今日、市民ミュージカルのゲネを見に行きました。
「一般」の市民の方、もちろん市民だけれども動きも声も違う「プロ」の方
それぞれが舞台の上で輝いていました。
みんな「自信」を持ってるように見えました。
「表現する」ということで、「自信」が輝いて見えます
みながらずっと「ハートフルウェーブ」のことを考えていました。
彼ら彼女らのようなスポットライトのあたる「ハツラツ」とした表現とは正反対の世界にウェーブの子どもたちはいます。
どっちがいいとか、そういう意味でなく、そういう表現をしない子達のように感じます。
「ハツラツ」とは違う「悶々と」しているものを多くもち
「体と動かす」ことではなく「心とか頭を動かす」ことを得意とします。
もちろんどちらの世界でもどちらか100%でないので、割合の話なんですが・・・。

ただ、多くの人に共感されやすいのは、感心されやすいのは、そして見てもらいやすいのは前者の世界な気もして・・・それは私の力不足でもあるんですが・・・・
後者の表現は気を抜くと「羨望」ではなく「同情」という感情がついてきやすい分野です。それはあまり本望な感情ではありません。

これから子どもたちとどういう表現をしていけば、この子たちの良さを最大限生かせられ、この子達の表現をより多くの人にみてもらえるのだろうか・・・・
そんなことを悶々と考えていました。

具体的に言えば、市民ミュージカルのパンフにはみんな顔写真と実名が乗ります。そのおかげで舞台をみて、この子すごいと名前を確認したりします。だからどうって感じではないのですが、なんというか感情の実感がわきやすい。100%が100%で伝わる。

その点、ウェーブの表現活動でみなさんの手にもれなく配られる資料に顔写真と実名が乗ることはあまりありません。それがいけないとかではなく、顔写真と実名が出ることは、目の前の個人をイメージしやすく、本当に感動が落とし込まれていく感じがするんです。なんというか・・・・つたわるかなぁ。
100%が95%くらいに霞んでるような…
だから、顔写真と実名を出すことでない方法で、ウェーブの子どもたちが抵抗ない方法で、もっと表現によりうける感情を実感してもらえるやり方がないかなぁと探しているんです。

ウェーブは春にイラスト展を控えています。
それに向けて、なんか表現方法を工夫したい。
ちゃんと、子どもたちの100%を100%映し出して、100%お届けしたい。そう思うんです。

いい案があったら教えてくださいね。

追伸、こういう時に一緒に悶々と考え、話しあって考えてくれるパートナーがいてくれたらとか思います。
あっ最後は私の弱音ですねw
みなさんに助けられて、支えられてるのはわかってます♬

卒業アルバムを注文しない

普通ではそんなことあまりない

不登校生は集合写真だけでなく

一人ずつ顔写真と名前が載るページにも載せないでということもある

「中学時代に思い出なんかない」

「何年か経って、『この子不登校だった』って話題にして欲しくない」

「よせがきもらう人もいないし」

子どもたちにはいろんな意見があるが

卒業アルバムはその学校にいたという証でもある

それが必要ないものなのか・・・

ハートフルウェーブでも卒業アルバムをつくる

自分が沢山載ってる写真とともに

三年間を振り返って欲しい

いいことばかりじゃなかったかもしれない

振り返りたくないこともあるのかもしれない

でも

これがあなたの歩んだ三年間

困難の多い道だけど

あなたが選んだみちだから

そういう思いが込められた卒業アルバム

注文制ではなく

卒業アルバム作りは後輩たちの仕事

卒業生へのプレゼントだ

これからも応援してるよ

あたらしい場所で頑張ってね

いつでも味方だよ

そういう思いを込めて

メッセージカードや

絵葉書・ギフトも添えられる

それを渡す卒業パーティーの日

あるお母さんが泣いて言った

「あの子、学校の卒業アルバムには写真を載せないでほしいって。買わないって。それからあの子の中学時代何か残ったんだろうかと考えていた。こうやって卒業アルバムもらって、あー中学時代に残したものがあったと思って、私が嬉しい。」と

よせがきのページが真っ白でも

ほとんどのイベントに思い出がなくても

三年間生きた証拠を残して欲しい

ハートフルウェーブでは

そんな証作りができたらと思っている。

卒業式も終わり

不登校生をもつ親御さんもいろんな形で節目を迎えたと思います

こどものために何か残せただろうか

こどもの中に何か残っただろうか

一緒に考えていきたいと思います。

ハートフルウェーブは最近になって、「発達障がい」と言われている子どもの問い合わせが増えました。

不登校生の7割は発達障がいを抱えているとも言われています。

なので、不登校生が集まるハートフルウェーブには自然と発達障がいの子どもが集まるのもデータ上は不思議ではありません。


でも、私は、発達障害だからと行って、ハートフルウェーブを福祉の分野に移すつもりはありません。

福祉施設として運営したら補助金が出やすいので、そういう点で惹かれることはありますが、
ハートフルウェーブは教育現場としての運営を目指しています。


発達障がいの項目は、誰にでも当てはまるものがほとんどです。

なので、私は障がい者か性格かの違いは、生活を送る上で社会との間に障害を感じるかどうかのちがいだと私は思っています。...


子どもたちが出ていく社会が、

とても理解に溢れ、誰でも居心地のいい場所になれば、言葉上の障がい者はいなくなります。



ただ、それはありえません。


皆さんが思っているように、


社会はそんなに甘いものではありません。


社会人になるということはそんなに簡単なことではありません。


それは、発達障がいへの理解が福祉現場・教育現場で進んだとしても、変わることはないように思います。

子どもたちがでていく社会とはそういうものなのです。

うちでは、ある程度の配慮はしても特別扱いはしません。


だって、この子達が出て行く社会は、


理解者だけに囲まれている小さな世界ではないから。


障がい者手帳が免罪符になることはありません。


「障がいがあるからしかたない」そういう思いが、より障害者への理解の妨げになります。


不登校も障害者もそして「なかなか認められない自分」を感じている人も同じ


「なんで理解してくれないんだ」

「なんで分かってくれないんだ」

「受け入れて欲しい」と思いよりもまず


「なんで理解されないのか」

「なんでわかってもらえないのか」

「自分に足りないところはなんなのか」を考えなければなりません。


認められたいなら、人よりも努力する。これは普通のことだと思います。


私は、その方法を教えるのが教育現場としてのハートフルウェーブの役割だと思っています。


「どこを頑張ったらいいのか」

「どう頑張ったらいいのか」そういう想いを持って欲しいし、


そのために通って欲しいと思っています。


障害者として、不登校生として育てていくのではなく、人として育てていきたいと思っています。


ちゃんと伝わるか不安ではありますが・・・・伝わったでしょうか。