昨日は、たくさんのメルマガへのご登録をありがとうございます

ちょっと変更事項があるので、発行を明日に延ばします。ご了承ください。

そのメルマガですが、1年半ぐらい前、ある詩を紹介したときに どどっと登録解除がありました。
その詩をご紹介しますね。ニュージーランドのものです。
今日(伊藤比呂美 訳)
今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが 床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだと思う
人に見られたら なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか
わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいことと悪いことを、教えた
ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?
今日一日、わたしは 澄んだ目をした、髪のふわふわな、
この子のために すごく大切なことをしていたんだって。
そしてもし、そっちの方がほんとなら、わたしはちゃーんとやったわけだ。
今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが 床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだと思う
人に見られたら なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか
わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいことと悪いことを、教えた
ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?
今日一日、わたしは 澄んだ目をした、髪のふわふわな、
この子のために すごく大切なことをしていたんだって。
そしてもし、そっちの方がほんとなら、わたしはちゃーんとやったわけだ。
私は、娘が赤ちゃんの頃は まさに こんな状態でした。
娘と べったりと一日過ごし、気が付くと 部屋はぐちゃぐちゃ。
流しは 洗っていないお皿が たまる。
毎日 寝不足で 眠くて 頭はボーっ。
毎日 私はなんてダメな人間なんだと 自分を責めてばかりいました。
当時は「できない=ダメ」だと 思い込んでいました。
「家事に手が回らなかった」それだけなのに 私の価値が ぐんと下がったように感じて、
生きている価値すら ないんじゃないかと 思ったときもありました。
いっぱいいっぱいだったんだなあ。つくづく。
娘を一生懸命育てなくちゃ、がんばらなくちゃ、向き合わなくちゃって。
ほんとはね、できないから 私はダメな人間って 思う必要は、なかったのにね。
いつからだろう、「できない」と「ダメ」が 一緒になっちゃったのは。
この詩にもあるけど、天使のようなわが子のお世話を 一生懸命 やってたんだよね。
できていないところに 目を向けると、山ほど できていない自分が 目につきます。
でも、ほんと~は いっぱい いっぱい やってるんだよね、母は。
当たり前すぎて 気がつかなかった。
あの苦しかったころを思い出して、うるっとしちゃったよ(T_T)
母はみな、じゅうぶん がんばっているのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
という内容です。
「私には必要ない。」
「怠け者の詩を載せるなんて、どうかと思う」
といったご批判をいただきました。
拝見して、心の中で いろいろなものが 反応されたのだなあ、と感じました。
自分と向き合う、というのは 心で反応が起きたとき「それを開いてみる」ということです。
何が不快に感じるのか
自分の中の どんなルールに引っかかるのか
自分の中の アンテナが どんな情報を拾っているのか
いろんな視点を持っていると、それが 見えてくるんですよね。
あなたは 上の詩を読んで 何を感じたでしょう?(*^_^*)
