偶々、他所のブログを拝見していたら、しきりに死後の世界を説いている人がいる。現世の悪行と善行の結果が天国と地獄で十倍に返って来る。因果応報というやつだ。
自分は無心論者で(宗教的には)天国も地獄も想定していない。
良く考えなくても両方とも現世に実在するものだ。
恐れることは無い。現世の地獄に落ちてしまった人はどう解釈するのか?
あの世で悪行を積んで現世の地獄にいるのか?
理屈が合わない。
20日間にも渡り暴行強姦を繰り返され、殺してくれと哀願する少女を、ライターで焼き、顔も見境がつかなくなり死んでからもドラム缶にコンクリート詰めにされた。
この女子高生の話は今でも記憶に残る。
これ以上の地獄があるのか?
この少女は前世で何か酷い業を背負ってきたのか?
死後と現世が逆になったようだ?
ISSに処刑された人、焼き殺された人、天安門で戦車に轢き殺された人。
アスファルトにクリーム状になった遺体は人体とも動物の死骸とも区別はつかない。
地獄は現世にあって、閻魔様が居なくても世界中にある・・・・・
平和な国にも紛争中の国でも、直ぐ隣の家の仲にもある。
死後の地獄を恐れても意味は無い。
むしろ生まれ変わって、また人間として生きていかなければならないほうが不安だろう?
地球の何処で生まれるのか、何人として豊かな国か、貧困の国か?切が無い・・・・・・・・
また現世の記憶が死後も継続されなくては意味が無い。
途切れてしまっては因果応報も地獄も意味を成さない?
この世の地獄を生き延びて来世でまた地獄があるのか?大変だ・・・・・・
考えても意味が無い。現実を一生懸命に生きる人には邪魔だ。
霊感商法を生業とする人には必要な世界観だが?・・・・

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不思議なことに小学生のころの友達のことを思い出す。
数年に1度くらいなのだが鮮明に思い出すことが出来るので、その時代の生活や遊んだ風景までも思い描くことができる。
その子は4年生の時に日本脳炎という病気で亡くなってしまった。
夏休みのことだった。
突然のことで、それまでは人が死ぬということに鈍感だった。
それが突然に自分の生活の中から居なくなってしまった。
特に仲は良くなかった。どちらかといえば喧嘩友達だった。
それがどうして今でも思い出されるのか理解は出来ない。
10歳のあの顔が今でもはっきり微笑みかけてくる。
何故彼なのか?自分の親戚や他の人ではなく、どうして彼が思い出されるのか?
そこにも何か意味があるのかと考えた。
答えは無い・・・・
私がでは無く彼の意思で私にシンクロしてくるのか?
あの夏休みは特別な意味があったのか、その後の少年時代は少し暗い時代に入ったのは事実だった。
父親の工場が倒産し債権者に両親が首をつらないように兄弟で見張っていろと言われた大晦日の夜、中学生になって腎臓を悪くして入院、高校に入って怪我・・・・
華やかだった子供時代の良い思いでと共に生き返ったように現れる友人の姿が人生の節目に重なったあの時代の悲しみを忘れさせてくれるか?
言葉ではない励ましだったのか?ペタしてね
『もう大丈夫だよ・・・』と言ってあげたい・・・・
かってな解釈だが、間違ってもいないだろうと思う。

昔から運命は変えられない定めと解釈してきたが、昨今は運命は自ら変えるべきものと占い師までが言う?
勇ましい言葉で使う相手によっては非常にポジティブな言葉だし、重要なものとなっている。
シビアに考えてみると、人が努力では変えられない未来を運命と呼んだ。それが変えられるなら運命と言う言葉は死語になる。
未来に仮想のポジションを設定してみると。
10年後にあなたはこうなっている『A』、しかし貴女が努力すれば(信仰の力によってが多く使われる)『B』の道もあるはずです。
運命は自分から変えていかなければなりません・・・・
こんな例は新興宗教の勧誘に多く使われるフレーズだし、霊感商法でも使われる・・・
しかし、運命が『A』と決めたところから怪しい匂いがしている・・・・・・
運命は『B』と見るほうが正しい。そう言うほうが全うな考え方だ。
さらに『C』だと変えれば運命は『Cだったはずになる。
単なる言葉遊びになってしまうようだが、誰も知らない未来のポジションを決めてかかったことがそもそも間違いだ。
しかしどちらも間違いで無いとも言える。
『A』を決めたところから間違いだったからだ。
占い師の方便からもそのほうが都合が良い(苦しい)
未来が無いなら宗教は意味を成さない。
単なる未来ではなく魂の住む世界までも仮想してこないといけなくなる・・・・・・
病気で苦しむ人に対して、直れば宗教のおかげで死んでしまえば信仰が足りなかった。
どうにでも成る言い回しだ。
しかし歳をとると、この方便の中で生きているようなものだと感じる事が多くなる。
過去は事実の積み重ねで証明できる?
しかし何十年生きてきてもイメージでしか残らない。
金がいくらあるとか家が何件あるとかの話ではない。
確かにあった事実だが頭の中に断片的なイメージでしか残らない。
『夢だったんだよ、時期に覚めてしまうよ?』 何ていわれたら、そうかも?と思う瞬間がある・・・・・
未来も過去も夢の中か・・・・・・
苦しみも悲しみも過ぎてしまえばイメージの中にあるだけ。
足し算も引き算もできない。
あるのは現実と言う瞬間だけ・・・
誰も『A』を決められないとすると現在地点は過去から見たらどうか?
過去の任意の地点(時間でも良い)『A-』という地点から見たらこれは絶対的な『A』地点であるはずで、今の状況が確定した事実である。
つまり、過去に貴女が望んだ、あるいは恐れた未来、運命とは、すなわち現在の状況であるということになる。
だから今に生きる、ありのままの姿に満足して前に向くことが重要に成る。
未来にも過去にも囚われない生き方が出来ているだろうか?
それが達観するということかもしれない?
過去も未来もイメージの世界にあるのなら、未来のイメージはしっかりとポジティブに作り上げていかないとダークサイドに引き寄せられてしまうだろう・・・
祈る事、願うことは過去に向かう行為ではなく未来に向けてのイメージを作ることに繋がる。
宗教を離れては現代の人は祈る行為が無くなって来ている。
祈ることは欲望の表現ではなく神聖な行為で古代から自然に生活の中にあった。
自分の運命は自分のイメージの中にある事は確かなようだ・・・・・・・・・・・

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愛は純粋なものと思いたくても疑問符がつく?
愛は精神活動だが、それを維持するには栄養が必要だ。
それは愛を受ける側の嗜好にもよるが、多くは、『お金』
昨日の続きに成るが『自分≦相手+α』と言う公式がある。
αは、時に金、ささげてくれた労力とか時間などがある。
人間も虫も同じで生存するための執着と本能は必然的に持っているので、これを凌駕するのは難しい。
お金があることは基本の生存権みたいなものを保障してくれる。
キャリアのある人は必ずしもそうではないので、あっさりと別れたりもする。
時間もそうだ。愛していても傍にいてくれないと持続は難しい。すれ違い離婚などはこれに当たる。
お金があっても相手の存在が感じられない生活は厳しい。
しかしその+αを取り出して論議すると愛情そのものの価値に傷がつきそうだ?
「お金が目的なの?」とか言われそう・・・・・・
それでは+αを無視して相手を選択できるか?
実際には難しいところだ。
そんな夢の無い話はいらん。
そう言う意見も多いだろうが、心配なく実際に+αの不要な真の愛情は多く存在する。
そうでなくてはいけない。
母親の子供に対する愛だ。無償の愛の姿がここにはある。
人が永遠に求める究極のものを女性は生まれながらに備えていることになる。
男女の恋愛が冷めてしまっても変わらぬ愛を手に入れる。
どんな生まれ方をしても、特段の才能が無くても、容姿がどうでも母親は捨てたりしない。
自分も生まれ変わったら女性に生まれてみたいと思う・・・・・
お金では手に入らぬものを生まれながらに持って生まれた女性は、それだけで幸せの切符を持っているのと同じだ。
つまらぬ男に執着して、恋愛ごっこの中に愛情を探すより、視点を変えて生き方を考えて見ることは必要だ。
+αに執着しない為には自分が大きくならないといけない。


恋愛関係に於いて、こころのバランスを図るためには簡単な計算が働いている。
自分≦相手の関係だ。
自分よりも相手の愛が勝っていると思うと幸せと安心の境地に浸っていられる。
知らずにこんな関係もある。
自分≠相手(離婚も近い?)仮面の夫婦とも言う。
望みの高い人はこんな事を望む・・・
自分≦∞相手 無限の愛(この時は自分はついていかないのか?不均衡でも良いらしい?)
実際に平凡な恋愛はこれが一番だろう?
自分≒相手(ほぼ等しい)
常に相手と自分が釣合っている状態が幸せで長く続く・・・・・・
自分が相手に何をしてあげたか、どれほど愛していたかに比べて、相手は自分に何をしてくれただろう?
こんな計算が頭に浮かぶ人は幸せに遠い人かも?意外に多いが・・・
酷い話になると自分の財産と相手の財産を比べて損とか特だとかの計算に入る。
取引だ・・・・・・・・
だから自分が有利な状況が崩れそうだと不満が出て裏切られた気持ちも沸いて来る。
妙な比較間が愛情の物差しとなってしまう。
愛が冷めたから離婚するとかではなく、計算が狂ってきたから愛が?冷めたと言うべきか。
それとも始めから愛は無くて良い計算に心が動いていたのか?
常に愛は安定と継続を求めているので何かの物差しで計りたくなる・・・・・・・・
相手≒自分
相手≦自分
で収めていける人は幸せになるだろう・・・・・・・・・