史跡めぐりの記事です。今回は織田家上四郡の居城、愛知県岩倉市にある岩倉城です。桜の有名な五条川沿いにある城です。

 

岩倉城(いわくら)

城は尾張守護代・織田敏広によって築かれました。織田伊勢守家の本拠として、尾張上四郡を支配する重要な城でした。しかし永禄元年(1558)に尾張統一を目指す織田信長に攻められて、翌年落城しました。また、山内一豊の父である山内盛豊は岩倉城の家老で、一豊はこの地で生まれたため、近隣の神明生田神社の境内に山内一豊誕生地碑が建てられています。

 

 

 

 

 

(1)岩倉城址、(2)織田伊勢守城址、(3)城址遠景、(4)山内一豊生誕の碑

 

かっては清洲城と双璧で尾張を代表する大きな城でしたが、信長との戦いの後に跡形もなく破却されて、その後、宅地化されて現在は、城の面影はまったくありません。愛知の城という書籍に住宅地の中に、堀跡の写真が掲載されていますが、未だにその遺構の場所がわかりません。城跡にある「織田伊勢守城址」の碑は江戸時代の安政7年(1860)に設置された古いものです。