史跡めぐりの記事です。今回は、織田信長の出生地として一番有力な愛知県稲沢市平和町と愛西市勝幡にまたがる立地にありました勝幡城です。現在は遺構はありませんが、織田信長の出生地なら、天下人の誕生の城としてかなりすごい城址だと思います。

 

勝幡城(しょばた)

永正元年(1504)頃に織田信長の祖父、織田弾正忠信定によって築かれたと云わります。 織田信定は勝幡城に城を築いて津島神社の門前町として栄えた津島を押さえて財力を蓄えて行きました。嫡男信秀は天文年間(1532〜1555)始めに家督を継ぐと豊かな経済力を背景に勢力を拡げ、天文元年(1532)頃に今川氏豊の居城であったを那古屋城を攻略して移り勝幡城には、家臣の武藤雄政を城代として置きました。

 

 

 

 

 

(1)稲沢市の勝幡城址、(2)愛西市の織田弾正忠平朝臣信定古城蹟、(3)石田川と復元図、(4)勝幡駅にある織田信秀と土田御前に抱かれた幼少期の信長像

 

信長の生まれた場所は、勝幡城、那古野城、および古渡城の3説に分かれますが、近年は、ここが一番有力です。城址には「勝幡城址」と「織田弾正忠信定古城跡」の2つの石碑があります。また日光川の嫁振橋には「勝幡城復元図」があります。