合格発表の日。


東大はネットでの合格発表を行っていたので、私はハラハラしながら、発表の時間の30分前くらいからサイトへのアクセスを繰り返していた。正直合否は完全に五分五分だった。



時間になり、恐る恐る、震えながら、ほぼ泣きながらサイトを開けると。




私の受験番号はそこにあった。




東大生になった瞬間だった。




ハーバード大学の結果発表はまだだったので若干複雑な感情はあったが、とにかくもう、憧れの東大生になれたことが何よりも嬉しかった。



先生に報告するため、学校へ向かうと、廊下にTがいた。友達と嬉しそうに話していた。京大医学部に合格したらしい。


「受かったんや!おめでとう」


勇気を出して言ってみた。しかし彼は、「ああ。」と答えたのみだった。私の合否にも完全に興味ない様子だった。


この答えを受けて、もう私の中の未練は完全に消えた。ありがとうの一つも言えない人に、もはや未練はない。

私は吹っ切れて、彼のことは忘れることにし、夢の東大生活に胸を躍らせた。

高校三年生 4


31日。卒業式が行われた。


合格発表はまだだが、彼はほぼ確実に京大へ行くだろう。

私は、運が良ければアメリカか東大に行く。


もう二度と会うことはないだろうと思った私は、どうせもう会わないなら、と思って、一年間言葉を交わさなかった彼に、最後の手紙を書いた。


「今までありがとう。色々あったけど、Tのおかげで最高の六年間でした。」


そして、付き合っているときには彼は携帯を持っていなかったが、受験後にスマホを手に入れていたので、私のメールアドレスを一応書いておいた。


彼の教室に行ってそれを渡すと、彼は一瞥もくれず、一言も話さず、ただそれを受け取った。



もう会うことはない。おそらくこの手紙はゴミ箱へ行く。書いたメールアドレスにメールが来ることもない。そう考えると悲しかったが、逆にその場合はその程度の人だったと考えよう、と、気持ちを切り替えた。

1月。


センター試験が終わり、学校で自己採点をしているとき、Tの国語の点数が満点であるという噂が流れてきた。


真偽は不明だが、彼のセンター試験の得点がかなりよかったことには間違いはなかった。



私は、アメリカの大学受験を終えてから1ヶ月弱でセンター試験の勉強をする羽目になるという最悪のスケジュールを立ててしまっており、単純なる勉強不足で目標点には及ばず、東大を目指すにはボーダーラインあたりにいた。



225日と26日、彼は予定通り京大の医学部を受け、私は何とかなるだろうということで東大の文科一類を受験した。



彼は、試験があまりにも余裕だったため、受験の帰りにスマホを買ったらしい。腹が立つほど受かる気満々である。一方で私は、あまりにもミスってしまったため、帰りの新幹線で号泣していた。



…今となればどうでもいいことではあるが、試験を受け終えた時には、首席合格を確信するほどの出来だった。


しかし、予備校が出す解答を見てみればあら不思議、全然違うやないか!


各教科、自信のあった問題ほど驚くべきほどに解答の方針がずれていたのだ。


新幹線では隣の席の人に見つめられてしまうほどに敗者感を出しながら泣いていた。


結果や、いかに。