、「プロミス」の井上和香。

「ぷ ろ みす」と口パクした後の完璧にリズムにはまった笑顔。


それよりちょっと近いところでマクドナルドの蛯原友里。

両手でハート作る時の、肩。


女性芸能人は大抵、きれい、かわいい、と評価が甘い自分は、

結局テレビの画面を見たときに、いちいち「かわいい」と、感嘆するわけでもなく、

上記の仕草をはじめとするテクニックに対して、「うまい!」って思ってしまいます。


すっかり更新が滞ってました。

雲さんコメントありがとうございます。


ビッグバンドのジャズとか聴いてると

いかにもお仕事的というか、ちょっと人を小バカにしてるとも取れるところ

があって、そこがまたいい味を出したりもするんですよね。


そういう意味でオススメはカウント・ベイシー。

April In Paris なんかとってもイイですね。

ベイシー本人のピアノはいつも力が抜けてて音は少ないし、

Shiny Stockingsの中の短いドラムソロなんか、

「テンッドンッテンッドンッテッドンッテドンッ」

…って、手抜きもいいトコ(笑)


どうも、自分は文章を書く能力が低いような気がする。

自分のブログを読み返すと、まだ、死ぬほど恥ずかしい。

こんな文章でも、何時間も構想を練らなければならず、異様に時間がかかるのだ。


…でも、ひとつ思い当たる事がある。


書きたい内容が、これでも人より単純でないのだ。


―今日はここに行った。

―これこれを見た。

―誰と会った。


…なんて内容は、自分には書く気が沸かないのだ。

もちろん、そういうコンテンツで書いている人たちは、それはそれでかまわないし、

むしろ、そういうものを気軽に書いている人たちを羨ましいと思っているのに…。


音楽についての話なんかは、ニュアンスがとても難しい。

気を抜いて書いたものを人に要約されると、従来どおり、

「ジャズを演奏する時は、8分音符は2:1で、裏拍を強く、…それと、2拍目4拍目でリズムとって。」

とかに変換されてしまう。

「もし自分の演奏がそう聴こえても、それは場所により結果的にそうなっているのであって

それを心がけているのとは違う!

って事が言いたいのに…。


…おっとまた音楽方面に話が行ってしまった。


自分の考えをなるべく忠実に表現できたらいいなと思うんだけど、

それは言い換えると、


― 頭の中で思い浮かべている事柄と、(会話・発言を含めて)文章化されたもの、の差が縮まる


ってことだ。


つまり、両者の差が縮まるためには


1. より的確な文章を構成できるようになり、物事・心情などを描写する能力がアップする。

2. 思考の範囲を、文章化しやすい範囲にとどめておく。


という二通りの方法があるってことだ。2の方法は、退化じゃないか!


で、もちろん自分は1を目指しています。

…目指しているだけでまだぜんぜん遠く及ばないぃ。

だからこの文章も自分で読み返すと、ほんとに恥ずかしい…。





前回の続きのような話です。

スキーやスノボ(僕はスノボはやった事ありませんが…)で、エッジを切り替える時に

「抜重」っていうのをします。

文字通り、板にかかる荷重を抜くという意味です。


この喩えはスキーとかやった事がある人に伝わればいいので、細かく説明しません。

言いたい事は

ジャズの4ビートのリズムは基本的に、表が加重、ウラが抜重です。


これまた、現象だけを捉えて「ジャズでは、拍の裏を強調する」なんて言っちゃってる人、結構います。

それを真に受けて「表で抜重、ウラで加重」で演奏しようとする人がこれまた、結構います。


加重・抜重という考え方では、クラシックもジャズも一緒だと言い換えてもいいと思います。

ジャズのリズム(4ビート)は2拍目と4拍目が重要…。とか、

拍のウラの方が強い。って

言われてたりする。


結果的に、そういう現象があるのだから、そう言ってしまっても良いのかもしれない。

でも自分は別の考え方を持っています。


・クラシックと同様、1拍目、次いで3拍目が大事。

・大事なものは心の中にしまっておく。

・2拍目と4拍目のみハイハットが踏まれたりして強調される。

→聴いている人は、そこから音には出されていないが心の中で重要視されているビート(1拍目、3拍目)

 を感じ取る。


…書いてみると当たり前な事になってしまった。

でも、

2拍目と4拍目が重要だからそれを強調する。

なんて、結果として同じように音が出ているように見えても

動機が従順すぎるような気がします。


Earth Wind And Fire の「Fantasy(宇宙のファンタジー)」


・16分音符引っ掛けるリズムが印象的な前奏・Aメロ。

・拍の頭から16分音符1つ分遅いリズムが印象的なサビ前の部分。

でも、それらを前半で聞かせておきながら、サビのノリはオンビート、というか

ド頭ノリ!


今風に言うと、「ダサかっこいい!」て言う感じ。


変化球は、ストレートを引き立てるためにある!ってことかな。


イーグルスの「ホテルカリフォルニア」

とても好きな曲です。


単に好きな曲というと他にもたくさんあるのですが、

聴くだけで鳥肌が立ち涙腺がゆるむ、数少ない曲です。


何がそんなにツボなのかっていうと、(「なんか特別な思い出とかあるの?」って訊かれたこともありました)

「リズム」というか「ビート」というか、「間」というか、「呼吸」なのではないかと思います。


冒頭、ギターのアルペジオが8小節あって、次の小節に入るところの感じ

ヴォーカルが入る直前のバスドラム2発


いずれも淡々と演奏されているなかに切ない雰囲気を感じてしまって…。

そんなところにいつも感動してしまいます。

そういう観点で聴くとこの曲は本当に全体の引き締まったリズムが最高です。

東京は桜の開花宣言が発表されたようですが、まだ余り咲いてないね。

でも僕は、咲いてないくらいの桜が好きです。


楽しみ方は、

・近寄って観察。自分なりに開花予想。

・並木の桜の木を眺める。枝が重なり合った中がなんとなく薄ピンクのように見える。

こんな感じです。


咲き始めた後の楽しみは、晴れた暖かい日の午前中から昼にかけて、花が増えるのを見る事です。


しっかり咲いたら、適当に通りすがりにでも眺めれば良し。




昨日の晩から小雨がぱらついている。

傘を持っていなかったので、指さずに帰ってきたんだけど、少し濡れました。

ところで、傘を差す、差さないっていう判断基準っていろいろあるよね。

自分は傘を持っていれば、雨を感じたらだいたい差すようにしています。

でも、折り畳みの傘を持っていて小雨の時とか、わざわざ傘差すほどでもないな、

ってことももちろんあります。


って、また当たり前すぎることを書いてしまった。


でも他の人を観察してると、どう考えているんだろう、って思ったりします。

雨が降っているんだけどまわりに傘を差している人がいないと傘を差さない人とか、

現在、雨が少し降っていて、その人は傘を差して歩いているんだけど、

だれも差していないことに気付いて畳んでしまうとか。


1人だけ傘を差していることって恥ずかしいことなのかな。

他の人より傘を差さないでいる時間が長いほどかっこいいことなのかな。

そもそも、傘を差す基準は「雨に濡れるかどうか」ではなく「他人の動向」なのかな?