衝撃、そして疲労。ミュージカル「グランドホテル」(GREENチーム) 感想 | オンナひとり気まま日記

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大好きなラグジュアリーホテルや、外で見つけた美味しいものの話がメインです。日々の徒然の他、脱線話も色々。

「グランドホテル」って、古くはグレタ・ガルボ主演で制作され、群像劇の代表作となった映画や、日本では宝塚月組トップスター涼風真世さんの退団公演で初演となり、話題を集めました。

…と言いつつ、映画もヅカの公演も未見だった私。宝塚は一応細々と追いかけていた時期なんですけどね。学生だったので、暇はあってもお金がなかったせいだろうか。

赤坂ACTシアターで上演中のミュージカル「グランドホテル」、今回の最大の特徴は、GREENとREDチームの2チーム制とし、キャストや演出が大きく異なる2つのバージョンが上演される点です。

どちらも見るのがベストでしょうが、スケジュールの都合上、GREENバージョンへ。
お目当ては、メインキャストの一角として出演する安寿ミラさんです。

赤坂ACT、考えたら米倉涼子さんの凱旋帰国公演の「シカゴ」以来だなあ。


出演者の皆様へのお花で一杯のロビー。



舞台は、中央に回転扉を配置して、それがホテルの階段やドアになったりする凝った装置。大道具は机や椅子が多用されて、めまぐるしく縦横無尽に舞台上を移動するそれらの上に役者さんたちが乗って、喋ったり、歌ったりの演出が多い。

あんまりこういうの好きじゃないけど(演劇のセオリー的にどうこう言う話でなく、単に習慣・マナー面での違和感ってだけ)、結構スリリングだね。リフトするシーンも多いし、演じる側は大変そう。

で、今回の私の最大の目的であった、バレリーナのエリザベータ・グルシンスカヤを演じる安寿ミラさん、非常に良かったです。

元々、バレエの素養のある方で、宝塚時代はダンスの得意な男役トップスターさん。
今回はトーシューズでガンガン踊るわけではないですが、お芝居で魅せてくれました。

プリマバレリーナとしての威光も色褪せ、傷ついたプライドを隠そうとするかのように我が儘勝手に振る舞う姿には、傲慢さというよりは、この方の持ち味である繊細さを感じました。

そんな彼女も、年下の フォン・ガイゲルン男爵とグランドホテルで出会い、恋に落ちることで、生きる喜び、また踊りたいという意欲を取り戻しますが…。結局、男爵の死を知らされないままに、駅での再会を信じてホテルを去る姿が切ないです。

安寿さんの本領はダンスなので、宝塚時代から歌は正直そこまで…という印象でしたが(ほぼ似た時期の他組のトップに、涼風さんとか、一路真輝さんなど歌ウマな人も多いと余計…)、芝居の中の歌は凄く心に滲みます。
声も思ってたよりずっと出てる!と思いました(上から目線にて恐縮)。男爵とのデュエットは、相手が声楽畑のバリトンとは言え、決して迫力負けしていないのが嬉しいです。

男爵役の宮原浩暢さんは本作がミュージカルデビューだそうですが、さすがに声楽で鍛えた声は素晴らしい!声量も伸びも、ダントツです。
演技的には、もうちょいと硬さが取れれば、より男爵の謎めいた、それでいて洒脱な感じが出て良いかなあと思いますが。何か良くも悪くも重厚すぎて。

あと、グルシンスカヤの忠実な付き人、ラファエラ役の樹里咲穂さん。男装姿の彼女は、グルシンスカヤに対して偉大な芸術家としての敬意以上の感情を持ち、長年仕えてくるのですが…。
歌が上手く、抑えた演技が非常に印象的。特に、「エリザベータ」と主人に対して初めて名前で我知らず呼びかけてしまった時、二人の間に流れる空気がガラリと変わり、思わずゾワッとしました。
そしてラスト近く、グルシンスカヤを駅へ誘う姿には、一度は諦めかけた彼女が男爵の死と共に、また自分のものになった…という思いが2階席まで伝わるようでした。

ネット上の感想を見た感じ、緑組か赤組のどちらがいいかは結構好みが分かれている感じがしますが、グルシンスカヤ&ラファエラのコンビについては、GREENが良いというコメントが多いですね。ヅカ出身者同士ならではの化学反応?

群像劇といいつつ、やはり自分がどの目線から見るかはやっぱりある程度固定されちゃうんだなあ…とここまで書いてきて思いますが、他のキャストの皆様も良かったと思います。

オットー役の中川晃教さん、キャラが強烈に立った人物に囲まれて地味めに見えますが、上手ですよね。
病を得てもう先が長くないことを知りながらも、人生がこのホテルを出た後もまだなお続くことを受けとめ、(いわゆる恋愛感情とか下心からでなく)フレムシェンとパリに旅立つシーンが好きです。

プライジング役の戸井勝海さん、二面性のある役で、時折見せる裏の顔にゾクッとします。

フレムシェンの昆夏美さん、ただただ可愛い。少女のよう。でも、フレムシェンって、「野心むき出しでいやらしいのに、なぜか憎めない」タイプな気がするんですけどね。
ガツガツして見せるかはともかく、もうちょいと「お色気」(「お」抜きの「色気」とは似て異なるもの)は欲しいかも。

あと、スペシャルダンサー「死」の湖月わたるさん。今回の日本公演オリジナルキャラクターということで、自らの標的と定めた男爵を死の世界へと誘います。

このキャラクターなしに筋を追うだけでも、物語がホテルとそこでの滞在期間という非常に限られた空間と時間に凝縮された、人生の終わりと始まりの話であることは分かるのですが…。
実は、この「死」が、後年ドイツを襲う悲劇をも暗示しているのか、どうか。
もっと注意深く見ていれば、色々な示唆が隠れている気はしますが、なかなかそこまで汲み取れず、残念。

さて、GREENとRED版の違いはエンディングに顕著に表れているそうですが…。
GREEN版では終盤近く、突如何の前触れもなしに、ホテルのスタッフたちが、旅立とうとする滞在客たちの身ぐるみをはぎ、暴力、略奪行為が展開されます。

ここで暴力と略奪の犠牲になるのは、ユダヤ人(&彼らと親密に関わる人たち)、芸術家、そして同性愛者。全てナチス・ドイツが嫌悪した対象。

場内に大音響で流れるヒトラーの演説が不気味な余韻を残す中、宿泊客たちはめいめいに旅立ち、そして若いホテルスタッフのエリックは待望の子供の誕生の知らせを受け、舞台を降り、客席を通って退場していきます。

演出のトム・サザーランドによると、ヒトラーの演説は、「 誰かがきて、誰かが去っていく。しかし残った人々は幸せになるだろう。彼らは将来が彼らと共にあることを知って、幸せになるだろう。将来はあなた方の手にある。ドイツ万歳!」という内容だそうです。

つまり単純に取ると、グランドホテルを立ち去った人たちは、この後ドイツ(おそらくグランドホテルがその象徴)に襲いかかる凄惨な運命から逃れ得た人たち、となるのでしょうか。

あるいは、サザーランド氏がGREEN版エンディングについてのコメントで自ら述べている程に政治的なメッセージではなく、「自分が全てと思っていたものは実は限られた世界である」こと、そこから新しい価値観を求めて広い世界に飛び出していけば、きっと希望はあるはずという、もう少し普遍的なテーマなのか…。

いずれにせよ、これは多分二度、三度見ないとなかなか腹に落ちてこなさそう。奥が深いですね、いやはや。

あのラストでガツンとやられた衝撃が、終演直後はそうでもなかったのに、後になってボディーブローのように効き始め、遅めのランチに入ったお店で一気に疲れが出て、なかなか立ち上がれませんでした。
(お店が空いていたのが幸い)

GREENのリピートだけでなく、REDも見ることで補完できて、内容の理解も進むだろうと思う半面、見るとなったらそれなりに気力体力充実した状態でないと、確実に消化不良を起こしそう。

悩ましいですが、見る価値はあります。
準備としては、気力体力ともに良い状態で行くこと、後は2時間ノンストップなので、お手洗いは開演前に済ませておくことでしょうか。