史跡めぐりの記事です。今回は、愛知県豊田市にある上野城です。徳川四天王の一人として活躍した榊原康政誕生碑があります。

 

上野上村城(うえのうえむら)

城は、応仁の頃(1467)伊勢貞親の被官であった戸田宗光による築城と伝えられています。宗光が渥美半島に移った後は、阿部氏が治めていましたが、明応2年(1493)井田野の戦いに勝利した松平家の城になりました。松平家の内乱後は、酒井忠尚が城主になりましたが、永禄6年(1563)忠尚が三河一向一揆の総大将として蜂起したため、徳川家康に攻め落とされてしまいました。榊原康政誕生之碑」が建っています。 榊原氏は上野上村城主であった酒井将監忠尚に仕えていましたが、康政は小姓として徳川家康に見いだされ、徳川四天王の一人として活躍しました。

 

 

 

 

 

(1)榊原康政生誕地の碑、(2)土塁遠景、(3)土塁、(4)上野城跡無縁佛供養塔

 

道沿いで土塁が残っています。あとは主郭は、護国神社と公民館となっていますが、なんとなく形状が残っています。榊原康政の生誕地は本当は、近くの上野下村城で産まれたようですが、近年、工事等は、消滅してしまい現在の場所に設置されています。