ビジネスコンテストの資料作成は、私がメインで行おうと思っていた。というのも、ほかの3人のメンバーは全員京大生で、締め切り間近の11月末には学園祭で忙しいと思われたからである。


前回のブログにもあったように、私はプレゼンテーション用のスライドを、Tの協力をちょこちょこ得ながら作り上げていた。


だが、自分だけではわからないところもある。

ここはどうしたらいいかな?、とか、これについてはどう思う?、とか、このスライドのフィードバックくれる?、とか、私はそんな質問を、ちょこちょこグループラインに投げていた。


しかし、Tが個人チャットでコメントしてくれたり、私の作業に関してありがとうと言ってくれたりする以外、なにも反応がない。

既読だけがついていく。



挙句の果てには、私の質問やスライドに対して大したコメントも得られないまま10日ほどが経った。

私が丁寧にまとめた資料をラインに貼って意見を求めたとき、メンバーからは「すごい」という一言だけで、何のコメントもなかった。


私はブチ切れてしまった。


不満をグループ全体に言える勇気がなかったため、私は怒りを全てTにぶちまけてしまった。何でみんな何も言わないんだ。そんなに忙しいのか。SNS上では楽しそうな生活をしているのに、たった数行のコメントを書く時間はないのか、と。


彼は、私の怒りを全て受け止めてくれ、なだめてくれた。「俺は協力するから。あと数日で締め切りだから、折れずに頑張ろう」と。


決勝大会が近いので、頑張ろうと思ったものの、私はモヤモヤしたまま、眠りについた。



しかし、朝起きると状況が一変していた。

彼が、グループに書き込みをしていたのだ。


「これまでの数日間、彼女が求めてきたのは、すごい、じゃなくて、もっと具体的な意見を求めている。その意見を述べられないくらい忙しいのか興味がないのならばそれなりにその旨なり感謝なり伝えておくのが礼儀じゃないか?

既読スルーはあまりに礼儀を欠いた行動なんじゃない?

彼女はこういうのはっきり言えない性格だから俺が代わりに言った、ごめん」


と、まぁこういう内容だった。


スカッと、とはまさにこのことである。


私のことを、いつものように「あいつ」と書くのでは無く、「彼女」と書いてくれたことから、私を尊重してくれているのだと感じられ、とても嬉しかった。


また、ほかのメンバーたちも、時すでに遅し感はあるものの積極的に関わってくれるようになった。


若干の倦怠期やその仲直りなど、ゴタゴタした時期もあったが、夏休みに参加を決意したビジネスコンテストも水面下で進行していた。


無事に中間審査を通過し、12月の最終資料提出に向けて、作業を進めていた。


9月、そして12月の締め切りが近づくにつれ、私はほぼ徹夜で、そして彼もかなりの時間を割き、ラインのライブ配信やトークでやり取りをしながら作業を進めていた。


グーグルスライドでスライドを作っていると、相手の編集がリアルタイムでこちら側にも表示されるので、まるで隣で一緒に作業しているかのような感覚になれた。また、ノートやコメント機能のところで、唐突に「好きだよ」と書いてみたり、二人で協力して図を完成させたあとは「さすが夫婦!あうんの呼吸!」などと書いてみたりして、イチャイチャしながら、それでもかなり効率的に作業を進めた。


また、12月の締め切り間近、作業が深夜になり、アメリカ時間では早朝から放送される、どうしても見たかったM-1グランプリのリアル配信を見るのを諦めようとした時、彼は、早く寝てM-1を見なさいと言ってくれた。そのおかげで私は和牛の感動的なほど完成された漫才、ジャルジャルのフリースタイル漫才、そして霜降り明星の恐るべき力を時差無く見ることができた。感謝。


11月下旬。

私たちは20歳の誕生日を迎えた。

アメリカと日本の時差により、私としては日が変わった実感がないうちに彼が成人し、私も成人することとなった。


私から彼へはスタンプの連打と前もって渡しておいた誕生日用の手紙をプレゼントし、彼から私には手書きのメッセージが送られてきた。


私は、節目ごとに抱負を考えるのが好きなのだが、毎年の11月の誕生日で抱負を考えても、「まぁ、すぐ年が変わるし、新しい抱負を作るやろ」ということで適当に抱負を作ってしまう。

また今年に関しては、元旦の抱負でさえ、新元号の抱負にかき消されてしまいそうである。


ただ、フラフラせずに、遠距離だけどTを大切にする、という抱負は確実に立てた気がする。