Willに満ちた意欲的名作「Shakespeare」( 宝塚宙組公演 東京宝塚劇場) | オンナひとり気まま日記

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ずっと書きたいと思っていながら、三連休の日光行きやら何やらで、もう2週間も前の日曜のことになってしまいましたが、宝塚宙組東京公演観てきました。

演目は、「Shakespeare~空に満つるは尽きせぬ言の葉~」とショー「HOT EYES!!」です。


ショーの方は終盤だけでなくて前半から大階段やラインダンスが多用されていたり、客席まで出演者の皆さんがたくさん降りてこられてタッチを交わしたりと、なかなか意表を突いた、楽しい演出満載でした。
また、朝夏まなとさんの美しいソロダンスもじっくり堪能できました。

…が、私の関心上、この後の感想はすべてお芝居のもの、 しかもかなりの長文になりますことをあらかじめご容赦くださりませ。

東京宝塚劇場は、昨年夏の同じく宙組「王家に捧ぐ歌」以来です。
前回の宝塚観劇が今年2月の中日劇場(感想はこちら)だったので、やっぱり専用劇場って良いなあと思っちゃいますね。

やっぱり、劇場内、いえ周辺からもうその世界感ドップリにひたれますもの。

グッズショップ「キャトルレーヴ」の店頭ディスプレイ。

トートバッグは、黒地にシェイクスピアの羽ペンの赤と金文字がオシャレです。


さて、今回のお芝居はシェイクスピアの作品ではなく、ウィリアム・シェイクスピア本人の劇作家としての成功、そして妻のアン・ハサウェイとの夫婦愛を描いた物語です。
今年2016年はシェイクスピア没後400年ということで、そのメモリアル公演であります。
シェイクスピアの生没年は、1564年‐1616年ということで、「ヒトゴロシ、イロイロ」で覚えましたよね、皆様。

といっても、作・演出を担当された生田大和先生もコメントされている通り、シェイクスピア本人の生涯について事実としてはっきりわかっていることはほとんどありません。
ですので、何が歴史的事実で何が虚構かという議論はあまり意味のないことかと。
この作品もシェイクスピアの残した数々の戯曲を、劇中劇としてのみならず、主人公カップルの出会いと恋、誤解と嫉妬、そして和解…のストーリーに投影させ、大胆に、そして生き生きと描いています。

ここで取り上げられているシェイクスピアの作品は、「ロミオとジュリエット」、「冬物語」、「夏の夜の夢」、「ジュリアス・シーザー」、「ハムレット」、「マクベス」、「リチャード二世」の合計7作。
中でも、「ロミオとジュリエット」と「冬物語」は、ウィリアムとアンの恋、そして苦難の時を乗り越えての和解から生まれた物語として描かれています。
作中で取り上げられた数々の作品のフォリオ表題部分のコピーが、ストーリーの展開に合わせて舞台上の大道具として掲げられるのですが、最初から最後まで通しで舞台上に設置されているのは、舞台上手の「ロミオとジュリエット」と下手側の「冬物語」の2作のみ。

シェイクスピアの作品におけるごく一般的なジャンル分けとしては、かたや悲劇、かたやロマンス劇という位置づけで、あまり一緒に論じられることのない2作品だと思います。
「ロミオとジュリエット」は出会った瞬間から激しく愛し合う若い二人が、ほんの小さな誤解から悲劇的な結末を迎えてしまう、わずか5日間の物語。
「冬物語」では、主人公のシチリア王レオンティーズが、貞淑な妻ハーマイオニと、自身の盟友であるボヘミア王ポリクシニーズとの仲を誤解し、嫉妬に狂い、実に16年間という長い家族の断絶を招きます。
それでも、「冬物語」では、死んだと思われたハーマイオニは生存しており、レオンティーズの娘で生まれてすぐに行方不明になっていたパーディタは、ポリクシニーズの息子フロリゼルと結ばれるというハッピーエンドを迎えます。
「誤解」がもたらした悲劇、死という点で共通項はありますが、結末は正反対、そして物語の中で流れる年月にも大きな差がありますね。

本作に登場する最後の劇中劇としての「冬物語」では、作者であるウィリアム自身が主人公レオンティーズを演じます。
この時、自身の誤解と嫉妬から、誰よりも自分の理解者であったはずの妻アンから遠ざかってしまったウィリアムは、悲劇的な結末しか思い描けない精神状態となっています。
それでも、ひょんなことから代役として、彫像役‐実は16年の歳月を経て生きていた王妃ハーマイオニ役として舞台に立つアンと再会し、再び生きる力と創作への意欲を取り戻します。

「ロミオとジュリエット」を貫く、暴走的なまでの激しい情熱はもちろん多くの人をひきつけますが、「冬物語」で流れる16年という「時」がもたらしてくれた悔恨、そして赦しというテーマは、また深く、暖かいです。
この宝塚版では、ウィリアムの劇作家としてのインスピレーションを刺激したアンとの馴れ初めは、「ロミオとジュリエット」に重ねられていますが、観終わった後に残る、ほっこりした暖かさとどこか牧歌的でユーモラスという、全体的なトーンはまさしく「冬物語」です。
ついでに、本作の終わりでは宮内大臣一座の役者であるリチャード・バーベッジが「時」として語り部をつとめ、登場人物たちのその後を軽く語るのも、「冬物語」へのオマージュとして良いなあと思いました。

(もっとも、本作の「時」によると、シェイクスピアはその後もストラットフォードとロンドンを行き来し、多くの作品を世に送り続けたことになっていますが…。実際のところ、「冬物語」はシェイクスピアのキャリアの最後期の作品とみられることが多いようですが、まあ全部推定ですからね。気にしない)

一方、ストーリーの核はあくまでロマンスと夫婦愛に置きつつも、主人公を翻弄するエリザベス朝時代の宮廷に渦巻く欲望や反逆などもサイドプロット、というか物語の後半を担う重要なテーマとして上手く織り交ぜられています。

使われている上記7作品のうち、「ジュリアス・シーザー」、「ハムレット」、「マクベス」、「リチャード二世」はいずれも権力者に対する裏切り、打倒がモチーフ。
物語の中盤以降、怒涛のようにに劇中劇として展開されるこれらの作品により、パトロンであるジョージ・ケアリーの野心の求めるままに、政治的な作品を書き続けることを要求されるウィリアムが精神的に追い詰められていく様子が鮮明に描かれています。

あと、物語の終盤、劇場の再開を訴えてウィリアムと宮内大臣一座が女王の前で演じるシーンがありますが、これなんかはこの時代は女優が舞台に立つことは禁じられていた背景(この辺りは映画「恋に落ちたシェイクスピア」でも描かれておりました)を効果的に使っていますね。
宮内大臣一座の役者のみならず、ヘンリー・リズリーとロバート・デヴルーの女王寵臣コンビまでが役者として演じる羽目になるのですが、いかにも「男が女装してる」ゴツイ感じになっていて、凄くオカシイ。
男役の皆さん、もちろん中の方はみんな女性なのに、こういうの凄いなあと妙に感心。

出演者の皆様も熱演です。
朝夏まなとさん、長髪を無造作なポニーテールに束ねたイケメンのシェイクスピア。
熱意と野心に満ちた青年が似合いますが、それ以上に周囲の欲望に翻弄され、苦悩する姿がことのほか真に迫っていて、美しいですね。
歌もダンスもオールラウンドにスキルが高い、優秀なトップさんだと思います。

ヒロインの実咲凛音さん、昨年アイーダ役で見たとき、歌がうまくて細っこいのにパワーのある娘役さんだと思いましたが、こういう母性本能に満ちた役も上手ですね。
特に、手紙で愛息ハムネットの死を告げるシーンや、終盤の「冬物語」の劇中劇、前者は声だけ、かたや後者は仮面をかぶって表情は見えないのに、あふれ出る感情がダイレクトに伝わって、涙モノでした。

ジョージ・ケアリー役の真風涼帆さん。野心的で男くさい役なのに、恐妻家でユーモラスな部分もばっちり(女王様の御前での劇中劇の冒頭は笑わせてもらいました!)。
この方、ヒゲをつけた今回の扮装だと、何となく轟悠さんに似ている気がしないでもない。素のお顔はそうでもないと思うんですが。

あと、ジョージの妻ベス役の怜美うららさん。
昨年のアムネリス役でも何と美しい娘役さんと感心したのですが(あとは歌かな!?)、今回も華やかな美貌の裏にドロドロの野心に満ちたマクベス夫人さながらの役を印象的に演じておられました。

エリザベス女王役、美穂圭子さん。この方、私が初めて宝塚を見た1989年の星組公演が初舞台だったんですね。
昔見ていた頃に名前を存じ上げていた方が今も現役ジェンヌであるだけでも、嬉しいです。
国家と結婚するという運命を受け入れ、独身を貫いた自分が得ることのなかった夫婦愛をウィリアムとアンの間に見て、寛大な処置を下す、情のある部分を上手く見せておられました。

これ、凄くよくできた作品だと思います。
演出の生田先生は、「今のキャリアで、歴史に名を残した偉人の人生を扱うのは抵抗がある」とコメントされていて、偽らざる心境と思います。

そうは言っても、エリザベス朝時代に知られた「世界は劇場である」(世界劇場、'テアトルム・ムンディ')という概念も上手くストーリーの要所要所に混ぜつつ、確かな知性と大胆な創作性、そして宝塚らしい甘美さをよいバランスで実現していたのではないでしょうか。

この上なく有名なのに謎に満ちた人物、何が真実だったかは分からない。でも、宝塚だからこそできる、愛の物語としてのシェイクスピアを描きたい…。
生田先生、そして演じる出演者の皆さんの強いWill(意思)を感じました。

メモリアルイヤーの記念作品とのことですが、今後も再演して受け継いで頂きたいと思うくらいです。

楽しかった!

追記: 今回、譲り受けたチケットがたまたまJCBの貸切公演だったけど、あんまりそれらしき要素はなかったです。ロビーに二宮くんの黄色いポスターがひっそり貼ってるくらいで。

数年前、お取引先(こちらもカード会社)が自社の冠公演に招待下さったときは、ショーで当時星組トップの柚希礼音さんが、「クレジットカードは、XXXX(その会社名)」なんてアドリブの一言を入れてたりして。
ああいう貸切ならではのお遊び、結構好きなんだけど。