犬にも犬種というカテゴリーがあり、それぞれ気質と言うか犬質?が違う・・

日本犬は小型犬だが頭がよく飼い主に忠実だ。洋犬は陽気で明るいが頭が良いとは言えない?

そんな事は無いと異論がおおいだろうが、ブリーダーもやっていたこともあり、強ち外れてはいないと思う。

それよりも人間も同じで、其々民族や人種によって気質が違う。

近くの韓国と中国と比べてもそうだろう・・・・

よくカルマに例えて前世はエジプトの戦士だったとか、ナポレオンに使えていたフランス人という人がいる。

魂が其々混血で交じり合ったものならば、生まれた国が違ってもこれほどの差が有るだろうか?

魂にも血があり民族の血統を受け継いでいると思う・・・・・

そうでなければ成らないと思う。

それを何が受け継いで伝承していくのか?

DNAか魂か・・・・・

もしも遺伝子ならば近い未来に解明されるだろう?

魂ならば、あいかわらず潜在意識の中に潜って、あるいは霊界にたどり着くまで論争は耐えないのか?

自分は行ったとか、出会ったとかの宣伝で金儲けの道具にしている人はまだ猶予がありそうだ。

一つ真実を見つけた。

本当に霊界や潜在意識の底に到達した事がある人がいるならば、他人のカルマを開放したり、ブロックをなんたらと言ったりしていない。アフリエイトで金儲けを企んだりしていないだろう。

密教の千日修行を達成した亜砂利様はそんな事をしているか考えてみたらよい・・・・・・



 

皆さんもお気づきだろうが国内の何処でも同じように神社の境内や周囲には必ずと言っていいほどの巨木がある。

勿論植えた時には苗木だっただろう・・・

どうしてこんなに大きな樹に育ったのか、屋久島のようだ?

私の家の近くにも神社はあるが駐車場にまで大きな巨木と言ってよいほどの神木がある。

とりただてて肥料をあげたわけでもなく、日当たりも山の樹と同じだ。むしろ排気ガスや地面の硬さなどから行っても養分の循環も良さそうには見えない。

神社のある場所こそパワースポットと言える。

元気の無い人は出掛けて見るといい、そして御神木にパワーを分けていただいて癒されると良い・・・

ただ御参りをするのではなく、そこに留まり神聖なる大地の氣を浴びて癒されると良い。

朝の散歩でも仕事の帰り道でも御神木に御参りする事でもご利益は回ってくるはずだ。



タロットカードを操るものとして一番信頼していると言うか好きなカードがある。誰でもそうかもしれないが好きなカードはある。

悪魔の力強さか、恋人達のカードの憧れる人もいる。完全なる成功を約束する世界のカード。

攻める戦車か力強い皇帝か?

私の場合はマジシャンだ。

タロットカードもエレメントの一つだが、4つのエレメントを操り不可能を可能にする無限のパワーを持つマジシャン。仕事やお金に纏わる占いの時には是非欲しいカードだ。

いきなり世界や太陽などのカードが出てきても嬉しくはない。

自分はタロットの信奉者でありカードそのものに魔力を感じる。

カードも20年以上使っているものがあり、もやは他には変えがたい。

多くの依頼者の願いや魂の一部が溶け込んでいる・・・・・・・・

カードを1枚額に乗せて『チャクラを意識して』瞑想に入ることが多い。

イメージがタロットに導かれて進んでいく・・・・・・

キャンドルも好きでこの二つがあると何処でも気持ちは落ち着いてリラックスできるし精神が遊びの世界に旅たつ時間が持てる貴重なアイテムだ。

暫く休んでいました。
GWもあって遠くにいました?
その間ブログの閲覧など他の人のブログを巡り歩いていました。
最近は神社などのパワースポットに関する記事が多いですね?
引き寄せなんてブログも流行です・・・・
イメージの世界が中心で古くからあるテーマですが、切り口を変えて新鮮なんでしょうか、流行っています。
秘儀参入なんて記事も見ます。
自分から言ってはいけません。悟りを開いたり秘儀参入した人ならば(私は知りませんが?)自分からそう言うことを言ったりしないでしょう?
ましてブログで記事にしてアフリエイトで稼いだり、物を売らないでしょうね・・・
クリシュナは悟りを開いてからも一切に執着しないで欲を絶っています。
自然体でそうなるのです。意識もしないで・・・
教団を解散し権威を否定し、自分に使える者が横領していたのを知っていても。
一切とがめることもせず無視しています。
生きることにも執着せず、死も恐れず、正に覚醒の境地に至っています。
そんな神様のような境地に立つことですから、その辺のブログに顔を出すことも無いでしょう?
神秘体験を売り物にして結局はお金儲けに繋がるプロセスは凡人の証明となっています。


自分はいつから神を知ったのだろうか?
知ってはいない、誰も知ってはいない。
意識したのはいつからだろう?
それは恐れを知った時からさ・・・
初めて自分では出来ないことを知り、それを出来る人を知った時・・
初めて恋を知り、それが叶うことを願った時・・
願いが叶わぬことがあると知った時・・
作ったものが壊れ、愛したものが死に、失うことの痛みを知った時・・
全てを一瞬に解決してくれる人を望むとき・・・
恐れの逆位置にいつも希望はある。
希望は神に繋がる・・・
恐れと神は同じものか?
恐れが無ければ神は存在しないのか?
恐れと別な次元で神を探さなければ成らない。
期待してはならない。願ってはならない、別な存在・・・・・・・・
合おうと思っても、行こうと思ってもいけない。
誰かに教えることではない・・・
自分で感じて寄り添っていくものだろう・・・・・・・・・・
あなたが求めないときに、いつでも一緒に居ます。